2024年11月25日月曜日

男の対象愛と女の自己愛の原因

 

男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」である。[Das Glück des Mannes heisst: ich will. Das Glück des Weibes heisst: er will. ](ニーチェ『ツァラトゥストラ』第1部「老いた女と若い女」1883年)


『君、すべての男は……すべての男だよ。一人でも多く異つた種類の女を欲するものなのだ。もし、さうでない男が在るとしたら、その男は無智識であるか、或ひは、臆病で自信がないといふことだけなのだ……』

と、Mが云つた。


『あなた、ちつとも女に就いて御存じがないのネ。女は、あなたのやうな物質的に貧弱なものの御考方に御相伴したがらないものよ。え、一人殘らず……贅澤な飼猫になりたいのよ。誰だつて妾になりうるのよ。もしさうでない女があるとしたら、その女は、そんな世界をしらないとか、或ひは、自分の力に就いて、魅惑に就いて自信がないとかいふこと丈なのですわ……』

とH子が、正面から私のSimpletonを揶揄した。

(金子光晴「海邊日記」)



……………


男の愛と女の愛は、心理的に別々の位相にある、という印象を人は抱く[Man hat den Eindruck, die Liebe des Mannes und die der Frau sind um eine psychologische Phasendifferenz auseinander.](フロイト『新精神分析入門講義』第33講「女性性 Die Weiblichkeit」 1933年)


われわれは女性性には(男性性に比べて)より多くのナルシシズムがあると考えている。このナルシシズムはまた、女性による対象選択に影響を与える。女性には愛するよりも愛されたいという強い要求があるのである。

Wir schreiben also der Weiblichkeit ein höheres Maß von Narzißmus zu, das noch ihre Objektwahl beeinflußt, so daß geliebt zu werden dem Weib ein stärkeres Bedürfnis ist als zu lieben.〔・・・〕

もっとも女性における対象選択の条件は、認知されないまましばしば社会的条件によって制約されている。女性において選択が自由に行われる場では、しばしば彼女がそうなりたい男性というナルシシズム的理想にしたがって対象選択がなされる。もし女性が父への結びつきに留まっているなら、つまりエディプスコンプレクスにあるなら、その女性の対象選択は父タイプに則る。

Die Bedingungen der Objektwahl des Weibes sind häufig genug durch soziale Verhältnisse unkenntlich gemacht. Wo sie sich frei zeigen darf, erfolgt sie oft nach dem narzißtischen Ideal des Mannes, der zu werden das Mädchen gewünscht hatte. Ist das Mädchen in der Vaterbindung, also im Ödipuskomplex, verblieben, so wählt es nach dem Vatertypus. (フロイト『新精神分析入門』第33講「女性性」1933年)


ーー《ナルシシズムあるいは自己愛[ »Narzißmus« oder Selbstliebe ]》(フロイト『自己を語る』1925年)




男性と女性とを比較してみると、対象選択の類型に関して両者のあいだに、必ずというわけではもちろんないが、いくつかの基本的な相違の生じてくることが分かる。愛着型[Anlehnungstypus]にのっとった完全な対象愛[volle Objektliebe]は、本来男性の特色をなすものである。このような対象愛は際立った性的過大評価をしているが、これはたぶん小児の原ナルシシズム[ursprünglichen Narzißmus] に由来し、したがって性対象への転移に対応するものであろう。

Die Vergleichung von Mann und Weib zeigt dann, daß sich in deren Verhältnis zum Typus der Objektwahl fundamentale, wenn auch natürlich nicht regelmäßige, Unterschiede ergeben. Die volle Objektliebe nach dem Anlehnungstypus ist eigentlich für den Mann charakteristisch. Sie zeigt die auffällige Sexualüberschätzung, welche wohl dem ursprünglichen Narzißmus des Kindes entstammt und somit einer Übertragung desselben auf das Sexualobjekt entspricht.〔・・・〕


女性の場合にもっともよくみうけられ、おそらくもっとも純粋一で真正な類型と考えられるものにあっては、その発展のぐあいがこれとは異なっている。ここでは思春期になるにつれて、今まで潜伏していた女性の性器[latenten weiblichen Sexualorgane]が発達するために、原ナルシシズム[ursprünglichen Narzißmus ]の高まりが現われてくるように見えるが、この高まりは性的過大評価をともなう正規の対象愛を構成しがたいものにする。

