ラカンは、エクリ所収の『主体の転覆 Subversion du sujet』1960年にて、「S(Ⱥ) は、それに対して他のシニフィアンすべてが主体を代表するシニフィアンである。このシニフィアンがなければ、他の諸シニフィアンすべては何も代理しない」と要約できることを言っている。
Pour nous, nous partirons de ce que le sigle S (Ⱥ) articule, d'être d'abord un signifiant. Notre définition du signifiant (il n'y en a. pas d'autre) est : un signifiant, c'est ce qui représente le sujet pout un autre signifiant. Ce signifiant sera donc le signifiant pour quoi tous les autres signifiants représentent le sujet : c'est dire que faute de ce signifiant, tous les autres ne représenteraient rien. Puisque rien n'est représenté que pour.(E.819)
同じく、S(Ⱥ) は、《大他者のなかの欠如のシニフィアン signifiant d'un manque dans l'Autre》(E818)ともある。これらの二つの記述からは、象徴的ファルスのシニフィアンΦ、あるいはS1 と区別されがたい。
1971年にラカンは、S(Ⱥ) が Φ、すなわち「大他者のなかの欠如としての象徴的ファルス」と等価なものとする誤解に対応した。この誤解は、ラカンの数多くの弟子たちによって抱き続けられた。ゆえにラカンは、S(Ⱥ) によって理解していることを、より鮮明に定義することを余儀なくされる。S(Ⱥ) は Φ と等価ではない。S(Ⱥ) は完全に異なった何かにかかわる。というのは、S(Ⱥ) は次の考え方を表現するシニフィアンだから。すなわち《大他者の大他者はない il n'y a pas d 'Autre de l'Autre》。したがって《女というものは存在しない La femme n'existe pas》を意味する。(Paul Verhaeghe,Does the Woman Exist? From Freud's Hysteria to Lacan's Feminine,1999)
ポール・バーハウのいうラカンの対応とはたとえば次の文である。
私は強調する、女というものは存在しないと。それはまさに「文字」である。女というものは、大他者はないというシニフィアンS(Ⱥ)である限りでの「文字」である。
…La femme … j'insiste : qui n'existe pas …c'est justement la lettre, la lettre en tant qu'elle est le signifiant qu'il n'y a pas d'Autre. [S(Ⱥ)]. (ラカン、S18, 17 Mars 1971)
大他者の大他者はない il n'y a pas d'Autre de l'Autre、それを徴示するのがS(Ⱥ) である …« Lⱥ femme 斜線を引かれた女»は S(Ⱥ) と関係がある。…彼女は« 非全体 pas toute »なのである。(ラカン、S20, 13 Mars 1973)
1960年におけるS(Ⱥ) の定義《大他者のなかの欠如のシニフィアン signifiant d'un manque dans l'Autre(E818)と、《大他者はない il n'y a pas d'Autre》あるいは《大他者の大他者はない il n'y a pas d'Autre de l'Autre》を徴示するシニフィアンS(Ⱥ) という定義とは、相矛盾する。
S(Ⱥ)と Φ との相違とは、例外なしの論理(非一貫性・非全体pas-tout)と例外の論理との相違にかかわる。これは女性の論理/男性の論理とも呼ばれる。
下の図の左側が男性の論理、右側が女性の論理である。
こうして1960年の『主体の転覆 Subversion du sujet』における、S(Ⱥ) の定義:《大他者のなかの欠如のシニフィアン signifiant d'un manque dans l'Autre》(E818)は、後期ラカンの観点からは間違っているーーすくなくともひどく誤解を招く表現ーーということが判明する。
S(Ⱥ)とは、Ⱥを徴示するシニフィアンである。Ⱥの定義自体が前期ラカンから後期ラカンへの移行にともなって変化していることを示すミレールの文を掲げよう。これは性別化の公式の観点から云えば、当然このように解釈されなくてはならない。
◆ジャック=アラン・ミレール「後期ラカンの教え Le dernier enseignement de Lacan, 6 juin 2001」 LE LIEU ET LE LIEN Jacques Alain Miller Vingtième séance du Cours,
