2026年11月8日日曜日

哲学は死を学ぶこと

 

2年ほど前、ショーペンハウアーの次の文を拾った。

死はまさに哲学に生命を吹きこむ守護神でありまた庇護者であって、ゆえにソクラテスは哲学を「死の練習」と定義した。死というものがなかったならば哲学的思索をなすことすら困難であったろう。

Der Tod ist der eigentliche inspirirende Genius, oder der Musaget der Philosophie, weshalb Sokrates diese auch thanatou meletê definirt hat. Schwerlich sogar würde, auch ohne den Tod, philosophirt werden. (ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第 41 章、1843年


どこで言ってるんだろう、この死の練習(thanatou meletē / θανάτου μελέτη)は? いくらか調べてみると、『パイドン』の次の文が起源らしい。


正しく哲学に関わっている人々は、ほかの人々に対して、自分たちが死ぬことと死んでいること以外には何もしていないのだということを、気づかれずにいる(隠している)ようだからね。さて、もしそれが本当なのだとしたら、一生の間ほかの何事でもなくただこれだけを熱望しておきながら、いざそれがやって来た時に、ずっと熱望し、それに勤しんできた当のものに対して腹を立てるというのは、なんともおかしな話ではないか。

Κινδυνεύουσι γὰρ ὅσοι τυγχάνουσιν ὀρθῶς ἁπτόμενοι φιλοσοφίας λεληθέναι τοὺς ἄλλους ὅτι οὐδὲν ἄλλο αὐτοὶ ἐπιτηδεύουσιν ἢ ἀποθνῄσκειν τε καὶ τεθνάναι. εἰ οὖν τοῦτο ἀληθές, ἄτοπον δήπου ἂν εἴη προθυμεῖσθαι μὲν ἐν παντὶ τῷ βίῳ μηδὲν ἄλλο ἢ τοῦτο, ἥκοντος δὲ δὴ αὐτοῦ ἀγανακτεῖν ὃ πάλαι προυθυμοῦντό τε καὶ ἐπετήδευον

(プラトン『パイドン』64a)


❖英訳

Other people are likely not to be aware that those who pursue philosophy aright study nothing but dying and being dead. Now if this is true, it would be absurd to be eager for nothing but this all their lives, and then to be troubled when that came for which they had all along been eagerly practicing.”




さらにキケロもこう言っている。

哲学者たちの全生涯は、死に対する準備である[Tota philosophorum vita commentatio mortis est.](キケロ『トゥスクルム荘対談集』第1巻30章74節(Tusculanae Disputationes, I, 30, 74) 


モンテーニュ『エセー』第1巻20章もこのキケロを引用しつつ《哲学することは死を学ぶことである[Que philosopher, c'est apprendre à mourir]》と。


…………


なお私が長く好んできたリルケの次の言葉がある。

死とは、私たちに背を向けた生の相であり、私たちが決して見ることのない生の相です。すなわち私たちの実存[Daseins]の偉大なる気づきを可能な限り獲得するよう努めなければなりません。Der Tod ist die uns abgekehrte, von uns unbeschienene Seite des Lebens: wir müssen versuchen, das größeste Bewußtsein unseres Daseins zu leisten (リルケ書簡 Rainer Maria Rilke, Brief an Witold von Hulewicz vom 13. November 1925ーー「ドゥイノの悲歌」について)

昔は誰でも、果肉の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた(あるいはおそらくそう感じていた)。子どもは小さな死を、おとなは大きな死を自らのなかにひめていた。女は死を胎内に、男は胸内にもっていた。誰もが死を宿していた。それが彼らに特有の尊厳と静謐な品位を与えた。

Früher wußte man (oder vielleicht man ahnte es), daß man den Tod in sich hatte wie die Frucht den Kern. Die Kinder hatten einen kleinen in sich und die Erwachsenen einen großen. Die Frauen hatten ihn im Schooß und die Männer in der Brust. Den hatte man, und das gab einem eine eigentümliche Würde und einen stillen Stolz.(リルケ『マルテの手記』1910年)