2026年6月10日水曜日

古井由吉「エロス」未定稿

 

大体、文学は古今東西、本当の意味でのマザコンのものだと思うんですよ。マザコンがないと文学は成り立たない。それは大地母神と言ったり、聖母だとかいうようなものの、女が母に通じていかないと、色気が出ないんですよね。(古井由吉「文芸思潮」2010 初夏) 


わたしという存在は一身の過去の記憶の、よくも思い出せないものもふくめて、漠とした積み重ねの上に立つと取るのがまず穏当である。おのれの出生の時までは及ばないが、後に聞かされた出生の事情でも、我が身に照らしてつくづく思いあたる節があればこれも記憶、思い出せぬことながら、思い出せることよりも重い記憶になる。

しかし母胎の内にあった時、さらに受胎の時までさかのぼれば、はるか地の底の、忘却の湖 に漂っているにひとしい。この忘却の内にすでに生涯の定めが萌しているとしたら、人の記憶ははかない、徒労のようなものになる。(古井由吉「たなごころ」『この道』2019年)




僕は作品でエロティックなことをずっと追ってきました。そのひとつの動機として、空襲の中での性的経験があるんですよ。爆撃機が去って、周囲は焼き払われて、たいていの人は泣き崩れている時、どうしたものか、焼け跡で交わっている男女がいます。子供の眼だけれども、もう、見えてしまう。家人が疎開した後のお屋敷の庭の片隅とか、不要になった防空壕の片隅とか、家族がみんな疎開して亭主だけ残され、近所の家にお世話になっているうちにそこの娘とできてしまうとか、いろんなことがありました。(古井由吉『人生の色気』2009年)


人間は、ぎりぎりの極限状態に置かれるとかえって生命力が亢進します。昨日を失い、明日はない。今の今しかない。時間の流れが止まった時こそ、人は永遠のものを求める。


その時、人間同士の結びつきで一番確かなものは、ひょっとして性行為ではないのか。赤剝けになった心と心を重ね合わせるような、そんな欲求が生まれたんじゃないか。


一般的に、エロスとは性欲や快楽を指す言葉かもしれません。が、僕の追求するエロスは、そんな甘いものじゃない。人間が生きながらえるための根源的な欲求のことです。(古井由吉「サライ」2011年3月号)


焼け跡で交わる男女⋯⋯焼き払われると、境がなくなってしまうんですね。敷地と敷地の境も、町と町の境も、それから時間の境もなくなってしまう。そういう無境の中で、男女が交わる。(古井由吉「すばる」2015年9月号)


瓦礫の中で闇の品をおおっぴらに取りひきする者もあれば、崩れのこった壁の陰にわずかに 人目を隠して、そそくさとまじわる男女もいた。(古井由吉『楽天の日々』2017年)


ところが、その場所にどうしても行き着けない。女に初めて声をかけられた所はわかった。それに問違いはなかった。そこを起点として、あたり一帯がいくら変わり果てたと言っても、おのずと知ってたどっていたはずの道のことだから、たやすくたどり返せると思って歩き出すと、それらしい焼跡にあっさりと出る。しかし立ち停まって見渡せば、夕日にあまねく赤く照らされて、あちこちに瓦礫の山はあっても、男女の交わる物陰はありそうにもない。時刻が早すぎたかと思って、夕闇の降りかかるまであたりをうろついたが、暗くなるほどに、違った場所に見えてくる。


つぎの時には暮れようともしないその焼跡を横目にして通り過ぎ、その先は足にまかせて、たそがれるまで歩くと、それらしい場所も見つからなかったかわりに、遠くまで来ていた。あの日も女と交わった所が自分の帰る道から大きく逸れていたことを、女と別れて引き返す道々、そんなことのあった後の放心の中から、自分は一体、どこへ行くつもりだったのだろう、と不思議がったものだが、それよりも、そこまで女の先に立って、ロもきかず、振り向いて顔も見ず、どこをどう、たそがれるまで歩いて来たのだろう、といまさら驚くと、幼い頃に聞かされて怯えた、惑わし神という名が耳もとに息づかいのようにふくらんで、足もとから慄えが突き抜け、恐怖ともつかず、一瞬つのった女への恋情ともつかず、立ちながらに精を洩らした。(古井吉吉「瓦礫の陰に」『やすらい花』2010年)