pdfより
穴 trou の概念は、欠如 manque の概念とは異なる。この穴の概念が、後期ラカン教えを以前のラカンとを異なったものにする。
この相違は何か? 人が欠如を語るとき、場 place は残ったままである。欠如とは、場のなかに刻まれた不在 absence を意味する。欠如は場の秩序に従う。場は、欠如によって影響を受けない。この理由で、まさに他の諸要素が、ある要素の《欠如している manque》場を占めることができる。人は置換 permutation することができるのである。置換とは、欠如が機能していることを意味する。
欠如は失望させる。というのは欠如はそこにはないから。しかしながら、それを代替する諸要素の欠如はない。欠如は、言語の組み合わせ規則における、完全に法にかなった権限 instance である。
ちょうど反対のことが穴 trou について言える。ラカンは後期の教えで、この穴の概念を練り上げた。穴は、欠如とは対照的に、秩序の消滅・場の秩序の消滅 disparition de l'ordre, de l'ordre des places を意味する。穴は、組合せ規則の場処自体の消滅である Le trou comporte la disparition du lieu même de la combinatoire。これが、斜線を引かれた大他者 grand A barré (Ⱥ) の最も深い価値である。ここで、Ⱥ は大他者のなかの欠如を意味しない Grand A barré ne veut pas dire ici un manque dans l'Autre 。そうではなく、Ⱥ は大他者の場における穴 à la place de l'Autre un trou、組合せ規則の消滅 disparition de la combinatoire である。
穴との関係において、外立がある il y a ex-sistence。それは、剰余の正しい位置 position propre au resteであり、現実界の正しい位置 position propre au réel、すなわち意味の排除 exclusion du sensである。(ジャック=アラン・ミレール、後期ラカンの教えLe dernier enseignement de Lacan, LE LIEU ET LE LIEN , Jacques Alain Miller Vingtième séance du Cours, 6 juin 2001)
比較的最近のジジェクをも引用しておこう。
ジャック=アラン・ミレールに従って、欠如 manque と穴 trou とのあいだの相違が導入されなければならない。欠如は空間的であり、空間内部の空虚 vide を示す。他方、穴はより根源的であり、空間の秩序自体が崩壊する点を示す(物理学のブッラクホール trou noir におけるように)。ここには欲望と欲動とのあいだの相違がある。欲望はその構成的欠如に基づいている。他方、欲動は穴の廻り・存在の秩序になかの裂目の廻りを循環する。(ジジェク、LESS THAN NOTHING, 2012)
欠如があるのは象徴界(ファルス秩序)だけである。現実界には、《欠如が欠けている le manque vient à manquer》(S10、28 Novembre l962)のである。
欠如の欠如 Le manque du manque が現実界を生む。それは唯一、コルク栓(穴埋め bouchon)としてのみ現れる。このコルク栓は不可能の用語にて支えられている。
Le manque du manque fait le réel, qui ne sort que là, bouchon. Ce bouchon que supporte le terme de l'impossible(Lacan、1976 AE.573)
ラカンのこのコルク栓という用語は次のような形でもあらわれている。
女性の享楽は非全体pas-tout の補填 suppléance を基礎にしている。(……)彼女は(a)というコルク栓 bouchon de ce (a) を見いだす(ラカン、S20、09 Janvier 1973)
ブルース・フィンクは1995年に、S(Ⱥ)はS(a)と書ける場合があると指摘している。非全体pas-tout を徴示するシニフィアンは、S(Ⱥ)でもあり、またS(a)、すなわち対象aでもあるだろう。
対象aは、大他者自体の水準において示される穴である。l'objet(a), c'est le trou qui se désigne au niveau de l'Autre comme tel (ラカン、S18, 27 Novembre 1968)
もっともわれわれは対象aの両義性につねに注意しなければならない。
対象a の根源的両義性……対象a は一方で、幻想的囮/スクリーンを表し、他方で、この囮を混乱させるもの、すなわち囮の背後の空虚 vide をあらわす。(Zizek, Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint? ,2016, pdf)
