2017年4月19日水曜日

二者関係先進国日本

一般に、日本社会では、公開の議論ではなく、事前の「根回し」によって決まる。人々は「世間」の動向を気にし、「空気」を読みながら行動する。(柄谷行人「キム・ウチャン(金禹昌)教授との対話に向けて」

…………

以下、雑に要点をまとめたもの。

肝腎なのは《人間の思考はその人間の母語によって決定される》(ロラン・バルト)こと。単純に日本の「根回し」文化・「空気を読む」文化を批判しても何も始まらない。

いまさらながら、日本語の文章が相手の受け取り方を絶えず気にしていることに気づく。日本語の対話性と、それは相照らしあう。むろん、聴き手、読み手もそうであることを求めるから、日本語がそうなっていったのである。これは文を越えて、一般に発想から行動に至るまでの特徴である。文化だといってもよいだろう。(中井久夫「日本語の対話性」2002年『時のしずく』所収)
日本語は、つねに語尾において、話し手と聞き手の「関係」を指示せずにおかないからであり、またそれによって「主語」がなくても誰のことをさすかを理解することができる。それはたんなる語としての敬語の問題ではない。時枝誠記が言うように、日本語は本質的に「敬語的」なのである。(柄谷行人「内面の発見」『日本近代文学の起源』1980)

日本語が敬語的だとは、二者関係的だということ。

三者関係の理解に端的に現われているものは、その文脈性 contextuality である。三者関係においては、事態はつねに相対的であり、三角測量に似て、他の二者との関係において定まる。これが三者関係の文脈依存性である。

これに対して二者関係においては、一方が正しければ他方は誤っている。一方が善であれば他方は悪である。(中井久夫「外傷性記憶とその治療ーーひとつの方針」『徴候・記憶・外傷』所収)

二者関係的とは、フロイト理論に依拠すれば「自我理想」が正常には機能しない国であるということ。自我理想とは「理念」と言い換えてもよい(もちろんこれは「一神教」文化とそうでない文化との相違にもかかわる)。

フロイトの『集団心理学と自我の分析』における名高い「自我理想」図は次の通り。




この図を、仏女流ラカン派分析家の第一人者コレット・ソレールは簡略化させて次のよう図示している。





この自我理想が機能しなければ、二者関係的になり、各自我は《一方が正しければ他方は誤っている。一方が善であれば他方は悪である》という構造に陥る。これがたとえば「いじめ天国」日本の主要な原因のひとつであるに相違ない(自我理想が空位になれば、「自我⇔自我⇔自我」となって、二者関係的権力関係となる)。

重要なことは、権力power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。(ポール・バーハウ1999,Verhaeghe, P., Social bond and authority,PDF

このバーハウ文や上の中井久夫の文は、ハンナ・アーレントの 《権威とは、人びとが自由を保持する服従を意味する》(『権威とは何か』)とともに読むことができる。

あるいは次のように引用してもよい。

人間は「主人」が必要である。というのは、我々は自らの自由に直接的にはアクセスしえないから。このアクセスを獲得するために、我々は外部から抑えられなくてはならない。なぜなら我々の「自然な状態」は、「自力で行動できない享楽主義 inert hedonism」のひとつであり、バディウが呼ぶところの《人間という動物 l’animal humain》であるから。ここでの底に横たわるパラドクスは、我々は「主人なき自由な個人」として生活すればするほど、実質的には、既存の枠組に囚われて、いっそう不自由になることである。我々は「主人」によって、自由のなかに押し込まれ/動かされなければならない。(ジジェク、Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint? 2016、pdf

いずれにせよ日本語遣いは、本来的に「悪の陳腐さ」の構造をもっている。

疑いもなく、エゴイズム・他者蹴落し性向・攻撃性は人間固有の特徴である、ーー悪の陳腐さは、我々の現実だ。だが、愛他主義・協調・連帯ーー善の陳腐さーー、これも同様に我々固有のものである。どちらの特徴が支配するかを決定するのは環境だ。(ポール・バーハウ2014、Paul Verhaeghe、What About Me? )

…………

日本語の二者関係性は、かつてはしばしば語られており、当時の「常識」(その後、この「常識」を覆す議論があったかどうかについては知らない’)。

日本語を見ておりますと、日本語で何か言うわけです。「私は生徒です」とか「これは本です」とか言っているわけですが、よく考えて見ますと、「です」というのはいったい何だろうか。「です」というのは話しことばですから「私」しかそれを言わない。あなたがそれを言う時にそれを私から見る場合に「です」と言うのはぜんぜん意味をなさないわけでしょう。「これは時計です」というのは、私が時計ですということを言うわけです。と同時に「です」の中に「あなた」が入っている。もし、目の前に非常に偉い、白いひげの生えたおじいさんが来たら、「これは時計でございます」と無意識に言ってしまう。それから前に弟とか息子が出てくると、「これは時計だ」と言うわけでしょう。すると「です」とか「でございます」とか「だ」とことになっている。(……)これは一人称的な性格を持っていると同時に、二人称の如何がそれに影響しているわけです。ですから、「だ」とか「です」とか「ございます」とかいう、いわゆる敬語というものは(……)実は私、日本語全体がこういう意味で敬語だと思うのです。(……)

だから何か日本語でひとこと言った場合に、必ずその中には自分と相手とが同時に意識されている。と同時に自分も相手によって同じように意識されている。だから「私」と言った場合に、あくまで特定の「私」が話しかけている相手にとっての相手の「あなた」になっている。(……)私も実はあなたのあなたになって、ふたりとも「あなた」になってしまうわけです。これを私は日本語の二人称的性格と言います。ですから、私は日本語には根本的には一人称も三人称もないと思うんです。(森有正『経験と思想』1974年)

ロラン・バルトの日本旅行論も同様の文脈で読みうる。バルトの《言葉の空虚な大封筒》(パロールの空虚な大封筒 une grande enveloppe vide de la parole)とは、時枝の風呂敷のこと。

……日本語には機能接尾辞がきわめて多くて、前接語が複雑であるという特徴から、つぎのように推測することができる。主体は、用心や反復や遅滞や強調をつうじて発話行為を進めてゆくのであり、それらが積み重ねられたすえに(そのときには単なる一行の言葉ではおさまらなくなっているだろうが)、まさに主体は、外部や上部からわたしたちの文章を支配するとされているあの充実した核ではなくなり、言葉の空虚な大封筒のようになってしまうのである、と。したがって、西欧人にとっては主観性の過剰のようにみえること(日本人は、確かな事実ではなく印象を述べるらしいから)も、かえって、空虚になるまで細分化され微粒化されて言語のなかに主体が溶解し流出してゆくようなこといなってしまうのである。(『記号の国』)

バルトの記号の国に刺激を受けて日本旅行をしたラカンが、その直後に書いたリチュラテールもほとんど同じことを言っている。

主体がおのれの基本的同一化として、 「単一の徴 le trait unaire」(=自我理想) にだけではなく、 星座でおおわれた天空にも支えられることは、主体が「おまえ le Tu」によってしか支えられないことを説明する。「おまえ le Tu」によってというのは、 つまり、 あるゆる言表が自らのシニフィエの裡に含む礼儀作法の関係によって変化するようなすべての文法的形態のもとでのみ、主体は支持されるということである。

日本語では真理は、私がそこに示すフィクションの構造を、このフィクションが礼儀作法の法のもとに置かれていることから、強化している。 (ラカン、「リチュラテール Lituraterre, 1971, Autres Écrits所収)