夕暮れにひとりきりになって立つ女の子の、その背後に男の子が忍び足でまわり、いきなりスカートの下に手を入れて、下ばきを膝までおろしてしまう。女の子はそれにしてはたじろかず、なにか遠くへ笑っているような顔を振り向けてから、腰をまるく屈めて下ばきをなおし、何もしらないくせにと言わんばかりの大人の背を見せて立ち去る。(古井由吉『ゆらぐ玉の緒』2017年)




男女の関係が深くなると、自分の中の女性が目覚めてきます。女と向かい合うと、向こうが男で、こちらの前世は女として関係があったという感じが出てくるのです。それなくして、色気というのは生まれるものでしょうか。(古井由吉『人生の色気』2009年)


共寝の床の中で、常の女の存在から、生気が肌の内へ静まり、個の表情が洗い流され、女体そのものというような裸像があらわれることがある。美しい、と男はつかのまながら思う。それにひきかえ常の存在を訝り疎むこともある。そんな時、私は、あの裸像のひしめきを思う。(古井由吉「池沼」『哀原』1977年)


もう、糞尿の匂いを懐かしく思う人は、少なくなったでしょう。昔は、肥えつぼの匂いが家に満ちていたものです。男女が会えば、着るものにまとわりついてくるから、お互いに違った糞尿の匂いを嗅いでいました。(古井由吉『人生の色気』2009年)





男に色気がない、と感じるのは、たとえば通夜やお葬式の席です。年配者の姿を見ていると、お焼香の姿がサマになっていないんですよ。不祝儀の場の年寄りの振る舞いに、男の色気は出るものなんです。稚いというか、みんな形を踏まえていない、しわくちゃな振る舞いになっています。あれじゃあ、女性も面白くないでしょう。儀式の場などでは、肉体が純化される時があるでしょう。その時、人の性的な部分もはっきりと現れるものなんです。女にしても男にしても、そうした場での振舞いがむさいと、まことに色気がない社会になってしまいます。言葉のなかにも・・・(古井由吉『人生の色気』2009年)


エロスの力は取り戻さなければまずいんです。社会の存亡にかかわるんです。少なくとも、 エロスがなくなれば小説はなくなり、文学がなくなる。(古井由吉『人生の色気』2009年) 

エロスの感覚は、年をとった方が深くなるものです。ただの性欲だけじゃなくなりますから。(古井由吉『人生の色気』2009年)

歳をとりますとね、エロスは深まります。死が近くにあるわけですから。子供の頃、よく不思議な夢の話を聞いた。暗いトンネルの出口の向こうに、お花畑が広がっている。人が生死の境にいる時、そういう夢を見る、と。( 古井由吉「サライ」20113月号)

この年齢になると死が近づいて、日常のあちこちから自然と恐怖が噴き出します。(古井由吉、「日常の底に潜む恐怖」 毎日新聞2016514日)


生きているということもまた、死の観念におさおさ劣らず、思いこなしきれぬもののようだ。生きていることは、生まれて来た、やがて死ぬという、前後へのひろがりを現在の内に抱えこんでいる。


このひろがりはともすれば生と死との境を、生まれる以前へ、死んだ以後へ、本人は知らずに、超えて出る。(古井由吉『この道』「たなごころ」2019年)



男女の交わりの一番の恍惚は忘我と変貌です。つまり、顔が変わってくる状態です。これは、 人間にとっても最も恐ろしいことだし、また、一番よく知っていることでもあります。(古井由吉『人生の色気』2009年)