…………
いや厄介なのはこれだけではない。
l'Autre, là, tel qu'il est là écrit, c'est le corps ! (ラカン、S14, 10 Mai 1967 )
すなわちラカンは《大他者は身体である。L'Autre c'est le corps! 》と言っている。
さらに次のような言明もある。
身体は穴である corps……C'est un trou(ラカン、1974、conférence du 30 novembre 1974, Nice)
私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する。c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même.(Lacan, S23, 09 Décembre 1975)
S(Ⱥ)とは原抑圧のシニフィアンでもある。ここに仏語で、S(Ⱥ) est le signifiant de l'Urverdrängung!と強調しておく。
S(Ⱥ)、すなわち《斜線を引かれた大他者のシニフィアン S de grand A barré》。これは、《ラカンがフロイトの欲動を書き換えたシンボル symbole où Lacan transcrit la pulsion freudienne》である。(ミレール、Jacques Alain Miller, 6 juin 2001, LE LIEU ET LE LIEN, pdf)
結局、ラカンのS(Ⱥ)とは、フロイトの《欲動の心的(表象)代理 psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes》、つまり《欲動代理 Triebrepräsentanz》と等価である。すなわち原抑圧(原固着)のシニフィアンなのである。
フロイトにおいて、症状は本質的に Wiederholungszwang(反復強迫)と結びついている。『制止、症状、不安』の第10章にて、フロイトは指摘している。症状は固着を意味し、固着する要素は、無意識のエスの反復強迫 der Wiederholungszwang des unbewussten Esに存する、と。症状に結びついた症状の臍・欲動の恒常性・フロイトが Triebesanspruch(欲動の要求)と呼ぶものは、要求の様相におけるラカンの欲動概念化を、ある仕方で既に先取りしている。(ミレール、Le Symptôme-Charlatan、1998)
「一」Unと「享楽 」との関係が分析的経験の基盤であると私は考えている。そしてそれはまさにフロイトが「固着 Fixierung」と呼んだものである。(ジャック=アラン・ミレール2011, Jacques-Alain Miller Première séance du Cours, L'être et l'un)
サントームとは原抑圧にかかわる、とラカンはセミネール23(09 Décembre 1975)で言明しており(もっともサントームにはすくなくとも三種類の定義がありそのひとつが原抑圧である)、S(Ⱥ)が原抑圧のシニフィアンであることは明らかである。
ラカンが症状概念の刷新として導入したもの、それは時にサントーム∑と新しい記号で書かれもするが、サントームとは、シニフィアンと享楽の両方を一つの徴にて書こうとする試みである。Sinthome, c'est l'effort pour écrire, d'un seul trait, à la fois le signifant et la jouissance. (ミレール、Ce qui fait insigne、The later Lacan、2007所収)
我々が……ラカンから得る最後の記述は、サントーム sinthome の Σ である。S(Ⱥ) を Σ として grand S de grand A barré comme sigma 記述することは、サントームに意味との関係性のなかで「外立ex-sistence」の地位を与えることである。現実界のなかに享楽を孤立化すること、すなわち、意味において外立的であることだ。「後期ラカンの教え Le dernier enseignement de Lacan, 6 juin 2001」 LE LIEU ET LE LIEN pdf)
最も基本的なこととして、表象代理 Vorstellungrepräsentanz は欲動代理 Triebrepräsentanzと等価概念であることに注意しよう。
最後にフロイト文を掲げる。
【表象代理 Vorstellungsrepräsentanz】
われわれは意識的表象と無意識的表象 Vorstellungenとがあるだろうといったが、無意識的な欲動興奮 Triebregungen、感情、感覚といったものもあるだろうか? あるいはこの場合には、このような複合語を形成するのは無意味なのであろうか?