他方、欧米語遣い(のほとんど)は、《主体と神は、追いはらっても追いはらっても、もどってくる》、それは彼らの《言語のうえに跨がっている》(ロラン・バルト)。

……これらの事実やほかのさまざまな事実などから、確信することになる。社会を問題にしようと主張するときに、そうするための(道具になる)言語の限界そのものをまったく考えずに問題にしようとしても、いかに愚かしいことであろうか、と。それは、狼の口のなかに安住しながら狼を殺そうと望むようなものだからである。したがって、わたしたちにとっては常軌を逸している文法を習ってみること。そうすれば、すくなくとも、わたしたちの言葉のイデオロギーそのものに疑念をいだくようになる、という利点はもたらされるであろう。(ロラン・バルト『記号の国』)

ラカンなら《主体と神は、追いはらっても追いはらっても、もどってくる》機能をファルスの機能と呼ぶ。

横棒 barre の機能はファルスと関係ないわけではない la fonction de la barre n'est pas sans rapport avec le phallus. (ラカン、S20 )

ここでの横棒とは、ソシュールのS/s(意味するもの/意味されるもの)の横棒のこと。





この横棒がファルス=繋辞であり、日本語はその風呂敷構造(時枝誠記)により、仮に繋辞と似たものがあってもーー「助詞〈は・が〉」などや「である」等ーーその繋辞の機能は曖昧である。

繋辞が曖昧であるなら、存在論などというものはない。

存在論は、言語のなかの繋辞 copula の使用に脚光を浴びせる、繋辞をシニフィアンとして分離してだ。「あるêtre」という動詞に囚われることは…ひどく危険な大仕事だよ。そこには何もないのだがね、主人の言説(discours du maître )、つまり「私が有る m'être(私支配)」という言説が、「有る être」という動詞を強調しなかったら。(ラカン、S20)

もし「ある être」という動詞がなかったら、「存在」なんてものはなかったのだが。s'il n'y avait pas le verbe être, il n'y aurait pas d'être du tout.(S21)

こうして「理論的には」、ファルスや自我理想が正常に機能しない日本語を日常的に遣う者たちは、欧米語遣いとは違った風に「世界を眺め」ている、ということになる。


ウラル=アルタイ語においては、主語の概念がはなはだしく発達していないが、この語圏内の哲学者たちが、インドゲルマン族や回教徒とは異なった目で「世界を眺め」、異なった途を歩きつつあることは、ひじょうにありうべきことである。ある文法的機能の呪縛は、窮極において、生理的価値判断と人種条件の呪縛でもある。…(ニーチェ『善悪の彼岸』)

もちろん文体として欧米文体がベースになっている日本語の書き手もいるだろうし、日本人でも欧米に長年居住していれば、「人が変わる」とことはあるだろう(それは、母語の箍が外れるということにもかかわる)。

 日本語遣いがかつてからこうだとしても、1968年の学園紛争による「権威の斜陽」、1989年の冷戦終結による「イデオロギーの死」によって、世界的に、二者関係的な世界になっている、というのが、ラカンの「主人の言説」から「資本の言説」への移行の指摘(1972年)の重要な意味。



資本の言説 discours du capitalisme を識別するものは、Verwerfung、すなわち象徴界の全領野からの「排除 rejet」である。…何の排除か? 去勢の排除である Le rejet de quoi ? De la castration。資本主義に歩調を合わせるどの秩序・どの言説も、平明に「愛の問題 les choses de l'amour」と呼ばれるものを脇に遣る。(Lacan, Le savoir du psychanalyste » conférence à Sainte-Anne- séance du 6 janvier 1972)

ラカンは資本の言説の特徴を去勢の排除(精神病)だと言っているが、現代ラカン派はおおむね倒錯の用語で、資本の言説を捉えている。

資本の言説は、「一般化された倒錯」の用語で叙述しうる。(ANDREA MURA. 2015, Lacan and Debt: The Discourse of the Capitalist in Times of Austerity, PDF)

精神病であれ倒錯であれ、神経症の三者関係(エディプス的関係)に対して、前エディプス的なのが「資本の言説」の時代。ラカンにとっての言説とは「社会的つながり」という意味であり、前エディプス的社会的つながりが主流になっている時代ということ。

言説とは何か? それは、言語の存在によって生み出されうるものの配置のなかに、社会的紐帯(社会的つながり lien social)の機能を作り上げるものである。 (Lacan, ミラノ、1972)

日本は二者関係の先進国なのだから、バカの一つ覚えのように欧米理論に依拠せず、日本自体の構造を分析しなくてはならない。日本でも全面的に二者関係的ではなく、なにか第三項的なものが仮にわずかであれ機能していた時期があったはずだから。

中井久夫)確かに1970年代を契機に何かが変わった。では、何が変わったのか。簡単に言ってしまうと、自罰的から他罰的、葛藤の内省から行動化、良心(あるいは超自我)から自己コントロール、responsibility(自己責任)からaccountability〔説明責任〕への重点の移行ではないか。(批評空間2001Ⅲ-1 「共同討議」トラウマと解離(斎藤環/中井久夫/浅田彰)

重要なのは、父の名(自我理想)という権威ではなく、父の名の機能である。

人は父の名を迂回したほうがいい。父の名を使用するという条件のもとで。le Nom-du-Père on peut aussi bien s'en passer, on peut aussi bien s'en passer à condition de s'en servir.(Lacan,s23, 13 Avril 1976)

柄谷行人の「帝国の原理」は、「父の名の機能」と相同的。

帝国の原理がむしろ重要なのです。多民族をどのように統合してきたかという経験がもっとも重要であり、それなしに宗教や思想を考えることはできない。(柄谷行人ー丸川哲史 対談『帝国・儒教・東アジア』2014年)
近代の国民国家と資本主義を超える原理は、何らかのかたちで帝国を回復することになる。(……)

帝国を回復するためには、帝国を否定しなければならない。帝国を否定し且つそれを回復すること、つまり帝国を揚棄することが必要(……)。それまで前近代的として否定されてきたものを高次元で回復することによって、西洋先進国文明の限界を乗り越えるというものである。(柄谷行人『帝国の構造』2014年)

資本の論理に席捲されている現代、父の名の原理を模索しなくてはならない。

今、市場原理主義がむきだしの素顔を見せ、「勝ち組」「負け組」という言葉が羞かしげもなく語られる時である。(中井久夫「アイデンティティと生きがい」『樹をみつめて』所収)
「帝国主義」時代のイデオロギーは、弱肉強食の社会ダーウィニズムであったが、「新自由主義」も同様である。事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから。(柄谷行人「長池講義」2009

あまりより例ではないが、仮に二項関係的な社会的つながりをもった日本においても、たとえば現在でも次のような形で「父の名」が機能している。

ファシズム的なものは受肉するんですよね、実際は。それは恐ろしいことなんですよ。軍隊の訓練も受肉しますけどね。もっとデリケートなところで、ファシズムというものも受肉するんですねえ。( ……)マイルドな場合では「三井人」、三井の人って言うのはみんな三井ふうな歩き方をするとか、教授の喋り方に教室員が似て来るとか。。(中井久夫「「身体の多重性」をめぐる対談――鷲田精一とともに」『徴候・記憶・外傷』所収)