どこかの部屋で、先の男女が裸体を合わせている。ひとしきりやみくもに愛しあっては、お互いに興奮からこぼれ落ちて、まわりのひと気なさに、馴れぬ耳を澄ましている。そのつど熱の吸い取られていくのをそれぞれに不思議がって、ますます熱したみたいに肌を押しつける。 (古井由吉『山躁賦』1982年)


因果ですね、と抱かれた後で女がつぶやいたのもあの晩のことになる。それまでに幾夜かさねてもほぐれず、その晩もかわらず硬かった女のからだが、遠くから風の渡ってくる音にすくんだのを境に、ひと息ごとにほどけて、男の動きにこたえてどこまでも受けいれるようになり、人の耳をおそれて音をひそめあうような、長いまじわりとなり、ようやくはてて、なごりの息のおさまっていく下から女が何を言い出すことかと、男がこんな始末になったことにあきれて待つうちに、その言葉が女の口から出た。


前世で寝たことがあるんですよ、今夜初めて知りました、とその面相のまま言った。(古井由吉「除夜」『蜩の声』2011年)




文学者は、社会がアナーキーに突入する前に、あらかじめアナーキーの境に住んでいる番 人みたいなものだと思っています。(『人生の色気』2009年) 

いまどき、男女が本気になって交わるというのも、アナーキーかもしれませんよ。(『人生の色気』2009年) 


でも、好きと嫌いは紙一重ですよ。人は嫌いというところがなければ、好きになりません。この女とだけは寝たくない、という場合に限って、むずかしい関係になるものです。(『人生の色気』2009年) 





公団が爆発的に流行したのは、人の耳に入らない密閉された空間で交わりたいという男女の熱い思いがあった。団地以前は、閉ざされた空間の中でのセックスではなく、人の耳をはばかりながら交わっていました。しかしまたそこにエロティシズムがあったんです。周りから保護された性的な関係は、最初は作家も奔放なことを書けるけれども、次第に書きようがなくなっていきます。晩年の中上健次は、日本家屋がなくなって困った代表でしょう。(古井由吉『人生の色気』2009年)


「……どうしたの、そんなところで」

突拍子もない母親の声に春子が寝床の中で目をあけると、枕のすぐそばに大きくふやけたような男の顔がこちらを向いて眠っていた。〔・・・〕川崎は…蒲団の中から片手を哀れっぽく差し出して、口もきけぬという顔つきで、天井を何度も何度も指さした。しばらくした母親がクスクスと笑い出したかと思うと、「いやだわ」と若い娘みたいな声を立てて隣の部屋へ逃げこんだ。笑いに息たえだえの話し声が襖の陰でして、それから父親が空惚けた顔をこちらへ出した。川崎は目をあけず、まだ天井のほうをせつなそうに指先で訴えていた。

「川崎君、えらいご災難だそうだね」

「熱烈で熱烈で、はたのほうが、もう身がもたなくて」 (古井由吉『女たちの家』1977年)


もとより、騒音の中で生きて来た者である。子供の頃には一時期、都電通りから路地を入ったすぐ奥のところに住んでいた。表を電車の通りかかるそのたびに、家は地から揺すられる。大震災よりも前の普請になる古家は内廊下のつきあたりの、手水場の窓の上で梁がはっきりと傾いていた。しかも二階を載せいてた。同じ屋根の下に何人も身を寄せいていて隣の声は襖一枚の隔てを筒抜けだった。(古井由吉『蜩の声』2011年)



佐枝は逃げようとする岩崎の首をからめ取りながら、おのずとからみつく男の脚から腰を左右に、ほとんど死に物狂いに逃がし、ときおり絶望したように膝で蹴りあげてくる。顔は嫌悪に歪んでいた。強姦されるかたちを、無意識のうちに演じている、と岩崎は眺めた。〔・・・〕