私はじっさい、意識的と無意識的という対立は、欲動には適用されないと考える。欲動は、意識の対象とはなりえない。ただ欲動を代理している表象 Vorstellung, die ihn repräsentiert だけが、意識の対象となりうるのである。けれども欲動は、無意識的なもののなかでも、表象によって代理されるしかない。欲動が表象 Vorstellung に付着するか、あるいは一つの情動状態 Affektzustand としてあらわれるかしなければ、欲動についてはなにも知ることができないであろう。
われわれが無意識的な欲動興奮とか、抑圧された欲動興奮について語るとしても、それは無邪気で粗雑な表現ということになる。われわれはそのさい、その表象代理 Vorstellungsrepräsentanz が無意識的であるような欲動興奮を考えているに過ぎない。(フロイト『無意識』1915年)
《Wir können nichts anderes meinen als eine Triebregung, deren
Vorstellungsrepräsentanz unbewußt ist, denn etwas anderes kommt nicht in Betracht.》
【欲動代理 Triebrepräsentanz】
……われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり欲動の心的(表象-)代理psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一相を仮定する根拠がある。これと同時に固着 Fixerung が行われる。すなわち、その代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束 binden される。(……)
抑圧の第二段階、つまり本来の抑圧 Verdrängung は、抑圧された代理 verdrängten Repräsentanz の心的派生物に関連するか、さもなくば、起源は別だがその代理と連合的に結びついてしまうような関係にある思考の連鎖に関連している。
こういう関係からこの表象 Vorstellungen は原抑圧をうけたものと同じ運命をたどる。したがって本来の抑圧とは後期抑圧 Nachdrängung である。それはともかく、抑圧すべきものに対して意識的なものが及ぼす反発だけを取り上げるのは正しくない。同じように原抑圧を受けたものが、それと連結する可能性のあるすべてのものにおよぼす引力をも考慮しなければならない。かりにこの力が協働しなかったり、意識によって反撥されたものを受け入れる用意のある前もって抑圧されたものが存在しなかったなら、抑圧傾向はおそらくその意図をはたさないであろう。
われわれは、抑圧の重要な働きをしめす精神神経症の研究に影響されて、その心理学的な内容を過大評価する傾向がある。そして抑圧は、欲動代理 Triebrepräsentanz が無意識の中に存続し、さらに組織化され、派生物を生み、結びつきを固くすることを妨げないのだという点を忘れやすい。実際、抑圧はひとつの心理的体系、つまりシステム意識への関連しか妨げない。
精神分析は、精神神経症における抑圧の働きを理解するのに重要な、別のものをわれわれにしめすことができる。たとえば欲動代理 Triebrepräsentanz が抑圧により意識の影響をまぬがれると、それはもっと自由に豊かに発展することなどである。
それはいわば暗闇の中にはびこり、極端な表現形式を見つけ、もしそれを翻訳して神経症者に指摘してやると、患者にとって身に覚えのないものに思われるばかりか、異常で危険な欲動の強さTriebstärkeという見かけによって患者をおびやかすのである。
人をあざむくこの欲動の強さTriebstärkeは、空想の中で制止されずに発展した結果であり、たびかさねて満足が拒絶された結果である。この後者の結果が抑圧と結びついていることは、われわれが抑圧の本来の意味をどこに求めるべきかを暗示している。(フロイト『抑圧』Die Verdrangung、1915年)
この二論文と同時期に書かれた『欲動および欲動の運命』には次のようにある。
《欲動 Trieb》は、わたしたちにとって、心的なものと身体的なものとの境界概念 ein Grenzbegriff として、つまり肉体内部から生じて心に到達する心的代理 psychischer Repräsentanz として、肉体的なものとの関連の結果として心的なものに課された作業要求の尺度として立ち現われる。(フロイト『欲動および欲動の運命』1915)
欲動とは《境界概念 Grenzbegriff》である。これは初期フロイト概念《境界表象 Grenzvorstellung》とひどく近似している(当時のフロイトには原抑圧概念はない。以下の文にあらわれる「抑圧」とは「原抑圧」と捉えられるべきである)。
抑圧 Verdrängung は、過度に強い対立表象 Gegenvorstellung の構築によってではなく、境界表象 Grenzvorstellung の強化によって起こる。
Die Verdrängung geschieht nicht durch Bildung einer überstarken Gegenvorstellung, sondern durch Verstärkung einer Grenzvorstellung(フロイト, フリース書簡、I January 1896,Draft K)
…………
※付記
だれが身体に固着を刻印するのか。それは実は誰もが知っている。