これは「父の諸名」の名付けと類似している。

父の諸名 、それは何かの物を名付ける nomment quelque chose という点での最初の諸名 les noms premiers のことである、(LACAN 、S22,. 3/11/75)

「一の徴 einzigen Zug」(単一の徴)という自我理想の徴は、日本でも機能しないことはないのである。

同一化は…対象人物の一つの特色 (「一の徴 einzigen Zug」)だけを借りる(場合がある)…同情は、同一化によって生まれる das Mitgefühl entsteht erst aus der Identifizierung。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921)
「一の徴 trait unaire」、それは理想 idéalとして機能することになる原同一化の徴la marque d'une identification primaire である。(Lacan,PROBLEMES CRUCIAUX POUR LA PSYCHANALYSE 5 avril 1966)
ここで、私はフロイトのテキストから「一の徴 trait unaire」の機能を借り受けよう。すなわち「徴の最も単純な形式 forme la plus simple de marque」、「シニフィアンの起源 l'origine du signifiant」である。我々精神分析家を関心づける全ては、「一の徴」に起源がある。(ラカン、S17、14 Janvier 1970)

 「自我理想」の徴は機能しないことはないが、だがそのとき決定的なのは、リチュラテールの日本文化論だろう。再掲しよう。

主体がおのれの基本的同一化として、 「単一の徴 le trait unaire」(=自我理想) にだけではなく、 星座でおおわれた天空にも支えられることは、主体が「おまえ le Tu」によってしか支えられないことを説明する。「おまえ le Tu」によってというのは、 つまり、 あるゆる言表が自らのシニフィエの裡に含む礼儀作法の関係によって変化するようなすべての文法的形態のもとでのみ、主体は支持されるということである。

日本語では真理は、私がそこに示すフィクションの構造を、このフィクションが礼儀作法の法のもとに置かれていることから、強化している。 (ラカン、「リチュラテール Lituraterre, 1971, Autres Écrits所収)

…………

二者関係的とは、別の言い方をすれば「差別的」だということ。

差別は純粋に権力欲の問題である。より下位のものがいることを確認するのは自らが支配の梯子を登るよりも楽であり容易であり、また競争とちがって結果が裏目に出ることがまずない。差別された者、抑圧されている者がしばしば差別者になる機微の一つでもある。(中井久夫「いじめの政治学」)

日本がいじめ先進国であるにしろ、世界的にも「いじめ」ーーレイシズム・ナショナリズム等ーーが顕著になってきたのは、権威の凋落によるところ大。

ノーベル賞作家でありかつまたかつてのフェミニストのアイコンのひとりだったドリス・レッシングは、その自伝にて次のように言っている。

子どもたちは、常にいじめっ子だったし、今後もそれが続くだろう。問題は私たちの子どもが悪いということにあるのではそれほどない。問題は大人や教師たちが今ではもはやいじめを取り扱いえないことにある。(ドリス・レッシングーー「The Collapse of the Function of the Father and its Effect on Gender Roles」 Paul Verlweghe 2000より)

2017年4月15日土曜日

佐々木中の名文「中井久夫賛」

知っていた。知っていた、筈、だった。そうだ-中井久夫がこういう男だということを、われわれはすでに仄かに、彼自身の文章から感じ取っていたのではなかったか。彼の文体は時にあわい甘やかさを香らせて読む者をゆくりなく蕩かせる。 陶然とも唖然ともさせてくれる。が、彼の文章は一文たりともそのくっきりと真明(まさや)かな輪郭を張り詰めた抑制を失わない。常に簡潔で静謐であり、叫ばず声を嗄らすことなくゆるやかにまた慄然とその歩みを進める。

この日本精神医学最大の理論家にして雅趣と叡智を併せ持つ随筆家は、類ない語学力に支えられて文学や歴史に通暁する碩学でもあり、さらに詩と論文とを問わぬその翻訳の質の高さとそこでも発揮される文体の気品はわれわれを驚嘆させ続けてきた。

まず第一にその文字の流れの面にうつろい映える所作の優雅において。だが。ここにいるのは楡林達夫という、三十歳にもならぬ一人の医師である。然るべき理由あってこの筆名で自らを隠した中井久夫である。その情熱、その反骨、その孤高、その闘争の意思たるや。

それは長く長く中井久夫を読みその軌跡に同伴するを歓びとしてきた者すらをも瞠目させ狼狽させ得る。しかし、繰り返す。われわれはあの高雅なる中井久夫の姿に、密やかにこの若き楡林達夫の燃え立つ瞋恚を感じ取っていたのではないのか。 この、ふつふつと静かに熱さを底に秘めて揺らぐ水面のような、執拗な反抗を止めない微かに慄える怒りを、そしてこの世の正を求めるゆらぎなき意思を。 ―――「胸打たれて絶句する他ない抵抗と闘争の継続」―『日本の医者』中井久夫を読む。『アナレクタ3』佐々木中より)

2017年3月1日水曜日

ゲンロンバンザイ!

まず少し前にツイッターで拾った文を掲げる(東浩紀によるリツイート)。

「ぼくたちは、もういちど批評という病を取り戻さねばならない。なぜならば、ほんとうは健康になっていないのに健康になったふりをすること、それこそが最悪の嘘であり、自己欺瞞だからである。ぼくたちの社会はいまだ病んでいる。」(東浩紀、『ゲンロン4』)

こういった文にアタシはーー蓮實重彦ではないけれどーー「ほとんど肉体的な厭悪」を覚えてしまう(おそらく上の文の前後には、もうすこしは「まともな」ことが書かれているのだろうが、アタシは全く読んでいないということをここで断っておく)。

東氏に何らかの恨みがあるわけではない。彼は現代批評家のなかで稀にみる「地頭がよい人」(鈴木健)、「とても優秀な人」(浅田彰)であるに相違なく、そのツイートの「内容」にときにハッとさせられたことは何度もある。

もっともそれと同時に常に次のような感慨を抱かないではない。

たとえば東浩紀氏が書いたものがわたしの心に響いてこないのは、それがカタログ的な知から構成されているよう に見えるからです。基本にあるのはジャック・デリダや量子力学の名を借りた思想カタログもしくは思想フィクショ ンです。実際に砂漠のなかを歩いたか、ジャングルのなかを歩いたか、実際に異国の地で何年も過ごしたか、という ような、生身の体験や根源的な危機感が感じられない。自らは安全な場所に身を置いて、頭の中で順列組み合わせで 知識を再構成している。厳しい言い方をすれば、人も羨むエリート大学卒業生が書斎で捏造した小賢しいフィクショ ンです。迷える子羊たちはその人の言うことについてさえ行けば何とかなると思ってしまう。(藤田博史

いやいや、これはいささか言い過ぎである。彼のような人物もこの現代には必要である。

そもそも彼は「観光客」の思想家として自らを規定しているのだから。《村人/旅人/観光客は、思想用語で言うと、共同体/他者/両者のあいだをパートタイムで行き来する人です。》

すなわち自ら「ヌエ」的存在であることを引き受けているのだから。

芸術家でも職人でもないタイプ、職人に対しては芸術家といい、芸術家に対しては職人というタイプである。それは「枠」を自覚し越えるようなふりをするが、実際は職人と同じ枠のなかに安住しており、しかも職人のような責任をもたない。中野は、これを「きわめて厄介なえせ芸術家」と呼んでいる。なぜなら、彼らを芸術家の立場から批判しようとすれば、自分は職人であり大衆に向かっているのだというだろうし、職人の立場からみれば、彼らは自分は芸術家なのだというだろうから。(柄谷行人「死語をめぐって」)
中野のいう「芸能人」にあたるものは………学者であり且つタレントである、というより、正確にいえば、学者でもタレントでもない「きわめて厄介な」ヌエのような存在。(同上)

これが現代をたくみに泳いでいく至高の方法である!