にわかに逞しくなった膝で、佐枝は岩崎の身体を押しのけるようにする。それにこたえて岩崎の中でも、相手の力をじわじわと組伏せようとする物狂おしさが満ちてきて、かたくつぶった目蓋の裏に赤い光の条が滲み出す。鼻から額の奥に、キナ臭いような味が蘇りかける。


やがて佐枝は細く澄んだ声を立てはじめる。男の力をすっかり包みこんでしまいながら、遠くへ助けを呼んでいる声だった。(古井由吉『栖』1986年)




片隅に電話台の置いてある真四角の踊り場から向きを変えて階段を昇っていくと、杳子の姉の一家の住まう階下の雰囲気からいきなり隔てられて、彼はふと場所の意識を眩まされ、まるで初めて来た家ではなくて勝手を知った家の、幾度となく通いなれた階段をたどっているような気がした。階段を昇りきったところで左手の扉をゆっくり明けると、薄暗がりの中から、階下よりも濃密なにおいが彼の顔を柔かくなぜた。かなり広い洋間の、両側の窓が厚地のカーテンに覆われ、その一方のカーテンが三分の一ほど引かれて白いレースを透して曇り日の光を暗がりに流していた。その薄明かりのひろがりの縁で、杳子はこちらに横顔を向けてテーブルに頬杖をついていた。白っぽい寝間着姿だった。その上から赤いカーディガンを肩に羽織っている。戸口に立つ彼の気配を感じると、杳子は頭を掌の中に埋めたまま、彼のほうを向いて笑った。湯から上がりたてのような、ふっくらと白い顔だった。


「どうしたの」という言葉が二人の口から同時に洩れた。だがどちらも答えを求める気はすこしもなく、いつもの続きのように自然にテーブルに向かいあって坐り、目だけを動かして、お互いの軀を物珍しげに眺めあった。


テーブルからすこし遠めに置いた椅子に杳子は尻をあずけるようにのせ、腰から上をぬうっと前へ伸ばして、テーブルに肘だけでもたれかかっていた。いつだか病気の頃の姉について彼女の語ったとおりの恰好だった。しかし杳子の軀は固さに苦しんでいる様子も、重さに苦しんでいる様子もなく、どことなく自足した感じで重みを椅子とテーブルに分けていた。水色のネグリジェがたしかに薄汚れている。薄い布地が軀の円みにびったりとついた肌着を透かしていたが、その肌気も純白ではなかった。ゆったり開いた襟からのぞく肌も、気のせいか、いつもより濃く濁った光を漂わせている。だが不潔な感じも、淫らな感じもなく、杳子にも彼にも馴れ親しんだ穏和しい動物を、二人して眺めているような気持だった。


「大変な恰好じゃないか」

「このままで待っているって、ゆうべ、言ったでしょう」

「いつから、そんな恰好をしてるんだい」

「寝間着を脱がなくなってから、今日で三日目。肌とキレの温かさがすっかりひとつに馴染んで、いい気持ちよ」

「汚い子だなあ。臭ってくるよ」

そう言って彼は薄暗い空気を胸いっぱいに吸いこんで見せた。たしかにたえず沁み出る体液の、無恥なにおいがかすかにこもっていたが、それも段々に鼻に馴染んで円みを帯びていった。いかにも人がここにこもっているというにおいだな、と彼は素朴な感慨を抱いた。杳子もネグリじゃの胸をふくらまして、ゆっくり息を吐きながら、物憂げに目を細めて笑った。あっさり彼は秘密を売り渡してしまった。


「姉さんが、病院に行くように君を説得してくれって言ってたよ」

「あなたが行けって言えば、今すぐにでも行くわよ」

「病院に行ってどうなるの」

「健康になるよ」

「健康になるって、どういうこと」

「まわりの人を安心させるっていうことよ」


投げやりというよりも、病気と和んで、こうしてこのままでもいられると確めた満足感の中で、あとは家族の心配のことも考えて、成行きを待っているという風だった。五日前から杳子が昔の姉のように風呂に入ろうとしなくなったわけが、彼にはわかる気がした。〔・・・〕杳子は彼の顔を見つめて、しばらく掌の中で首をかしげていたが、それから頬杖をゆっくり倒して唇を近づけてきた。唇を触れ合っていると、暗がりに閉じこめられた子供の、汗と涙の混ったにおいがじかに伝わってきた。目を細く開くと、依怙地さを失った肌に、毛穴がひとつひとつ開いていた。〔・・・〕