Anders gestaltet sich die Entwicklung bei dem häufigsten, wahrscheinlich reinsten und echtesten Typus des Weibes. Hier scheint mit der Pubertätsentwicklung durch die Ausbildung der bis dahin latenten weiblichen Sexualorgane eine Steigerung des ursprünglichen Narzißmus aufzutreten, welche der Gestaltung einer ordentlichen, mit Sexualüberschätzung ausgestatteten Objektliebe ungünstig ist.


彼女が求めているものは愛することではなくて、愛されることであり、このような条件をみたしてくれる男性を彼女は受け入れるのである[Ihr Bedürfnis geht auch nicht dahin zu lieben, sondern geliebt zu werden, und sie lassen sich den Mann gefallen, welcher diese Bedingung erfüllt. ](フロイト『ナルシシズム入門』第2章、1914年)


人間は二つの根源的な性対象を持つ。すなわち、自分自身と世話をしてくれる女性である。この二つは、対象選択において最終的に支配的となるすべての人間における原ナルシシズムを前提にしている[der Mensch habe zwei ursprüngliche Sexualobjekte: sich selbst und das pflegende Weib, und setzen dabei den primären Narzißmus jedes Menschen voraus, der eventuell in seiner Objektwahl dominierend zum Ausdruck kommen kann. ](フロイト『ナルシシズム入門』第2章、1914年)

自我の発達は原ナルシシズムから距離をとることによって成り立ち、自我はこの原ナルシシズムを取り戻そうと精力的な試行錯誤を起こす[Die Entwicklung des Ichs besteht in einer Entfernung vom primären Narzißmus und erzeugt ein intensives Streben, diesen wiederzugewinnen.](フロイト『ナルシシズム入門』第3章、1914年)

人は出生とともに絶対的な自己充足をもつナルシシズムから、不安定な外界の知覚に進む[haben wir mit dem Geborenwerden den Schritt vom absolut selbstgenügsamen Narzißmus zur Wahrnehmung einer veränderlichen Außenwelt]  (フロイト『集団心理学と自我の分析』第11章、1921年)


冗談にも「愛は郷愁だ」と言う。 »Liebe ist Heimweh«, behauptet ein Scherzwort,


そして夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女性器、あるいは母胎であるとみなしてよい。und wenn der Träumer von einer Örtlichkeit oder Landschaft noch im Traume denkt: Das ist mir bekannt, da war ich schon einmal, so darf die Deutung dafür das Genitale oder den Leib der Mutter einsetzen.(フロイト『不気味なもの Das Unheimliche』第2章、1919年)



多くの学者が指摘しているが、西洋の究極の性のシンボル、ハートは、ヴァギナを表したものにほかならない。確かに生殖器が興奮し、自分の意志で陰唇が開いた状態にあるとき、ヴァギナの見える部分の輪郭は紛れもなくハートの形をしている。(キャサリン・ブラックリッジ『ヴァギナ 女性器の文化史 』)







なんでもおまんこ   谷川俊太郎

 

なんでもおまんこなんだよ

あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ

やれたらやりてえんだよ

おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな

すっぱだかの巨人だよ

でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな

空だって色っぽいよお

晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ

空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ

どうにかしてくれよ

そこに咲いてるその花とだってやりてえよ

形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ

花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ

あれだけ入れるんじゃねえよお

ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお

どこ行くと思う?

わかるはずねえだろそんなこと

蜂がうらやましいよお

ああたまんねえ

風が吹いてくるよお

風とはもうやってるも同然だよ

頼みもしないのにさわってくるんだ

そよそよそよそようまいんだよさわりかたが

女なんかめじゃねえよお

ああ毛が立っちゃう

どうしてくれるんだよお

おれのからだ

おれの気持ち

溶けてなくなっちゃいそうだよ

おれ地面掘るよ

土の匂いだよ

水もじゅくじゅく湧いてくるよ

おれに土かけてくれよお

草も葉っぱも虫もいっしょくたによお

でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ

笑っちゃうよ

おれ死にてえのかなあ