ところで冒頭の文の「ぼくたちの社会はいまだ病んでいる」とはどういう意味だろう? 「ぼくたちの社会」はかつてよりずっと病んでいるという認識は「常識」ではなかったか。

疑いもなく、エゴイズム・他者蹴落し性向・攻撃性は人間固有の特徴である、ーー悪の陳腐さは、我々の現実だ。だが、愛他主義・協調・連帯ーー善の陳腐さーー、これも同様に我々固有のものである。どちらの特徴が支配するかを決定するのは環境だ。(ポール・バーハウ2014,Paul Verhaeghe What About Me? )

「ぼくたち」が置かれている新自由主義という非イデオロギー的イデオロギーの時代とは、もちろんどちらの特徴が支配しているかは言うまでもない。

・歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っていうオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……

・野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる。(浅田彰 『憂国呆談』2012.8より)

東浩紀氏自身、こう言っている。

2016年02月09日@hazumaむかしの日本は、権力は自民党、マスコミは左翼ってことでバランスがとれていたわけだけど、ネットはもうすっかり自民党支持だし、マスコミ左翼は急速に力を失っているから、これからは、有名で金もってる成功者はすべて自民党で、左翼は貧乏で影響ない負け組って構図がどんどん明確になりそうだ。

正義は守りたいけど負け組にはなりたくない、そんな44歳の冬です。

彼のツイートを読んでいると、ボクが「勝ち組」になれるようミナさん応援してください! あるいはきみたちに「勝ち組」に居残る方法を伝授します! と呼びかけているようにさえ思えてしまう。

冒頭の文の訴えかけ、「ぼくたち」との呼びかけは、飼い馴らされていない仔羊ーー来るべきエゴイストたちーーに向けられたものとしてしか有効でない。

我々の社会は、絶えまなく言い張っている、誰もがただ懸命に努力すればうまくいくと。その特典を促進しつつ、張り詰め疲弊した市民たちへの増えつづける圧迫を与えつつ、である。 ますます数多くの人びとがうまくいかなくなり、屈辱感を覚える。罪悪感や恥辱感を抱く。我々は延々と告げられている、我々の生の選択はかつてなく自由だと。しかし、成功物語の外部での選択の自由は限られている。さらに、うまくいかない者たちは、「負け犬」あるいは、社会保障制度に乗じる「居候」と見なされる。(ポール・バーハウ「新自由主義はわれわれに最悪のものをもたらした Neoliberalism has brought out the worst in us"」Guardian(2014.09.29))

この時代をたくみに泳いでいくためには、東浩紀明神に従うべきである! それが仔羊たちにとっての最高の使命である!!

すなわち新自由主義というイデオロギーと共に考えるべきである!

世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。(ニーチェ『反時代的考察』)

けっして反自由主義的な様式で行動してはならぬ!

反時代的な様式で行動すること、すなわち時代に逆らって行動することによって、時代に働きかけること、それこそが来たるべきある時代を尊重することであると期待しつつ。(ニーチェ『反時代的考察』)

東浩紀に倣って「現実主義者」として生き抜くべきである!

さらに言えば、冒頭の文は雑誌経営者の販促言説として以外にどう捉えられよう?

もちろん、詩や、小説や、旅行記を書き綴ることがその主要な関心からそれていったりはしなかったが、それにもまして彼が心を傾けていたのは、作品をいかに世間に流通させるかという点にあった。つまりマクシムは、新しく刊行される文芸雑誌の責任者の一人として、当時の文学的環境にとってはまだ未知のものであった幾つかの名前を、集中的に売りだそうとしていたのである。つまりマクシムは、雑誌編集者に仮装することで文学との関わりを持とうとしており、それが成功するか否かが、彼にとって最大の関心事だったのだ。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

もちろん雑誌編集者の主眼が、 《それが成功するか否かが、彼にとって最大の関心事》であってなんの悪いこともない!

ただ雑誌編集者は批評家ではまったくないことである。

「ぼくたちは、もういちど批評という病を取り戻さねばならない」だって?

いやあすばらしい、なんという「美しい」反語! 事実、彼とともに「批評の死」への追い打ちをかけるべきである!! それが健康になるための方法である!!! 仔羊たちは東浩紀に従い、「最悪の嘘」・「自己欺瞞」に専念すべきである!!!!

蓮實重彦)なぜ書くのか。私はブランショのように、「死ぬために書く」などとは言えませんが、少なくとも発信しないために書いてきました。 マネやセザンヌは何かを描いたのではなく、描くことで絵画的な表象の限界をきわだたせた。フローベールやマラルメも何かを書いたのではなく、書くことで言語的表象の限界をきわだたせた。つまり、彼らは表象の不可能性を描き、書いたのですが、それは彼らが相対的に「聡明」だったからではなく、「愚鈍」だったからこそできたのです。私は彼らの後継者を自認するほど自惚れてはいませんが、この動物的な「愚鈍さ」の側に立つことで、何か書けばその意味が伝わるという、言語の表象=代行性(リプレゼンテーション)に対する軽薄な盲信には逆らいたい。

浅田彰)  …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。

蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。

――中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田彰)

 いやあシツレイ! ちょっとした「一見」営業妨害記事を書いてしまった。でもアタシの真意は「ゲンロン」万歳である!!

だらだら批評が死んでいくよりも、批評の息の根をたちまちとめたほうがマシである!!!

何も起きないよりも、厄災が起きた方がマシ mieux vaut un désastre qu'un désêtre (バディウーー踏み越え、あるいは侵犯(transgression))

いやあ、またまたシツレイ千万!! バディウなど引用してしまった、《バディウはマオ+ラカンの最悪の結合であり、そのポジションは「ヘテローマッチョ」だ。》(メディ・ベラ・カセム)

いずれにせよ、最も重要なことは、「ぼくたち」の問いが、「ぼくたち」自身の説明できない所与の環境のなかで与えられていることをすっかり忘れることである! ボクたちが新自由主義の奴隷であることを無視してーー釈迦の掌の猿としてーー「批評」活動に邁進することである!!

ゲンロン、バンザイ!!!