〈母〉、その底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。(コレット・ソレール、C.Soler « Humanisation ? »2013-2014セミネール)
この母なる大他者による身体への刻印、原穴の名、それが S(Ⱥ)である。《症状(=サントーム)とは身体の出来事のことである。…le symptôme à ce qu'il est : un événement de corps》 (ラカン、JOYCE LE SYMPTOME,AE.569、16 juin 1975)
子供の最初のエロス対象 erotische Objekt は、彼(女)を滋養する母の乳房Mutterbrustである。愛は、満足されるべき滋養の必要性への愛着に起源がある。疑いもなく最初は、子供は乳房と自分の身体とのあいだの区別をしていない。乳房が分離され「外部」に移行されなければならないときーー子供はたいへんしばしば乳房の不在を見出す--、彼(女)は、対象としての乳房を、原初の自己愛的リビドー備給 ursprünglich narzisstischen Libidobesetzung の部分と見なす。
最初の対象は、のちに、母という人物 Person der Mutter のなかへ統合される。その母は、子供を滋養するだけではなく、世話をする。したがって、数多くの他の身体的刺激、快や不快を彼(女)に引き起こす。身体を世話することにより、母は、子供にとっての最初の「誘惑者Verführerin」になる。この二者関係 beiden Relationen には、独自の、比較を絶する、変わりようもなく確立された母の重要性 Bedeutung der Mutterの根が横たわっている。全人生のあいだ、最初の最も強い愛の対象 Liebesobjekt として、のちの全ての愛の関係性Liebesbeziehungen の原型としての母ーー男女どちらの性 beiden Geschlechternにとってもである。(フロイト『精神分析概説』( Abriß der Psychoanalyse草稿、死後出版、1940、私訳)
フロイトは原抑圧と捉えうるものを「我々の存在の核 Kern unseres Wesens」と呼んだ。それは上のフロイト自身の文とともに、次の Geneviève Morel の文がよく表している。
我々は、母の舌語(≒ララング)のなかで、話すことを学ぶ。この言語への没入によって形づくられ、我々は、母の欲望のなかに欲望の根をめぐらせる。そして、話すことやそのスタイルにおいてさえ、母の欲望の刻印、母の享楽の聖痕を負っている。これらの徴だけでも、すでに我々の生を条件づけ、ある種の法を構築さえしうる。もしそれらが別の原理で修正されなかったら。( Geneviève Morel ‘Fundamental Phantasy and the Symptom as a Pathology of the Law',2009)
サントームは、母の舌語に起源がある Le sinthome est enraciné dans la langue maternelle。話すことを学ぶ子供は、この言葉と母の享楽によって生涯徴付けられたままである。
これは、母の要求・欲望・享楽、すなわち「母の法」への従属化をもたらす Il en résulte un assujettissement à la demande, au désir et à la jouissance de celle-ci, « la loi de la mère »。が、人はそこから分離しなければならない。
この「母の法」は、「非全体」としての女性の享楽の属性を受け継いでいる。それは無限の法である。Cette loi de la mère hérite des propriétés de la jouissance féminine pas-toute : c’est une loi illimitée.(Geneviève Morel2005 Sexe, genre et identité : du symptôme au sinthome)
ララングについては、コレット・ソレールの近著における定義がこのうえなくすぐれている。
最初期、われわれの誰にとっても、ララング lalangue は音声の媒体から来る。幼児は、他者が彼(女)に向けて話しかける言説のなかに浸されている。子供の身体を世話することに伴う「母のおしゃべり」(母のララング lalangue maternelle)はこの幼児を情動化する。あらゆることが示しているのは、母の声による情動は意味以前のものであるということである。差分的要素は言葉ではなく、どんな種類の意味も欠けている音素である。母のおしゃべりの谺である子供の片言ーーあるいは喃語 lallationーーは、音声と満足とのあいだの連結を証している。それはあらゆる言語学的統辞や意味の獲得に先立っている。ラカンは強調している、前言葉 pré-verbal 段階のようなものはない、だが前論弁的 pré-discursif 段階はある、と。というのはララング lalangue は言語 language ではないから。
ララングは習得されない。ララングlangageは、幼児を音声・リズム・沈黙の蝕éclipse等々で包む。ララングlangageが、母の舌語(la dire maternelle) と呼ばれることは正しい。というのは、ララングは常に(母による)最初期の世話に伴う身体的接触に結びついている liée au corps à corps des premiers soins から。フロイトはこの接触を、引き続く愛の全人生の要と考えた。
