私の見るかぎり、ヒステリー症状には、どれも心身両面の関与が必要である。それはある身体器官の、正常ないし病因的現象によってなされるある種の「身体側からの反応 somatisches Entgegenkommen」がなければ、成立しない。
|
Soviel ich sehen kann, bedarf jedes hysterische Symptom des Beitrages von beiden Seiten. Es kann nicht zustande kommen ohne ein gewisses somatisches Entgegenkommen, welches von einem normalen oder krankhaften Vorgang in oder an einem Organe des Körpers geleistet wird.〔・・・〕
|
ここで(ドラの)咳や嗄れ声の発作に対して見出したさまざまな決定因を総括してみたい。地階には、有機体的な誘引としてのリアルな咳の条件があることが推定され、それは、真珠を形成する貝の周りの砂粒のようなものである。
|
Wir können nun den Versuch machen, die verschiedenen Determinierungen, die wir für die Anfälle von Husten und Heiserkeit gefunden haben, zusammenzustellen. Zuunterst in der Schichtung ist ein realer, organisch bedingter Hustenreiz anzunehmen, das Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet.
|
この刺激は固着しうるが、それはその刺激がある身体領域と関係するからであり、ドラの場合、その身体領域が性感帯としての意味をもっているからなのである。したがってこの領域は興奮したリビドーを表現するのに適している。咳はおそらく最初の心的外被である。
|
Dieser Reiz ist fixierbar, weil er eine Körperregion betrifft, welche die Bedeutung einer erogenen Zone bei dem Mädchen in hohem Grade bewahrt hat. Er ist also geeignet dazu, der erregten Libido Ausdruck zu geben. Er wird fixiert durch die wahrscheinlich erste psychische Umkleidung
|
(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片 Bruchstück einer Hysterie-Analyse(症例ドラ)』1905年)
|
ーー身体領域にかかわる固着とあるが、リビドーの固着つまり欲動の固着である。
|
幼児期のリビドーの固着[infantilen Fixierung der Libido]( フロイト『性理論三篇』1905年)
|
幼児期に固着された欲動[der Kindheit fixierten Trieben]( フロイト『性理論三篇』1905年)
|
この固着がリアルな症状としての「真珠を形成する貝の周りの砂粒」であり、外的に現れるヒステリー症状は心的外被[psychische Umkleidung]ということになる。
後年のフロイトの思考の下では、ヒステリーに限らずすべての症状は、「身体/心」の二重構造になっており、これが「砂粒/真珠」、「固着/外被」である。
1912年にも同じ真珠と砂粒の比喩を使って次のようにある。
|
現勢神経症は精神神経症に、必要不可欠な「身体側からの反応」を提供する。
現勢神経症は刺激性の素材を提供するのである。そしてその素材は、心的に選択された外被」を与えられる。従って一般的に言えば、精神神経症の症状の核ーー真珠の核にある砂粒ーーは身体-性的な発露から成り立っている。
|
Aktualneurosen…das somatische Entgegenkommen für die Psychoneurosen leisten. das Erregungsmaterial liefern, welches dann psj'chisch ausgewählt und umkleidet wird, so dass, allgemein gesprochen, der Kern des psychoneurotischen Symptoms — das Sandkorn im Zentrum der Perle — von einer somatischen Sexualäusserung gebildet wird.