もっと重要なことは、われわれの問いが、我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられているのだということ、したがってそれは普遍的でもなければ最終的でもないということを心得ておくことである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

…………

あなたにとって「現実主義」とは何か? という質問があったのでここに付記しておく。

・「現実主義者」とは既存の体制が永遠に続くと思いこんでいる最悪の夢想家のこと。

・既存の体制内で「善い」選択を模索しようとする者。

要するに、「善い」選択自体が、支配的イデオロギーを強化するように機能する。イデオロギーが我々の欲望にとっての囮として機能する仕方を強化する。ドゥルーズ&ガタリが言ったように、それは我々自身の圧制と奴隷へと導く。(Levi R. Bryant PDF)

・既存の体制のバイブルをひたすら信奉する者。

以下、米国で広く読まれている新自由主義の「バイブル」から。

お金があらゆる善の根源だと悟らない限り、あなたがたは自ら滅亡を招きます。(アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』)

――もちろんこのリアリストはある意味、ひどく「正しい」。


2017年2月23日木曜日

日本社会において自我理想は正常に機能しない

ロラン・バルトは自分のエッセーを 『表徴の帝国』 L'Empire des signes と題しているが、 それは 『見せかけの帝国』 l'empire des semblantsを意味する。(ラカン、リチュラテール.Lituraterre 1971 オートルエクリ)

ーーこの言明は、日本は「ファルスの国 l'empire du phallus」(父権制社会)ではなく、「見せかけの国 l'empire des semblants」と言っていると先ずはとらなければならない。

バルトの『表徴の帝国』は、新訳では『記号の国』と訳されている。

以下、『記号の国』から。

…主体と神は、追いはらっても追いはらっても、もどってくる。わたしたちの言語のうえに跨がっているからである。これらの事実やほかのさまざまな事実などから、確信することになる。社会を問題にしようと主張するときに、そうするための(道具になる)言語の限界そのものをまったく考えずに問題にしようとしても、いかに愚かしいことであろうか、と。それは、狼の口のなかに安住しながら狼を殺そうと望むようなものだからである。したがって、わたしたちにとっては常軌を逸している文法を習ってみること。そうすれば、すくなくとも、わたしたちの言葉のイデオロギーそのものに疑念をいだくようになる、という利点はもたらされるであろう。(ロラン・バルト『記号の国』)

《……それぞれの国民は、自分の頭上に、正確に分割された概念の空を持っている。そして、真理の要請のもとに、以後、すべて概念の神は自分の天空以外の場所では求められないようになることを望んでいる》(ニーチェ)。すなわち、われわれは、皆、言語活動の真実の中に、つまり、それの地域性の中に捉えられており、近隣同士の恐るべき敵対に引き込まれているのだ。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

もちろんわたしたち日本語使いも日本語に囚われている。

……日本語には機能接尾辞がきわめて多くて、前接語が複雑であるという特徴から、つぎのように推測することができる。主体は、用心や反復や遅滞や強調をつうじて発話行為を進めてゆくのであり、それらが積み重ねられたすえに(そのときには単なる一行の言葉ではおさまらなくなっているだろうが)、まさに主体は、外部や上部からわたしたちの文章を支配するとされているあの充実した核ではなくなり、言葉の空虚な大封筒のようになってしまうのである、と。したがって、西欧人にとっては主観性の過剰のようにみえること(日本人は、確かな事実ではなく印象を述べるらしいから)も、かえって、空虚になるまで細分化され微粒化されて言語のなかに主体が溶解し流出してゆくようなこといなってしまうのである。(『記号の国』)

「言葉の空虚な大封筒」という表現があるーー 原文は「パロールの空虚な大封筒 une grande enveloppe vide de la parole」ーー。時枝誠記の「風呂敷」理論への依拠だろう。

時枝は、英語を天秤に喩えた。主語と述語とが支点の双方にあって釣り合っている。それに対して日本語は「風呂敷」である。中心にあるのは「述語」である。それを包んで「補語」がある。「主語」も「補語」の一種類である! (私はこの指摘を知って雷に打たれたごとく感じた)。「行く」という行為、「美しい」という形容が同心円の中心にある。対人関係や前後の事情によって「誰が?」「どこへ?」「何が?」「どのように?」が明確にされていない時にのみ、これを明言する。(中井久夫「一つの日本語観」『記憶の肖像』所収)

冒頭のラカン文の前後をやや長く引用。以下の文に指摘されている、日本では「単一の徴(一の徴 le trait unaire)」が正常に機能していない、という箇所に注目しよう。

◆「リチュラテール」向井雅明訳 Lituraterre, 1971, in Autres Écrits, Ēditions du Seuil, 2001)

私はすでに指摘したある事実から生ずることについて述べたい。エクリチュールが作用するものとしての、日本語 というラングの事実である。 それは、日本語の中にエクリチュールの効果が含まれているということであり、重要なのは日本語がエクリチュー ルに繋がれたままになっていること、 そしてエクリチュールの効果を担っているものが、 日本語では二つの異なった発音で読めるということにおいて、 特殊なエクリチュールだということである。 つまり音読みという、 漢字が漢字としてそれ自体で発音される読み方、そして訓読みという、漢字が意味することを日本語で言う方法である。

漢字が文字であるという理由で、シニフィエの河を流れるシニフィアンの残骸がそこに示されているとみなすのは滑稽であろう。 隠喩の法則によってシニフィアンの支えとなるのは文字それ自体である。 シニフィアンが文字を見せかけの網目のなかに捕らえるのは別のところ、ディスクールからである。 とはいえ、そこから、文字はあらゆるものと同じように本質的な指示対象として格上げされ、そしてそのことは主体の地位を変化させる。 主体がおのれの基本的同一化として、 単一の徴(一の徴 le trait unaire) にだけではなく、 星座でおおわれた天空にも支えられることは、主体が「おまえ le Tu」によってしか支えられないことを説明する。「おまえ le Tu」によってというのは、 つまり、 あるゆる言表が自らのシニフィエの裡に含む礼儀作法の関係によって変化するようなすべての文法的形態のもとでのみ、主体は支持されるということである。

日本語では真理は、私がそこに示すフィクションの構造を、このフィクションが礼儀作法の法のもとに置かれていることから、強化している。 奇妙なことに、このことは抑圧されたものとして防衛すべきものは何もないという結果をもたらすようにみえる。 というのも、抑圧されたもの自体が文字への参照によっておのれの宿る場所を見いだすからである。 言いかえると、日本でも主体は他のすべての地域においてと同様に言語によって分割されているが、主体の次元の 一方はエクリチュールへの参照によって満足することができ、他方ではパロールによって満足することができるのだ。

それがおそらくロラン・バルトに、すべての行動様式において日本人的主体は何も包み隠すものをもたないという、 あの陶酔した感覚を与えたものである。 彼は自分のエッセーを 『表徴の帝国L'Empire des signes』 と題しているが、 それは 『見せかけの帝国 empire des semblants』 を意味する。

聞くところによると、 日本人はそれを良く思っていないようだ。 というのも、見せかけほどエクリチュー ルによって穿たれた空虚とはかけ離れたものはないからである。 エクリチュールによる空虚は、 つねに享楽を受け入れる用意がある、もしくはその人為的所為によって享楽を喚びおこす用意がある受け皿である。 われわれの習慣からすれば、最終的に何も隠さないこのような主体ほど、おのれについて何も伝達するものを持た ないものはない。 この主体にとってはあなたがたを操ることしかないのだ。 つまり、 あなたがたは儀式の要素のひとつで あって、 その儀式では、 主体はおのれを分解しうることによっておのれを組み立てるのだ。

《主体が「おまえ le Tu」によってしか支えられない》とは二項関係的という意味である。

日本語は、つねに語尾において、話し手と聞き手の「関係」を指示せずにおかないからであり、またそれによって「主語」がなくても誰のことをさすかを理解することができる。それはたんなる語としての敬語の問題ではない。時枝誠記が言うように、日本語は本質的に「敬語的」なのである。(柄谷行人「内面の発見」『日本近代文学の起源』1980)
実は私、日本語全体がこういう意味で敬語だと思うのです。(……)

だから何か日本語でひとこと言った場合に、必ずその中には自分と相手とが同時に意識されている。と同時に自分も相手によって同じように意識されている。だから「私」と言った場合に、あくまで特定の「私」が話しかけている相手にとっての相手の「あなた」になっている。(……)私も実はあなたのあなたになって、ふたりとも「あなた」になってしまうわけです。これを私は日本語の二人称的性格と言います。ですから、私は日本語には根本的には一人称も三人称もないと思うんです」。(森有正「経験と思想」1974)

漢字表象をめぐっての補足をしておこう。

記銘における兆候性あるいはパラタクシス性は、言語化によって整序されているとはいえ、その底に存在し続けている。それは日本語の会話において音声言語の裏に常に漢字表象が張りついているという高島俊男の指摘に相似的である。想起においても兆候性あるいはパラタクシス性は、影が形に添うごとく付きまとって離れない。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』)

さて日本社会において「一の徴」が正常に機能していないとして、その「一の徴」とは何か? 