ララングは、脱母化をともなうオーソドックスな言語の習得過程のなかで忘れられゆく。しかし次の事実は残ったままである。すなわちララングの痕跡が、最もリアル、かつ意味の最も外部にある無意識の核を構成しているという事実。したがってわれわれの誰にとっても、言葉の錘りは、言語の海への入場の瞬間から生じる、身体と音声のエロス化の結び目に錨をおろしたままである. (コレット・ソレール2011, Colette Soler, Les affects lacaniens(英訳2016))
…………
※追記
結局、フロイトは分析的ディスクールのなかで進んでいくにつれて、原抑圧が最初である le refoulement originaire était premier という考え方に傾いていったのである。(ラカン、テレヴィジョン、1973年)
原抑圧とは、フロイトが次のように呼んだものと等価である。
・夢の臍 Nabel des Traums
・菌糸体 mycelium、
・我々の存在の核 Kern unseres Wesen
・真珠貝の核の砂粒 das Sandkorn im Zentrum der Perle
・欲動の固着 Fixierungen der Triebe
・リビドーの固着 Fixierung der Libido、Libidofixierung
・欲動の根 Triebwurzel
ここでは、ラカンがフロイトの遺書と呼んだ1937年の論文から「欲動の根 Triebwurzel 」のみを掲げよう。
たとえ分析治療が成功したとしても、その結果治癒した患者を、その後に起こってくる別の神経症、いやそれどころか前の病気と同じ欲動の根 Triebwurzel から生じてくる神経症、つまり以前の疾患の再発に苦しむことからさえも患者を守ってあげることが困難であることがこれで明らかになった。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』1937年)
『夢判断』1900年に出現する「夢の臍」(=「菌糸体」= 「我々の存在の核」)については、晩年のラカンの言述を掲げる(フロイトにおいて1900年時点にはもちろん「原抑圧」概念はなかった)。
・夢の臍 l'ombilic du rêve…それは欲動の現実界 le réel pulsionnel である。
・欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能 la fonction du trou に還元する。欲動は身体の空洞 orifices corporels に繋がっている。誰もが思い起こさねばならない、フロイトが身体の空洞 l'orifice du corps の機能によって欲動を特徴づけたことを。
・原抑圧 Urverdrängt との関係…原起源にかかわる問い…私は信じている、(フロイトの)夢の臍 Nabel des Traums を文字通り取らなければならない。それは穴 trou である。(ラカン、Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)
この原抑圧を、ラカンは決して取り消せない原症状=サントームと呼んだ。
四番目の用語(サントーム=原症状)にはどんな根源的還元もない、それは分析自体においてさえである。というのは、フロイトが…どんな方法でかは知られていないが…言い得たから。すなわち原抑圧 Urverdrängung があると。決して取り消せない抑圧である。この穴を包含しているのがまさに象徴界の特性である。そして私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する。
Il n'y a aucune réduction radicale du quatrième terme. C'est-à-dire que même l'analyse, puisque FREUD… on ne sait pas par quelle voie …a pu l'énoncer : il y a une Urverdrängung, il y a un refoulement qui n'est jamais annulé. Il est de la nature même du Symbolique de comporter ce trou, et c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même.(Lacan, S23, 09 Décembre 1975)
ラカンはセミネール22で、《原抑圧の外立 l'ex-sistence de l'Urverdrängt》 そして最初の抑圧だけではなく還元できないもの il y a un refoulement non seulement premier mais irréductible》(08 Avril 1975)とも言っている。外立、すなわちラカンの現実界である。
ここでフロイトが1915年の『抑圧』論文で、《われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり欲動の心的(表象-)代理psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一相を仮定する根拠がある》と書いていることをもう一度思いだそう。この原抑圧にかかわる表現は、《欲動代理 Triebrepräsentanz》とも呼ばれているのも上に見た。
