2026年6月14日日曜日

へたをすると気が狂う恐れもある(古井由吉)

 


◼️2015年03月22日 西部邁ゼミナール 古井由吉2 歴史と文学 YouTube

古井由吉:一九四五年、敗戦の年に僕はまだ満で八つにもならないんです、幼児ですよ。でも空襲ということに関しては自分を戦中派と感じています。幼児にもかかわらず切羽詰まった体験をしてしまった。さてその記憶の問題なんです。恐怖の記憶を維持するのは難しい。もろに維持したら生きられない。


特に火の中を逃げ惑う。目の視覚的記憶は保たれる。見るということは対象化することですから。そのぶん突き放すことができる。怖いのは耳です。これは物凄い恐怖に押し入られる。耳を塞いで走るわけにはいかないでしょう。


耳を塞げないので遮断するんです。特に記憶の中で遮断する。その記憶を中年に入ってから少しずつ掘り出していって、まだ掘り出し切れない。これが僕の現状です。〔・・・〕


音にもろに押し入られたら動けない。立ってもいられない。だからそのときからしてどこかで遮断しているんです。幼児の記憶だとなおさらのことです。これをだんだんに掘り出すのは、実はあまり嬉しいことではありません。でもこれは僕が生きるのに必要なことだろうと思う。


でないと自分というものがわからない。人に対する態度もとりにくい。へたをすると気が狂う恐れもある。そういう意味もあって少しずつ掘り出した。何かの大きな音を聞いて空襲のときのことを思い出すのではなくて、むしろ音が静まったときにどこか耳の奥から聞こえてくる。


(『西部邁発言①「文学」対論』所収)




…………………




あれももう何十年も昔になるか、つい先年のことにも思われるが、それはない。夜半にひとりで音楽に聞き入ることを、絶ったものだ。それまでにだいぶ長い習癖となっていたのが、ある夜、旋律がゆるやかな渦を巻いて沈黙の底へ吸い込まれて行くように聞こえるにつれて、寝静まった家の壁の内から、密閉したはずの窓の外から、音にもならぬほどの音がおもむろに、深いざわめきとなってふくらんで、 阿鼻叫喚の兆しをふくんで、いまにもなだれこんできそうになった。これはたまらんと音盤をすぐに停めたが、切迫は耳の奥にわだかまり、静まりをもとめながら狂奔を招き寄せていたかとおそれた。(古井由吉「時の刻み」『ゆらぐ玉の緒』2017年)


音楽こそ人生の苦悶の精華ではないか。どこかで血が流れていると、響きがいよいよ冴える。


ところがたった一人の恍惚者は果てた後の沈黙を心の静かさと取り違えて、祭司みたいな手つきでレコードを替えて塵を払い、また始める。これにはよほどの神経の鈍磨が必要だ。そうそう自らを固く戒めてきたはずなのに、近頃私はまた、夜中にステレオの前に坐りこんでレコードを取っ替え引っ替え回す悪癖に馴染んでしまった。 ただ、音の流れが跡切れると、間がもてない。音が消えたとたんに、自分を囲む空間のまとまりがつかないような、物がひとつひとつ荒涼とした素顔を見せて、私を中心にまとまるのを拒むような、そんな所在なさを覚える。


しかしさいわい、音楽と私とは、相変らず折合いが良くない。一節がこちらの身体の奥へすこしく深く響き入って来ると、私の神経はたちまちざわめき立ち、音楽のほうもなにか耳ざわりすれすれのところまで張りつめ、両者は互いを憎むことにならぬようあっさり別れる。(古井由吉「赤牛」『哀原』1977年)


静かさというのは物音と物音との、落着いた遠近のことらしい。近い物は近く聞え、遠い物は遠く聞え、その中を近づいてくる音、遠ざかって行く音が自然に耳でたどれる、おのずと耳でたどっている、そんな空間のことらしい。あるいは揺ぎなく、遅速なく、目で測れるように流れる時間、のことかもしれない。近づいてくるのが、生命を脅かすようなものでも、そんな時、人は静かと感じるようだ。