・ここで、私はフロイトのテキストから「一の徴 trait unaire」の機能を借り受けよう。すなわち 「徴の最も単純な形式 forme la plus simple de marque」、「シニフィアンの起源 l'origine du signifiant」である。我々精神分析家を関心づける全ては、「一の徴」に起源がある。

・例えば「一の徴 le trait unaire」にて…人は「主人のシニフィアンsignifiant-Maître」の機能 を問うことが出来る。 (ラカン、セミネール17)

主人のシニフィアンとはS1のことである。

ラカンは「一の徴 trait unaire」を熟慮した後、S1(主人のシニフィアン)というマテームを発明した。S1 は「一の徴」よりも一般的なマテームである。しかし疑いなく、S1 の価値のひとつは「一の徴」である。(Jacques-Alain Miller、The Axiom of the Fantasm)

そして「一の徴」とは「自我理想」の機能をもつ。

消失していく主体のデカルト的経験そのものの限界に見出すのは、この保証の必要性、もっ とも単純な構造の特徴、まったく非人格化した、単一の印 trait unique の必要性である。 (……)

私が自我理想の形態 la forme de l'idéal du moi のもとに説明した構造的必要性がこの機 能の上に成立するのである。根源的なシニフィアンへの主体の始源的同一化という、神話的なものではなく、まったく具体的なもの、 プロチヌスの一者からではなく単一の印 trait unique そのものから出発して、知らない者としての主体の展望が厳密に開くのである。今 回はもっとも困難なものについて考察したのであって、これを通してより実践的な定式化が 可能であることを期待しよう。(ラカン、S.9、22 Novembre 1961、向井雅明試訳)
この全能の徽章 insigne として、単に一つのシニフィアンを取り上げなさい。すなわち、この 全き可能態における力 pouvoir tout en puissance・可能性の生誕の徴として徽章を。そうす ればあなた方は「一の徴 trait unaire」を得る。その「一の徴」とは、主体がシニフィアンから 受け取る不可視の徴 marque invisible を塞ぎ埋め combler、この主体を最初の同一化ーー 自我理想 l'idéal du, moi を形成する同一化ーーのなかに疎外 aliène(同一化・異化)する。 (Lacan,SUBVERSION DU SUJET ET DIALECTIQUE DU DÉSIR、1960, E.808、私訳)
「一の徴」、それは理想として機能することになる原同一化の徴である。le trait unaire, la marque d'une identification primaire qui fonctionnera comme idéal.(Lacan,PROBLEMES CRUCIAUX POUR LA PSYCHANALYSE 5 avril 1966、私訳)

ところで「父の名」・「自我理想」・「主人のシニフィアンS1」とはどう異なるのか?

ラカンの見解では、超自我 surmoi は自我理想 idéal du moi とはっきりと差別化される必要があるとはいえ、超自我と自我理想は本質的に互いに関連しており、コインの裏表として機能する。(PROFESSIONAL BURNOUT IN THE MIRROR、Stijn Vanheule,&Paul Verhaeghe ポール・バーハウ, ,2005)
ラカンは、父の名と超自我はコインの表裏であると教示した。(ジャック=アラン・ミレール2000、The Turin Theory of the subject of the School

ーーすくなくともある時期のラカンにとって、「父の名」は「自我理想」とほとんど等価である(晩年には「父の名」はサントームの一つになる等々あるが、それは割愛)。

とすれば、日本社会において「一の徴=自我理想」が正常に機能していないとは、「父の名」が正常に機能していないということになる。

父の名(権威)が機能していなければどうなるのか。

重要なことは、権力 power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。(Paul Verhaeghe,Social bond and authority, 1999)

以上より日本社会とは、権威ではなく権力が渦巻く社会と捉えるべきである。

……思想史が権力と同型であるならば、日本の権力は日本の思想史と同型である。日本には、中心があって全体を統御するような権力が成立したことがなかった。それは、明治以後のドイツ化においても実は成立しなかった。戦争期のファシズムにおいてさえ、実際は、ドイツのヒットラーはいうまでもなく、今日のフランスでもミッテラン大統領がもつほどの集権的な権力が成立しなかったし、実はその必要もなかったのである。それは、ここでは、国家と社会の区別が厳密に存在しないということである。逆にいえば、社会に対するものとしての国家も、国家に対するものとしての社会も存在しない。ヒットラーが羨望したといわれる日本のファシズムは、いわば国家でも社会でもないcorporatismであって、それは今日では「会社主義」と呼ばれている。

ところで、それは、もし「国家」を構築的なもの、「社会」を生成的なものとして区別するならば、この国では、構築と生成の区別が厳密に存在しないということを意味する。あらゆる意志決定(構築)は、「いつのまにかそう成る」(生成)というかたちをとる。国学者の本居宣長が、中国的な思考に対して、日本の原理としてとりだしたのは、そうした生成である。しかし、それはニーチェがいうような生成ではない。また、構築のないところで、生成を唱えることには大して意味はない。

日本において、権力の中心はつねに空虚である。だが、それも権力であり、もしかすると、権力の本質である。フーコーは、精神分析の「抑圧」という概念に反対した。その意味では、日本には「抑圧」とそれが生み出す「主体」はない。しかし、ラカン的にいえば、「排除」があるというべきだろう。すなわち、それは原抑圧の失敗であり、去勢の否認である。日本の言説空間は、外からの原理による去勢を排除してしまった分裂病的な空間であるといえるかもしれない。見かけの統合はなされているが、それは実は空虚な形式である。私は、こうした背景に、母系制(厳密には双系制)的なものの残存を見たいと思っている。それは、大陸的な父権的制度と思考を受け入れながらそれを「排除」するという姿勢の反復である。

日本における「権力」は、圧倒的な家父長的権力のモデルにもとづく「権力の表象」からは理解できない。(柄谷行人「フーコーと日本」1992 『ヒューモアとしての唯物論』所収)

※この文は、厳密に言えば、用語遣いの混乱がある。「否認」、「排除」、「分裂病的」等。だが日本の権力構造が、家父長主義 (patriarchalism) ではない、という核心は外していない。

公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがたい力で束縛する不可視の牢獄と化している。(浅田彰「むずかしい批評」『すばる』1988 年 7 月号)

この浅田彰の言っていることをラカン用語にていえば、日本は「父なる超自我」の国ではなく、「母なる超自我」の国となる。

母なる超自我 Surmoi maternel…父なる超自我 Surmoi paternel の背後にこの母なる超自我がないだろうか? 神経症において父なる超自我よりも、さらにいっそう要求し encore plus exigean、さらにいっそう圧制的 opprimant、さらにいっそう破壊的 ravageant、さらにいっそう執着的 insistant な母なる超自我が。(Lacan, S.5, 15 Janvier 1958)
母なる超自我 surmoi maternel・太古の超自我 surmoi archaïque、この超自我は、メラニー・クラインが語る「原超自我 surmoi primordial」 の効果に結びついているものである。…