とはいえフロイトは多くを語っていない。それは治療不能の症状だからである。だから、人は安易にフロイトを読むだけなら、この概念を忘れてしまう傾向がある。
とはいえこの治療不能の症状を読みとる糸口はいくらでもある。
実際のところ、分析経験は、幼児期の《純粋な出来事的経験 rein zufällige Erlebnisse》が、《欲動の固着Fixierungen der Libido》点を置き残す傾向がある、との想定を余儀なくさせる。
die analytische Erfahrung nötigt uns geradezu anzunehmen, daß rein zufällige Erlebnisse der Kindheit imstande sind, Fixierungen der Libido zu hinterlassen.(フロイト 『精神分析入門』第23章 「症状形成へ道 DIE WEGE DER SYMPTOMBILDUNG」、1916-1917)
この文における《欲動の固着 Fixierungen der Libido》とは上に見たようにラカンのサントーム(原症状)のことである。それは幼児期の《純粋な出来事的経験 rein zufällige Erlebnisse》にかかわる、とある。この表現は、ラカンが《症状(=サントーム)とは身体の出来事のことである。…le symptôme à ce qu'il est : un événement de corps》 (ラカン、AE569、1975)というときの《身体の出来事un événement de corps》と等価に相違ない。
とはいえ現在のポストフロイト時代においては、そもそも原抑圧にかかわる症状のフロイトの命名「現勢神経症 Aktualneurose」概念さえほとんど忘却されている。
精神神経症 Psychoneurose と現勢神経症 Aktualneurose は、互いに排他的なものとは見なされえない。(……)精神神経症は現勢神経症なしではほとんど出現しない。しかし「後者は前者なしで現れるうる」(フロイト『自己を語る』1925)
…現勢神経症は(…)精神神経症に、必要不可欠な「身体側からの反応 somatische Entgegenkommen」を提供する。現勢神経症は刺激性の(興奮を与える)素材を提供する。そしてその素材は「精神的に選択され、精神的外被 psychisch ausgewählt und umkleidet」を与えられる。従って一般的に言えば、精神神経症の症状の核ーー真珠貝の核の砂粒 das Sandkorn im Zentrum der Perleーーは身体-性的な発露から成り立っている。(フロイト『自慰論』Zur Onanie-Diskussion、1912)
……もっとも早期のものと思われる抑圧(原抑圧 :引用者)は 、すべての後期の抑圧と同様、エス内の個々の過程にたいする自我の不安が動機になっている。われわれはここでもまた、充分な根拠にもとづいて、エス内に起こる二つの場合を区別する。一つは自我にとって危険な状況をひき起こして、その制止のために自我が不安の信号をあげさせるようにさせる場合であり、他はエスの内に出産外傷 Geburtstrauma と同じ状況がおこって、この状況で自動的に不安反応の現われる場合である。第二の場合は根元的な当初の危険状況に該当し、第一の場合は第二の場合からのちにみちびかれた不安の条件であるが、これを指摘することによって、両方を近づけることができるだろう。また、実際に現れる病気についていえば、第二の場合は現勢神経症 Aktualneurose の原因として現われ、第一の場合は精神神経症 Psychoneurose に特徴的である。
(……)外傷性戦争神経症という名称はいろいろな障害をふくんでいるが、それを分析してみれば、おそらくその一部分は現勢神経症の性質をわけもっているだろう。(フロイト『制止、症状、不安』1926)
以下の文で、RICHARD BOOTHBYが《最も決定的な考え方、フロイトの全展望においてあまりにも基礎的なものゆえに、逆に滅多に語られない考え方》とは原抑圧、欲動代理、現勢神経症にかかわる。
『心理学草稿』1895年以降、フロイトは欲動を「心的なもの」と「身体的なもの」とのあいだの境界にあるものとして捉えた。つまり「身体の欲動エネルギーの割り当てportion」ーー限定された代理表象に結びつくことによって放出へと準備されたエネルギーの部分--と、心的に飼い馴らされていないエネルギーの「代理表象されない過剰」とのあいだの閾にあるものとして。
最も決定的な考え方、フロイトの全展望においてあまりにも基礎的なものゆえに、逆に滅多に語られない考え方とは、身体的興奮とその心的代理との水準のあいだの「不可避かつ矯正不能の分裂 disjunction」 である。
つねに残余・回収不能の残り物がある。一連の欲動代理 Triebrepräsentanzen のなかに相応しい登録を受けとることに失敗した身体のエネルギーの割り当てがある。心的拘束の過程は、拘束されないエネルギーの身体的蓄積を枯渇させることにけっして成功しない。この点において、ラカンの現実界概念が、フロイトのメタ心理学理論の鎧へ接木される。想像化あるいは象徴化不可能というこのラカンの現実界は、フロイトの欲動概念における生の力あるいは衝迫 Drangの相似形である。(RICHARD BOOTHBY, Freud as Philosopher METAPSYCHOLOGY AFTER LACAN, 2001)
このRICHARD BOOTHBYの言っていることは、フロイトが初期に「翻訳の失敗Versagung der Übersetzung」と言っていたことにかかわる。