|
(フロイト『自慰論』Zur Onanie-Diskussion、1912年)
|
すなわち「現勢神経症/精神神経症」が「身体側からの反応/心的外被」である。
もうひとつ1926年にはこうある。
|
おそらく最初期の抑圧(原抑圧)が、現勢神経症の病理を為す[die wahrscheinlich frühesten Verdrängungen, …in der Ätiologie der Aktualneurosen verwirklicht ist, ]〔・・・〕
精神神経症は、現勢神経症を基盤としてとくに容易に発達する[daß sich auf dem Boden dieser Aktualneurosen besonders leicht Psychoneurosen entwickeln](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)
|
つまり「現勢神経症/精神神経症」とは「原抑圧/後期抑圧」の症状である。
|
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen (Nachverdrängung) sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)
|
そして抑圧の第一段階としての原抑圧は固着である。
|
抑圧の第一段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕
この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する[Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege]
(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー )第3章、1911年)
|
抑圧論文からも確認しよう。
|
われわれには原抑圧[Urverdrängung]、つまり、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。それは欲動の心的(表象-)代理 [psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes] が意識的なものへの受け入れを拒まれるという事実から成り、これにより固着[Fixerung]がもたらされる。問題となっているこの代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束される。
Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; die betreffende Repräsentanz bleibt von da an unveränderlich bestehen und der Trieb an sie gebunden.〔・・・〕
欲動代理[Triebrepräsentanz]は抑圧により意識の影響をまぬがれると、よりいっそう自由に豊かに展開する。それはいわば暗闇に蔓延り、極端な表現形式を見いだし、異者[fremd]のようなものとして現れる。
die Triebrepräsentanz sich ungestörter und reichhaltiger entwickelt, wenn sie durch die Verdrängung dem bewußten Einfluß entzogen ist. Sie wuchert dann sozusagen im Dunkeln und findet extreme Ausdrucksformen, […] fremd erscheinen müssen (フロイト『抑圧』1915年)
|
固着に伴った暗闇に蔓延る異者とあるが、この異者こそエスの欲動=トラウマ=固着である。
|
エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる[Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen ](フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)
|
トラウマないしはトラウマの記憶は、異者としての身体 [Fremdkörper] のように作用し、体内への侵入から長時間たった後も、現在的に作用する因子としての効果を持つ[das psychische Trauma, resp. die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt, welcher noch lange Zeit nach seinem Eindringen als gegenwärtig wirkendes Agens gelten muss](フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年)
|
トラウマの記憶を伴った潜在意識と結びついた概念の固着[la fixation de cette conception dans une association subconsciente avec le souvenir du trauma]
(Freud S. Etude comparative des paralysies motrices organiques et hystériques. 1893)
|
つまり固着としての現勢神経症はトラウマの病いであり、精神神経症はその心的外被である。
冒頭に掲げた「神経症はトラウマの病い」とはこういった内実がある。
フロイトは次のようにも言った。
|
すべての症状形成は、不安を避けるためのものである[alle Symptombildung nur unternommen werden, um der Angst zu entgehen](フロイト 『制止、不安、症状』第9章、1926年)
|
この不安自体、トラウマである。
|
不安はトラウマにおける寄る辺なさへの原初の反応である[Die Angst ist die ursprüngliche Reaktion auf die Hilflosigkeit im Trauma]。(フロイト『制止、症状、不安』第11章B、1926年)
|
つまりすべての症状はトラウマを避けるためにある。だがフロイト臨床の下では、このトラウマは回帰することをやめない。
|
結局、成人したからといって、原トラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない[Gegen die Wiederkehr der ursprünglichen traumatischen Angstsituation bietet endlich auch das Erwachsensein keinen zureichenden Schutz](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年)
|
現代ラカン派では現実界の症状サントームはトラウマの反復、あるいは固着の反復と定式化されている(フロイト・ラカンにおいて反復は回帰と同義)。
|
サントームは現実界であり、かつ現実界の反復である[Le sinthome, c'est le réel et sa répétition](J.-A. MILLER, L'Être et l'Un - 9/2/2011)
|
サントームは現実界、無意識の現実界に関係する[(Le) sinthome, …ce qu'il a à faire avec le Réel, avec le Réel de l'Inconscient] (Lacan, S23, 17 Février 1976)
|
問題となっている現実界は、一般的にトラウマと呼ばれるものの価値をもっている[le Réel en question, a la valeur de ce qu'on appelle généralement un traumatisme.] (Lacan, S23, 13 Avril 1976)
|
|
サントームは固着の反復である。サントームは反復プラス固着である[le sinthome c'est la répétition d'une fixation, c'est même la répétition + la fixation]. (Alexandre Stevens, Fixation et Répétition ― NLS argument, 2021/06)
|
現実界は、同化不能の形式、トラウマの形式にて現れる[le réel se soit présenté sous la forme de ce qu'il y a en lui d'inassimilable, sous la forme du trauma](ラカン、S11、12 Février 1964)
|
固着は、言説の法に同化不能のものである[fixations …qui ont été inassimilables …à la loi du discours](Lacan, S1 07 Juillet 1954)
|
したがってサントームは事実上、フロイトの現勢神経症である。
|
|