2024年4月14日日曜日

表象代理と表象

 


世界が表象になる前に、その代理 ーー私が意味するのは表象代理であるーーが現れる[Avant que le monde devienne représentation, son représentant, j'entends le représentant de la représentation - émerge.](Lacan, S13, 27 Avril 1966)


ここでラカンが言っている表象代理と表象とは何か。


セミネールⅩⅠには次のようにある。

フロイトは抑圧されたものにおいて、抑圧が表象の秩序に関わるものであることを主張し強調していると私は言ったが、彼は(「抑圧』論文や『無意識』論文では)それが表象であるとは言わなかった。フロイトが言ったのは表象代理[Vorstellungsrepräsentanz]である。

J'ai dit, FREUD dans le refoulé, insiste, accentue, c'est que le refoulement porte sur quelque chose qui est de l'ordre de la représentation, mais il n'a pas dit que c'était la représentation. Il a dit que c'était le Vorstellungsrepräsentanz.  〔・・・〕


抑圧されたものは、欲望の表象されたもの・意味作用ではなく、表象代理なのである[que ce qui est refoulé, ce n'est pas le représenté du désir,  la signification, que c'est le représentant de la représentation. ]〔・・・〕


表象代理は、原抑圧の中核を構成する。フロイトは、これを他のすべての抑圧が可能となる引力の核とした[Le Vorstellungsrepräsentanz,… il à constituer le point central de l'Urverdrängung,… comme FREUD l'indique dans sa théorie …le point d'Anziehung, le point d'attrait, par où seront possibles tous les autres refoulements ](ラカン, S11, 03 Juin 1964)


ここでラカンは表象代理[Vorstellungsrepräsentanz]としか言っていないが、フロイトの記述においては、《欲動の心的(表象-)代理 [psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes]》である。抑圧論文には次のようにある。

われわれには原抑圧[Urverdrängung]、つまり、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。それは欲動の心的(表象-)代理 [psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes] が意識的なものへの受け入れを拒まれるという事実から成り、これにより固着[Fixerung]がもたらされる。問題となっているこの代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束される。

Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; die betreffende Repräsentanz bleibt von da an unveränderlich bestehen und der Trieb an sie gebunden.〔・・・〕

重要なのは、抑圧を受けたものが、それと接触しうる可能性のあるすべてのものにおよぼす引力 [Anziehung]である。

Es kommt ebensosehr die Anziehung in Betracht, welche das Urverdrängte auf alles ausübt, womit es sich in Verbindung setzen kann. 〔・・・〕

欲動代理[Triebrepräsentanz]は抑圧により意識の影響をまぬがれると、よりいっそう自由に豊かに展開する。それはいわば暗闇に蔓延り、極端な表現形式を見いだし、異者[fremd]のようなものとして現れる。

die Triebrepräsentanz sich ungestörter und reichhaltiger entwickelt, wenn sie durch die Verdrängung dem bewußten Einfluß entzogen ist. Sie wuchert dann sozusagen im Dunkeln und findet extreme Ausdrucksformen, […] fremd erscheinen müssen (フロイト『抑圧』1915年)


しかもフロイトは、欲動の心的(表象-)代理 [psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes]を欲動代理[Triebrepräsentanz]と言い換えているのがわかる。


さらに無意識論文では次のようにある。

…欲動は、無意識的なもののなかでさえも、表象によって代理されるしかない[Er kann aber auch im Unbewußten nicht anders als durch die Vorstellung repräsentiert sein. ]


欲動が表象に付着するか、あるいは一つの情動状態としてあらわれるかしなければ、欲動についてはなにも知ることができないであろう[Würde der Trieb sich nicht an eine Vorstellung heften oder nicht als ein Affektzustand zum Vorschein kommen, so könnten wir nichts von ihm wissen. ]


われわれが無意識的な欲動蠢動とか、抑圧された欲動蠢動について語るとしても、それは無邪気で粗雑な表現ということになる。われわれはそのさい、その(欲動の)表象代理 [Vorstellungsrepräsentanz]が無意識的であるような欲動蠢動を考えているに過ぎない。

Wenn wir aber doch von einer unbewußten Triebregung oder einer verdrängten Triebregung reden, so ist dies eine harmlose Nachlässigkeit des Ausdrucks. Wir können nichts anderes meinen als eine Triebregung, deren Vorstellungsrepräsentanz unbewußt ist, denn etwas anderes kommt nicht in Betracht. (フロイト『無意識』第3章、1915年)


ここでのフロイトは、欲動とは、厳密にいえば、欲動の表象代理[Vorstellungsrepräsentanz des Triebes]だと言っているのである。さらにこの欲動の表象代理を欲動代理と言い換えつつ、次のようにもある。

無意識の核は欲動代理で成り立っている[Der Kern des Ubw besteht aus Triebrepräsentanzen](フロイト『無意識』第5章、1915 年)


以上から、ラカンの表象代理とは、厳密には、欲動の表象代理=欲動代理であり、これが抑圧の第一段階としての原抑圧[Urverdrängung]されるものである。ただしフロイトは次のように抑圧としか記していない。

抑圧された欲動代理[verdrängten Triebrepräsentanz](フロイト『抑圧』1915年)