最初の他者 premier autre の水準において、…それが最初の要求 demandesの単純な支えである限りであるが…私は言おう、泣き叫ぶ幼児の最初の欲求 besoin の分節化の水準における殆ど無垢な要求、最初の欲求不満 frustrations…母なる超自我に属する全ては、この母への依存 dépendance の周りに分節化される。(Lacan, S.5, 02 Juillet 1958)

ジャック=アラン・ミレールによる「母なる超自我」の注釈は次の通り。

超自我とは、確かに、法(象徴的なもの)である。しかし、鎮定したり社会化する法ではない。むしろ無分別な法である。それは、穴・正当化の不在をもたらす。その意味作用を我々は知らない、「一」unary のシニフィアン、S1 としての法である。…超自我は、この「一」のシニフィアンから生まれる徴候でありパラドックスである。というのはそれは、身よりがなく、思慮を欠いているから。この理由で、最初の分析において、我々は超自我を S(Ⱥ) のなかに位置づけうる。(……)

母なる超自我 surmoi mère…この思慮を欠いた(無分別としての)超自我は、母の欲望にひどく近似している。それは、父の名によって隠喩化され支配される前の母の欲望である。超自我は、法なしの気まぐれな勝手放題としての母の欲望に似ている。(ジャック=アラン・ミレールーーTHE ARCHAIC MATERNAL SUPEREGO,Leonardo S. Rodriguez、1996よりの孫引き,PDF)

肝腎なのは、母なる超自我=S(Ⱥ) 、そして「法なしの気まぐれ勝手放題の母の欲望」である。

母の法 la loi de la mère…それは制御不能の法 loi incontrôlée…分節化された勝手気ままcaprice articuléである。(Lacan.S5)

父なる超自我/母なる超自我とは 、S1/S(Ⱥ)である。

…この過程の出発点において、フロイトが「能動的」対「受動的」と呼んだ二つの傾向のあいだの対立がある。我々の観点では、これはS1(主人のシニフィアン)とS(Ⱥ) とのあいだの対立となる。S(Ⱥ) 、すなわち女にとって男のシニフィアンの等価物の不在ということである。この点において、正規の抑圧に関してフロイトによってなされた区別を次のように認知できる。

引力:抑圧されねばならない素材のうえに無意識によって行使された引力。それはS(Ⱥ) の効果である。あなたを吸い込むヴァギナデンタータ(歯のはえた膣)、究極的にはすべてのエネルギーを吸い尽すブラックホールとしてのS(Ⱥ) の効果。

斥力:すべての非共存的内容を拒絶するファルス Φ のシニフィアン S1 から生じる斥力。

この関係は容易に反転しうる。すなわちすべての共存的素材を引き込むファルスのシニフィアンと、他方でその種の素材をまさに排斥するS(Ⱥ)。

(ポール・バーハウ1999、PAUL VERHAEGHE ,DOES THE WOMAN EXIST?,1999、,PDF

以下の中井久夫の文の「超自我」は「自我理想」に変換して読もう。

かつては、父は社会的規範を代表する「超自我」であったとされた。しかし、それは一神教の世界のことではなかったか。江戸時代から、日本の父は超自我ではなかったと私は思う。(……)

明治以後になって、第二次大戦前までの父はしばしば、擬似一神教としての天皇を背後霊として子に臨んだ。戦前の父はしばしば政府の説く道徳を代弁したものだ。そのために、父は自分の意見を示さない人であった。自分の意見はあっても、子に語ると子を社会から疎外することになるーーそういう配慮が、父を無口にし、社会の代弁者とした。日本の父が超自我として弱かったのは、そのためである。その弱さは子どもにもみえみえであった。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003 『時のしずく』2005所収)

 最後に丸山真男の談話を貼付しておく。

日本では、思想なんてものは現実をあとからお化粧するにすぎないという考えがつよくて、 人間が思想によって生きるという伝統が乏しいですね。これはよくいわれることですが、宗教がないこと、ドグマがないことと関係している。 イデオロギー過剰なんていうのはむしろ逆ですよ。魔術的な言葉が氾濫しているにすぎな い。イデオロギーの終焉もヘチマもないんで、およそこれほど無イデオロギーの国はないんですよ。その意味では大衆社会のいちばんの先進国だ。ドストエフスキーの『悪霊』な んかに出てくる、まるで観念が着物を着て歩きまわっているようなああいう精神的気候、あ そこまで観念が生々しいリアリティをもっているというのは、われわれには実感できないん じゃないですか。

人を見て法を説けで、ぼくは十九世紀のロシアに生れたら、あまり思想の証しなんていい たくないんですよ。スターリニズムにだって、観念にとりつかれた病理という面があると思うんです。あの凄まじい残虐さは、彼がサディストだったとか官僚的だったということだけではなくて、やっぱり観念にとりつかれて、抽象的なプロレタリアートだけ見えて、生きた人間 が見えなくなったところからきている。しかし、日本では、一般現象としては観念にとりつか れる病理と、無思想で大勢順応して暮して、毎日をエンジョイした方が利口だという考え方と、どっちが定着しやすいのか。ぼくははるかにあとの方だと思うんです。だから、思想によって、原理によって生きることの意味をいくら強調してもしすぎることはない。しかし、思想が今日明日の現実をすぐ動かすと思うのはまちがいです。(丸山真男、針生一郎との対談『丸山座 談5』)

2017年2月21日火曜日

不在の原因 の絶対化というメイヤスーの否定神学とラカンの非全体

偶然性を唯一の必然性として絶対化するメイヤスーの仕草は、思弁ではなく、観念論に陥っている。すなわち、「すべては偶然性である、この偶然性に必然性以外は」という彼の考え方。このように彼は主張することにより、メイヤスーは事実上、不在の原因 absent cause を絶対化してしまっている。(……)

我々は、不在の〈原因〉absent Causeの絶対化しないですますことができない無神論的構造を見る。それは、すべての法(則)の偶然性を保証するのだ。我々は「無神論者の神」のような何かを扱っている。つまり、「神がいないことを保証する神」を。

(これに対して)ラカンの無神論とは、(あらゆる)保証の不在、もっと正確に言えば、外的(メタ)保証の不在という無神論である。つまり支え(保証)は、それが支えるもののなかに含まれている。どんな独立した支えもない。それは、保証(あるいは絶対的なもの)がないと言っているわけではない。これが、構成的な例外という概念とは異なる形で、非全体(pas-tout)概念が、目論むことだ。すなわち、そこでは、ひとつの論証的理論を論駁することができ、そして論証的領野内部から来る別のものを確認しうる。

(……)例外の論理・或る「全て」を全体化するメタレヴェルの論理(全ては偶然的だ、この偶然性の必然性以外は)の代わりに、我々は「非全体」の論理を扱っている。ラカンの格言、それは「必然性は非全体である」と書きうるが、それは偶然性を絶対化しない。…(ジュパンチッチ、Realism in Psychoanalysis Alenka Zupancic、2014, PDF)

