フロイトの抑圧には原抑圧と後期抑圧がある。 |
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる。daß die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. (フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年) |
"Nachdrängen"とあるが、後に『終りある分析と終りなき分析』(1937年)にて、"Nachverdrängung"とある。つまり抑圧には原抑圧[Urverdrängung]と後期抑圧[Nachverdrängung]がある。 |
この後期抑圧に相当するものをフロイトは『無意識』(1915年)論文で、力動的無意識(前無意識)[Dynamik Ubw (vorbewußte)]あるいは無意識の後裔[Abkömmlinge des Ubw]と呼んでいる(力動的無意識とは既に言語表象になった前意識)。そして原抑圧に相当するものを『モーセと一神教』(1939年)で、エスに置き残された異者身体[Fremdkörper]としての原無意識(本来の無意識[eigentliche Unbewußte])と呼んでいる。 そしてフロイトの原抑圧とは何よりもまず固着のこと。 |
抑圧の第一段階ーー原抑圧された欲動ーーは、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, (primär verdrängten Triebe) dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ](フロイト『症例シュレーバー 』1911年、摘要) |
固着に伴い原抑圧がなされ、暗闇に異者が蔓延る[Urverdrängung…Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; …wuchert dann sozusagen im Dunkeln, fremd erscheinen müssen](フロイト『抑圧』1915年、摘要) |
ここまでを図表にして示せば次の通り。
異者身体とはフロイトの定義においてトラウマ、エスの欲動蠢動である。 |
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トラウマないしはトラウマの記憶は、異者身体[Fremdkörper] )のように作用する。[das psychische Trauma, respektive die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt](フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年) |
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エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、異者身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる。 Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper(フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要) |
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異者身体は原無意識としてエスのなかに置き残されたままである。 Fremdkörper…bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück.(フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年、摘要) |
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この原抑圧=固着にともなって発生するエスの欲動蠢動としての異者身体がラカンの欲動の現実界の穴(トラウマ)である。 |
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私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する[c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même. ](Lacan, S23, 09 Décembre 1975) |
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現実界は穴=トラウマを為す[le Réel …ça fait « troumatisme ».](Lacan, S21, 19 Février 1974) |
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欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する。穴は原抑圧と関係がある[il y a un réel pulsionnel …je réduis à la fonction du trou.…La relation de cet Urverdrängt](Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975、摘要) |
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つまり欲動の現実界は穴の機能だということは、原抑圧=固着による「エスの異者身体の機能」ということである。 |
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ラカンの《享楽は現実界にある[la jouissance c'est du Réel.]》(Lacan, S23, 10 Février 1976)。 したがって現実界の享楽は原抑圧としての固着であり、異者身体である。 |
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享楽は真に固着にある。人は常にその固着に回帰する[La jouissance, c'est vraiment à la fixation …on y revient toujours. (J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse, 20/5/2009) |
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現実界のなかの異者概念(異者身体概念)は明瞭に、享楽と結びついた最も深淵な地位にある[une idée de l'objet étrange dans le réel. C'est évidemment son statut le plus profond en tant que lié à la jouissance ](J.-A. MILLER, Orientation lacanienne III, 6 -16/06/2004) |
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ラカンの現実界は、フロイトの無意識の核であり、固着のために置き残される原抑圧である。「置き残される」が意味するのは、シニフィアンへの・言語への移行がなされないことである。The Lacanian Real is Freud's nucleus of the unconscious, the primal repressed which stays behind because of a kind of fixation . "Staying behind" means: not transferred into signifiers, into language(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001年) |
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逆に欲望とは現実界の享楽(固着のトラウマ)をシニフィアン化・言語化したものである。 |
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享楽のシニフィアン化をラカンは欲望と呼んだ[la signifiantisation de la jouissance…C'est ce que Lacan a appelé le désir. ](J.-A. Miller, Les six paradigmes de la jouissance, 1999) |
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享楽は欲望とは異なり、固着された点である[La jouissance, contrairement au désir, c'est un point fixe](J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse III, 26 novembre 2008) |
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欲望は自然の部分ではない。欲望は言語に結びついている。それは文化で作られている。より厳密に言えば、欲望は象徴界の効果である[le désir ne relève pas de la nature : il tient au langage. C'est un fait de culture, ou plus exactement un effet du symbolique.](J.-A. MILLER "Le Point : Lacan, professeur de désir" 06/06/2013) |
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象徴界は言語である[Le Symbolique, c'est le langage](Lacan, S25, 10 Janvier 1978) |
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以上、ラカン語彙を先ほどの図に付け加えればこうなる。 享楽つまり欲動は身体の審級にある。
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