これは、厳密には原抑圧された欲動代理[Urverdrängten Triebrepräsentanz]にほかならない。


ところでフロイトは1911年の『症例シュレーバー』では、抑圧の第一段階を欲動の固着[Fixierungen der Triebe」としている。

「抑圧」は三つの段階に分けられる[das »Verdrängung«… den Vorgang in drei Phasen zu zerlegen]〔・・・〕


①第一段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕

この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する。そしてさらに、とくに三番目の抑圧の相を生み出す決定因となる[Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege, und können hinzufügen, die Determinierung vor allem für den Ausgang der dritten Phase der Verdrängung. ]

②抑圧の第二段階は、正式の抑圧である。この段階は精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているが、これは自我のより高度に発達した意識システムから生じ、実際には「後期抑圧」と表現できる[Die zweite Phase der Verdrängung ist die eigentliche Verdrängung, die wir bisher vorzugsweise im Auge gehabt haben. Sie geht von den höher entwickelten bewußtseinsfähigen Systemen des Ichs aus und kann eigentlich als ein »Nachdrängen« beschrieben werden.]〔・・・〕

主に①の原初に抑圧された欲動がこの後期抑圧に貢献する[…Beitrag von Seiten der primär verdrängten Triebe unterscheiden. ]


③第三段階は、病理現象として最も重要であり、抑圧の失敗、侵入、抑圧されたものの回帰である [Als dritte, für die pathologischen Phänomene bedeutsamste Phase ist die des Mißlingens der Verdrängung, des Durchbruchs, der Wiederkehr des Verdrängten anzuführen. ]

この侵入は固着点から始まる。そしてリビドー的展開の固着点への退行を意味する[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her und hat eine Regression der Libidoentwicklung bis zu dieser Stelle zum Inhalte. ](フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )第3章、1911年、摘要)


正式の抑圧は実際は後期抑圧だとしつつ、抑圧の第一段階としては欲動の固着とある。これは先に掲げた抑圧論文の記述とともに読むことができる。

われわれには原抑圧[Urverdrängung]、つまり、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。それは欲動の心的(表象-)代理 [psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes] が意識的なものへの受け入れを拒まれるという事実から成り、これにより固着[Fixerung]がもたらされる。問題となっているこの代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束される。

Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; die betreffende Repräsentanz bleibt von da an unveränderlich bestehen und der Trieb an sie gebunden. (フロイト『抑圧』1915年)


さらに同年1915年の『欲動とその運命』には次のようにある。

欲動の対象は、欲動がその目標を達成できるもの、またそれを通して達成することができるものである。〔・・・〕特に密接に「対象への欲動の拘束」がある場合、それを固着と呼ぶ。この固着はしばしば欲動発達の非常に早い時期に起こり、分離されることに激しく抵抗して、欲動の可動性に終止符を打つ。

Das Objekt des Triebes ist dasjenige, an welchem oder durch welches der Trieb sein Ziel erreichen kann. (…)  Eine besonders innige Bindung des Triebes an das Objekt wird als Fixierung desselben hervorgehoben. Sie vollzieht sich oft in sehr frühen Perioden der Triebentwicklung und macht der Beweglichkeit des Triebes ein Ende, indem sie der Lösung intensiv widerstrebt. (フロイト『欲動とその運命』1915年)


この対象への欲動の拘束としての固着は既に『性理論』に、《幼児期に固着された欲動[der Kindheit fixierten Trieben]》( フロイト『性理論三篇』1905年)とある。


以上より、フロイトにおいて原抑圧されるものは、欲動の表象代理=欲動代理=欲動の固着とすることができる。




では後期抑圧されるものは何か。ここでセミネール11のラカンの発言に戻ろう。

抑圧されたものは、欲望の表象されたもの・意味作用ではなく、表象代理なのである[que ce qui est refoulé, ce n'est pas le représenté du désir,  la signification, que c'est le représentant de la représentation. ]〔・・・〕表象代理は、原抑圧の中核を構成する[Le Vorstellungsrepräsentanz,… il à constituer le point central de l'Urverdrängung](ラカン, S11, 03 Juin 1964)


この《欲望の表象されたもの[le représenté du désir]》は次の二文に相当する。

心的生における抑圧された願望[im Seelenleben verdrängte Wünsche](フロイト『夢解釈』第5章、1900年)

抑圧された表象[verdrängten Vorstellungen](フロイト『夢解釈』第7章、1900年)


抑圧された願望は抑圧された欲望である、《フロイト用語の願望をわれわれは欲望と翻訳する[Wunsch, qui est le terme freudien que nous traduisons par désir.]》(J.-A. Miller, MÈREFEMME, 2016)


つまり欲望あるいは表象が後期抑圧されるものである。


以上より次のようになる。




ただし後年のフロイトは殆どの場合、欲動代理を欲動としか言わなくなる。

抑圧された欲動[verdrängte Trieb ](フロイト『快原理の彼岸』第5章、1920年)

抑圧された欲動蠢動[verdrängende Triebregung] (フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年)


私の知る限り、1920年以降は厳密さを期した表現「欲動代理」は一度だけしか使っていない。

抑圧されるべき欲動代理[verdrängenden Triebrepräsentanz](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)


この観点からは、冒頭に掲げたラカンの発言、《世界が表象になる前に、その代理 ーー私が意味するのは表象代理であるーーが現れる[Avant que le monde devienne représentation, son représentant, j'entends le représentant de la représentation - émerge. ](Lacan, S13, 27 Avril 1966)とは、厳密さを期さなければ、「世界が欲望になる前に欲動がある」と言い換えることができる。