その時、階段から杳子の姉の上がってくる足音がした。彼は杳子から顔を離そうとした。すると杳子は逆に顔を近づけてきて、唇を触れながら目を大きく見開いて足音に耳を傾けていた。それから彼女は唇を彼の耳もとにまわして、「あの人のすることを、細かく見ててちょうだい」とささやき、顔を引いてもとの頬杖にもどった。〔・・・〕姉が敷居をまたいで二、三歩を運んだとき、彼はその足どりの、妙にこちらの神経を疲れさせる固さに、目を惹きつけられた。〔・・・〕


やがて規則正しい足音が階段をゆっくり沈んでゆき、彼はほっとした気持で軀をテーブルのほうにもどして腰をおろした。見ると、いつのまにか杳子は右手にスプーンを短刀のように握りしめて、物狂わしい目つきをしていた。(古井由吉『杳子』1970年)



勲章をぶら下げていたら、こんな仕事できません。作家とは怪しげな商売ですからね(笑)。名誉や名声というやつは、新しい作品を書く時の妨げになります。とにかく荷物を少なくしておきたかった。


芥川賞の選考委員も、6年前に辞めました。ああいう場に連なると、自分をひとかどの者と思うようになる。裸になれなくなりますから、物書きとして自分を追い込めなくなる。


選評を書くのでも、執筆者より上に立つような気持ちが芽生えたり。だいたい若い頃の作品より今のほうがいいと言い切れる作家は、どれだけいるのか。今の僕が『杳子』と競ったら、勝敗でいえば負けじゃないですかね(古井由吉「サライ」2011年3月号)


(岡崎)睿子さんも古井君同様東大大学院独文科の出身で、その在学中からわたしは知り合っている。修士論文についての相談か何かで研究室にも何度か見えた。(中略)

物静かで寡黙なひと、これが第一印象だった。こちらの問いかけに対しても必要な最小限度だけを手短かに答えるだけで、あとは黙っているので、わたしは多少まごついて話のつぎ穂を見つけようとする。おりおり向ける眼が澄み徹っていて、たいがいのことは見抜かれてしまいそうである。(手塚富雄「古井君の日常性」『古井由吉 作品』四、月報 1982年12月)




墓参りならいずれ旅である。私自身は死んだら散骨にするように家の者に言い置いてある。墓などを遺すのは、生きているうちから、うっとうしい。(古井由吉「ゆらぐ玉の緒」『ゆらぐ玉の緒』2017年)

親の墓は富士の山麓にある。無数の人の墓が並んでいる。親たちにとっても生前、無縁の土地だった。末男の私の入るところではない。自身、墓というものを持たぬことに定めている。 どこに葬られようと、いずれ無縁の地である。(古井由吉「たなごころ」『この道』2019年)


大震災の後、絆という言葉がしきりに口にされた。それにつけても私が首をかしげさせられたのは、その言葉を口にする人に、絆の苦さを思う心があまり感じられないということだった。絆とは古来、生涯にわたって苦しいものだった。とりわけ親子の絆は。亡き親の姿は苦の中からこそ浮かび出る。

酒に酔って庭の隅の木に登り、そら撃墜だ、また一機堕ちた、と叫んでいる父親を思い出す。それを母親と、女学生の姉と、小学生の私とが、庭の瓦礫の中に坐りこんで、眉をひそめて眺めていた。(古井由吉「PHP」2016 年 4 月号)

女は子供を連れて危機に陥った場合、子供を道連れにしようという、そういうすごいところがあるんです。(古井由吉「すばる」2015年9月号)