遠近の失われた静かさというものはある。何もかも等しなみに鮮明に、あるいは朧気に映る。あるいは時間があまりにも早く、あまりにも遅く流れる。外の力にもはや反応できなくなる。あるいは自分自身の行為からふっと離れてしまう。そんな時、人はやはり静かと感じるようだ。長閑とも感じる。しかしその長閑さは、どうやら根に叫喚をふくんでいる。声にならぬ叫喚、そのものかもしれない。考えてみれば、遠近を狂わせるものは、恐怖なのだ。


無音と呼ぶべきものもあるようだ。音がないわけではない。音への関係が失われているのだ。そんな時、人はとかく、物音の侵入に悩まされているように思いこむ。数ある中で、特定の物音に、はてしもなくこだわる。じつは、その音の立つのをひっそりと待っていて、偏執的に抱きしめるのだ。


人はそれぞれ固有の静かさを、死病のようなものとして、身体の内に抱えこみ、小心に押えこんでいるのかもしれない。無音の中では、その静かさがふくらみそうになるので、縁もない物音にひたすらこだわって、むりやり関係をつないで、紛らわそうとする。(古井由吉「池沼」『哀原』1977年)


騒音に押し入られるままになっている人間にとって、ときたまはさまる静まりこそ、おそろしい。静まりとは言いながら内に狂躁の、おもむろな切迫のようなものをはらむ。内にふくらみかかる狂躁を出し抜くためにも、外へ向かって自分から躁がなくてはならない。取りあえず喋りまくる。人がいなければ何でもよいから音を立てる。誰もいない部屋にもどるとまずテレビをつける。まさに、沈黙を忌む、である。耳を澄ますのも、沈黙を招くおそれがあるので、よほど用心しなくてはならない。人との話によけいな間を置くのも、お互いに沈黙の中へ惹きこまれそうになるので、あぶない。


これでは耳の上げ底どころか、心の上げ底になる。道理で物を深くは感じ止められないばかりに、深く思うこともできなかったはずだ。そのことは自嘲して済ますとしても、そうなるとしかし、今の世の男女の交わりは、お互いに沈黙をふせぐための、躁がしさの交換になるはしないか。死者たちのもとまで通じるような沈黙の中へぽつりぽつりと滴る、睦言や兼言や怨言は、絶えて久しい。(古井由吉「蜩の声」『蜩の声』2011年)



……近代の人間はおしなべて、耳の聡かったはずの古代の人間にくらべれば、論理的になったその分、耳が悪くなっているのではないか、すぐれた音楽を産み出したのも、じつは耳の塞がれかけた苦しみからではなかったか、とそんなことを思ったものだが、この夜、昼の工事の音と夜更けの蒸し返しのために鈍磨の極みに至ったこの耳に、ひょっとしたら、往古の声がようやく聞えてきたのか、と耳を遠くへやると、窓のすぐ外からけたたましく、蜩の声が立った。

 

夜半に街灯の明るさに欺れてか、いきなり嗚咽を洩らすように鳴き出し、すぐに間違いに気がついたらしく、ふた声と立てなかった。狂って笑い出したようにも聞こえた。声に異臭を思った。

異臭は幼年の記憶のようだった。蜩というものを初めて手にした時のことだ。空襲がまだ本格には本土に及ばなかった、おそらく最後の夏のことになるか。蜩は用心深くて滅多に捕まらぬものなので、命が尽きて地に落ちたのを拾ったのだろう。ツクツク法師と似たり寄ったりの大きさで、おなじく透明な翅にくっきり翅脈が浮き出て、胴体の緑と黒の斑紋の涼しさもおなじだったが、地肌が茶から赤味を帯びて、その赤味が子供の眼に妖しいように染みた。箱に仕舞って一夜置いた。そして翌朝取り出して眺めると、赤味はひときわ彩やかさをましたように見えたが、厭な臭いがしてきた。残暑の頃のことで虫もさずがに腐敗を来たしていたのか、子供には美しい色彩そのものの発する異臭と感じられた。すぐに土に埋めて手を洗ったが、異臭は指先にしばらく遺った。

箪笥に仕舞われた着物から、樟脳のにおいにまじって立ち昇ってくる、知らぬ人のにおいにも似ていた。(古井由吉「蜩の声」2011年)