2017年1月17日火曜日

蓮實重彦『夏目漱石論』とリシャール

リシャールの批評は「テーマ批評」と呼ばれるが、この場合の「テーマ」とは作品の主題とか主張という意味ではなく、固着観念のように作品に繰りかえし登場する無意識的なテーマを意味する。本質的な作家は固着観念にとり憑かれているものだが、その固着観念を拾いだし、固着観念間のネットワークをあぶりだすために、従来見すごされてきた周縁的な作品まで含めて、あらゆるジャンルの作品を横断的に引照し、引用のパッチワークを作り上げる。(書評:加藤弘一 『マラルメの想像的宇宙』 ジャン=ピエール・リシャール

◆蓮實重彦『夏目漱石論』より

漱石における『水』は、それが池であれ、河であれ、あるいは海であれ、奥行きを持って拡がる風景ではなく、人の視線を垂直に惹きつける環境なのだ。
漱石にあっては、雨が遭遇を告げる一つの符牒であるかのように、人と人を結び合わせる。そして多くの場合、漱石的「存在」は、その遭遇によって後には引き換えしえない時空へと自分を宙吊りにすることになる。
雨が担う説話論的機能はあまりにも明瞭であろう。語り手に一つの場面を捨てて別の情景へと移行するのを許すものは、ほかならぬ雨への言及なのだ。雨の光景を描くというより、雨の一語を口にすること、それが物語に変化を導入する符牒である。
溢れる水は漱石的存在に異性との遭遇の場を提供する。しかも、そこで身近に相手を確認しあう男女は、水の横溢によって外界から完全に遮断されてしまっているかにみえる。
あまたの漱石的「存在」が雨と呼ばれる厚い水滴の層をくぐりぬけたはてに出会うべきものは、ときには那美さんと呼ばれ、あるいは清子、あるいは嫂と呼ばれもする具体的な一人の女性ではなく、そうした水の女たちが体現する垂直の力学圏というか、縦に働く磁場そのものだということになろう。
漱石的存在は、だからあまたの水の女たちに向かってきわめて曖昧な、二律背反的な態度でしか応ずることができないのだ。女たちが現在へと誘うとき彼らは決まって過去か未来へと逃れ、運動そのものを回避してその軌跡や予想図と戯れる。だが、それには十分な理由がある。というのも、現在として生きられる運動はきまって死への契機をはらんでいるからだ。縦の世界、垂直に働く磁力に身をさらすことは、とりもなおさず生の条件の放棄につながっているからである。水滴の厚い層をくぐりぬけること、そして溜った水の表面に視線を落とすこと、それは未来と記憶とを同時に失うという代償なしには実現しえない身振りである。漱石的存在とは、その危険を本能的に察知しながらも、水の手招きにはことのほか敏感に反応してしまう者たちなのである。その背理は、しばしば彼らに優柔不断な相貌をまとわせ、それが「低徊趣味」とか「余裕派」とかの言葉を神話化することにもなるのだが、しかし水の誘いに反応してしまうというのは決定的な事態なのだ。漱石的優柔不断は、もっとも危険の近くにあるもののみに可能な、せっぱつまった身振りにほかならない。実際、彼らがはじめから垂直の磁力に身をゆだねてしまっていたとしたら、漱石的「作品」などはありうべくもなかったろう。


2016年12月26日月曜日

1989年以降の世界の変貌

マルクス主義は、合理論的、目的論的な思考(大きな物語)として批判されてきた。実際、スターリニズムはそのような思考の帰結であった。歴史の法則を把握した理性によって人々を指導する知識人の党。それに対して、理性の権力を批判し、知識人の優位を否定し、歴史の目的論を否定することがなされてきた。それは、中心的な理性の管理に対して多数の言語ゲームの間の「調停」や「公共的合意」を立て、また、合理論(形而上学)的な歴史に対して経験の多様性と複雑な因果性を立て、他方で、目的のためにいつも犠牲にされてきた「現在」をその質的多様性(持続)において肯定することである。しかし、私が気づいたのは、ディコンストラクションとか。知の考古学とか、さまざまな呼び名で呼ばれてきた思考――私自身それに加わっていたといってよい――が、基本的に、マルクス主義が多くの人々や国家を支配していた間、意味をもっていたにすぎないということである。90年代において、それはインパクトを失い、たんに資本主義のそれ自体ディコントラクティヴな運動を代弁するものにしかならなくなった。懐疑論的相対主義、多数の言語ゲーム(公共的合意)、美学的な「現在肯定」、経験論的歴史主義、サブカルチャー重視(カルチュラル・スタディーズなど)が、当初もっていた破壊性を失い、まさにそのことによって「支配的思想=支配階級の思想」となった。今日では、それらは経済的先進諸国においては、最も保守的な制度の中で公認されているのである。これらは合理論に対する経験論的思考の優位――美学的なものをふくむ――である。(柄谷行人『トランスクリティーク』2001)

…………


ある意味では冷戦の期間の思考は今に比べて単純であった。強力な磁場の中に置かれた鉄粉のように、すべてとはいわないまでも多くの思考が両極化した。それは人々をも両極化したが、一人の思考をも両極化した。この両極化に逆らって自由検討の立場を辛うじて維持するためにはそうとうのエネルギーを要した。社会主義を全面否定する力はなかったが、その社会の中では私の座はないだろうと私は思った。多くの人間が双方の融和を考えたと思う。いわゆる「人間の顔をした社会主義」であり、資本主義側にもそれに対応する思想があった。しかし、非同盟国を先駆としてゴルバチョフや東欧の新リーダーが唱えた、両者の長を採るという中間の道、第三の道はおそろしく不安定で、永続性に耐えないことがすぐに明らかになった。一九一七年のケレンスキー政権はどのみち短命を約束されていたのだ。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない(しかしまた、強制収容所労働抜きで社会主義経済は成り立ち得るかという疑問に答えはない)。(……)

冷戦が終わって、冷戦ゆえの地域抗争、代理戦争は終わったけれども、ただちに古い対立が蘇った。地球上の紛争は、一つが終わると次が始まるというように、まるで一定量を必要としているようであるが、これがどういう隠れた法則に従っているのか、偶然なのか、私にはわからない。(中井久夫「私の「今」」1996初出『アリアドネからの糸』所収)

私の興味をひいたのは、東側と西側が相互に「魅入られる」ということでした。これは「幻想」の構造です。ラカンにとって、究極の幻想的な対象とはあなたが見るものというより、「まなざし」自体なのです。西側を魅惑したのは、正統的な民主主義の勃発なのではなく、西側に向けられた東側の「まなざし」なのです。この考え方というのは、私たちの民主主義は腐敗しており、もはや民主主義への熱狂は持っていないのにもかかわらず、私たちの外部にはいまだ私たちに向けて視線をやり、私たちを讃美し、私たちのようになりたいと願う人びとがいる、ということです。すなわち私たちは私たち自身を信じていないにもかかわらず、私たちの外部にはまだ私たちを信じている人たちがいるということなのです。西側における政治的な階級にある人びと、あるいはより広く公衆においてさえ、究極的に魅惑されたことは、西に向けられた東の魅惑された「まなざし」だったのです。これが幻想の構造なのです、すなわち「まなざし」それ自体ということです。

そして東側に魅惑された西側だけではなく、西側に魅惑された東側もあったのです。だから私たちには二重の密接な関係があるのです。(Conversations with Žižek, with Glyn Daly、2004、『ジジェク自身によるジジェク』、私訳)