翻訳の失敗、これが臨床的に抑圧と呼ばれるものである。Die Versagung der Übersetzung, das ist das, was klinisch <Verdrängung> heisst.» (Brief an Fliess). (フリース書簡、1896)
…………
最後に、フロイトの原抑圧をめぐる記述を四つ掲げておこう。
◆フロイト、1911年
「抑圧」は三つの段階に分けられる。
①第一の段階は、あらゆる「抑圧 Verdrängung」の先駆けでありその条件をなしている「固着 Fixierung」である。(…)
②第二段階は、「本来の抑圧 eigentliche Verdrängung」である。この段階はーー精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているがーーより高度に発達した、自我の、意識可能な諸体系から発した「後の抑圧 Nachdrängen 」として記述できるものである。(… )
③第三段階は、病理現象として最も重要なものだが、その現象は、抑圧の失敗・侵入・「抑圧されたものの回帰 Wiederkehr des Verdrängten」である。この侵入 Durchbruch とは「固着 Fixierung」点から始まる。そしてリビドー的展開 Libidoentwicklung の固着点への退行 Regression を意味する。(フロイト『自伝的に記述されたパラノイア(パラノイド性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察』1911年、 私訳)
◆1915年
われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり欲動の心理的(表象的)な代理 (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識の中に入り込むのを拒否するという、第一期の抑圧を仮定する根拠がある。これと同時に固着 Fixierung が行われる。というのは、その代表はそれ以後不変のまま存続し、これに欲動が結びつくのである。(……)
抑圧の第二階段、つまり本来の抑圧 Verdrängung は、抑圧された代表の心理的な派生物に関連するか、さもなくば、起源は別だがその代表と結びついてしまうような関係にある思考傾向に関連している。
こういう関係からこの表象は原抑圧をうけたものと同じ運命をたどる。したがって本来の抑圧とは後の抑圧 Nachdrängung である。それはともかく、意識から抑圧されたものに作用する反撥だけを取り上げるのは正しくない。同じように原抑圧を受けたものが、それと関連する可能性のあるすべてのものにおよぼす引力をも考慮しなければならない。かりにこの力が協働しなかったり、意識によって反撥されたものを受け入れる用意のある前もって抑圧されたものが存在しなかったなら、抑圧傾向はおそらくその意図をはたさないであろう。(フロイト『抑圧』1915年、既存訳修正、以下同様)
◆1926年
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧 Verdrängungen は、後の抑圧 Nachdrängen の場合である。それは早期に起こった原抑圧 Urverdrängungen を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえるのである。こういう抑圧の背景や前提については、ほとんど知られていない。また、抑圧のさいの超自我の役割を、高く評価しすぎるという危険におちいりやすい。この場合、超自我の登場が原抑圧 Urverdrängungと後期抑圧 Nachdrängen との区別をつくりだすものかどうかということについても、いまのところ、判断が下せない。いずれにしても、最初のーーもっとも強力なーー不安の襲来は、超自我の分化の行われる以前に起こる。原抑圧 Urverdrängungen の手近な誘引として、もっとも思われることは、興奮の過剰な強さ übergroße Stärke der Erregung により刺激保護 Reizschutzesが破綻するというような量的な契機である。(フロイト『制止、症状、不安』1926 年)
◆1937年
抑圧 Verdrängungen はすべて早期幼児期に起こる。それは未成熟な弱い自我の原防衛手段 primitive Abwehrmaßregeln である。その後に新しい抑圧が生ずることはないが、なお以前の抑圧は保たれていて、自我はその後も欲動制御 Triebbeherrschung のためにそれを利用しようとする。
新しい葛藤は、われわれの言い表し方をもってすれば「後の抑圧 Nachverdrängung」によって解決される。…分析は、一定の成熟に達して強化されている自我に、かつて未成熟で弱い自我が行った古い抑圧 alten Verdrängungen の訂正 Revision を試みさせる。…幼児期に成立した根源的抑圧過程 ursprünglichen Verdrängungsvorganges を成人後に訂正し、欲動強度 Triebsteigerung という量的要素がもつ巨大な力の脅威に終止符を打つという仕事が、分析療法の本来の作業であるといえよう。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』1937年)
以上、私訳としたもの以外は、フロイトの引用はすべてフロイト著作集からだが、適宜変更してある(ラカン他はすべて私訳)。