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ここで、さきに保留したあの不成功に終った最初の密会のことをお話しして、私の人生の「アナベル期」をしめくくることにしよう。ある晩、彼女は、両親の意地の悪い警戒の目をごまかして家を抜け出した。二人は別荘の裏手の、鋭い細長い葉をつけたミモザの茂みのなかの崩れ残った低い石垣に腰をおろした。そこから、暗闇と、しなやかな木立とを通して、明りのついた窓のアラベスク模様が見えた。それが、いまとなっては、うつろいやすい記憶の色インクにいろどられて、トランプのカードのように目にうかぶーーたぶん、あのとき私たちの敵がブリッジに夢中になっていたせいだろう。私が薄くひらかれた彼女の唇の端と熱い耳たぶに接吻したとき、彼女の体はふるえ、ひきつった。頭上の細長い葉の影絵のあいだから、星の群団が青白い光をのぞかせていた。蠢動する空は、 かるい室内着の下の彼女の肢体と同様、透きとおって見えた。そして、その空のなかに、彼女の顔が、 それ自体かすかな光を放つかのように、妙にはっきりと浮んでいた。彼女の脚、かわいらしいぴちぴちした脚は、あまりかたくはとじられず、私の手が求めていたものをさぐりあてると、よろこびと苦痛の相半ばした、夢みるような、おびえたような表情が、あどけない顔をかすめた。彼女は私よりもやや高い位置に腰をおろし、一方的な恍惚状態におそわれて私に接吻したくなると、彼女の頭は、まるで悲しみに耐えられなくなったように、弱々しく、けだるそうに私にしなだれかかり、あらわな膝は、私の手首をとらえて、しめつけては、またゆるめた。そして、何か神秘的な薬の苦さにゆがんで小刻みにふるえる唇が、かすれた音をたてて息を吸いこみながら、私の顔に近づいた。彼女は最初、愛の苦痛をやわらげようとするかのように、かわい唇、あらあらしく私の唇にこすりつけたが、やがて顔をはなし、神経質に髪の毛をうしろへはらってから、またそっと顔をよせて、かるくひらいた唇を私に吸わせた。一方、私は、心も首も内臓もすべてを惜しみなく彼女にあたえたい一心から、彼女のぎごちない手に私の情熱の笏を握らせた。 |
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私はそのとき何か白粉の匂いのようなものがにおったことを憶えているーーおそらく彼女はスペイン人の女中の化粧品を盗んで使っていたのだろう――甘ったるい、安っぽい、麝香に似た香りだった。それが彼女自身のビスケットのような体臭とまじりあい、私の官能は突如として飽和点に達した。だが、そのときとつぜんすぐそばの藪のなかで起ったざわめきが、かろうじて官能の爆発を妨げた。二人がさっとはなれて、痛いほど胸をどきどきさせながら、どうやら野良猫とおぼしき気配に聞き耳を立てていると、気ちがいじみた甲高い調子で彼女を呼ぶ声がきこえた。そのうえ、クーパー博士が、のっそりとびっこをひきながら庭へ出てきた。しかし、あのミモザの、薄もやのような星明り、心のうずき、情熱の炎、甘い露、そしてあの痛みは、いつまでも私の心に残り、それ以来私は、海岸線のようにまっすぐにのびた四肢と熱い舌をもつあの少女にとりつかれてしまったーーようやく二十四年後に彼女をもう一人の彼女に化身させることによって、その呪縛からのがれることができたのだ。(ナボコフ『ロリータ』) |
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ここで私は、つぎのような考えを披露したいと思う。それは、少女は九歳から十四歳までのあいだに、自分より何倍も年上のある種の魅せられた旅人に対して、人間らしからぬ、ニンフのような(つまり悪魔的な)本性をあらわすことがあるという考えだ。この選ばれたものたちを「ニンフェット」と呼ぶことにしよう。 お気づきだろうが、私は時間を示す言葉を空間を示す言葉の代りに用いているのだ。じつのところ、私はみなさんに、「九歳」と「十四歳」を、私のいうニンフェットたちの出没する霧のかかった広大な海にかこまれた鏡のようになめらかな渚とバラ色の岩からなる魔法の島の境界線とみなしていただきたいのだ。しかし、この年齢制限内の少女はすべてニンフェットなのだろうか? むろん、そうではない。もしそうなら、その内情を熟知するわれら孤独な航海者たち、われら悪魔に魅いられたものたちは、とうに気が狂っているだろう。美貌などというものは全然その規準にはならないし、下品というか、すくなくとも一定の社会でそう呼ばれるものも、かならずしもニンフェットの神秘的な特性を傷つけるものではない。この世ならぬ優美さや、とらえどころなく不実で、心を千々に乱れさせる陰険な魅力といった特性こそ、ニンフェットと同年代の少女たちとをーーロリータが同類たちと戯れる恍惚の時間のなかのあの無形の島よりも、現象的時間内の空間的世界のほうに属する少女たちとを区別する相違点なのだ。同じこの年齢制限内において、一時的に不器量だったり、大いに器量よしだったり、「かわい」かったり、さらには「愛くるしい」ほどだったり、「魅力的」だったりするような、ぽっちゃりとして、まだ体の線の整わない、冷たい肌の、ありふれた、いかにも人間くさい少女たちとくらべると、本物のニンフェットの数は、はるかにすくない。 |
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もっとも、健康な胃袋をもち、髪をおさげにした、ありふれた少女たちも、成人してすばらしい美人にならないとはかぎらないが、(黒靴下と白い帽子の、みっともない太っちょが、目のさめるような銀幕の大スターに変身する例もあることだから)、普通の男が女学生かガールスカウトの一団の写真を見せられ、もっともきれいな娘を選べといわれたら、彼はかならずしもそのなかからニンフェットを選びはしないだろう。 健全な子供たちのなかに、それと知られず、自分でもその魔力に気づかずにまぎれこんだ命取りの小悪魔を、言いあらわしようのない徴候ーーかすかに猫を思わせる頬骨の輪郭、うぶ毛のはえた四肢のたおやかさ、絶望と羞恥と感傷の涙のためにこれ以上並べたてることのできないその他もろもろの徴候によって、即座に見分けるためには、芸術家で、狂人で、無限の憂愁にとりつかれ、下腹部に熱い毒薬が煮えたぎり、鋭敏な背骨に激しい官能の炎が絶えまなく燃えさかるような人間でなければならないのだ。 |
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しかも、この問題では時間の観念が非常に魔力的な役割を果し、男がニンフェットの呪縛を受けるには、少女と男とのあいだに、数年、私に言わせれば最低十年、 一般的には三十年から四十年の年齢のひらきが必要で、少数だが九十年もちがう例が知られているが、これとて、べつに驚くにはあたらない。これは焦点の調節の問題であり、内面の目がおののきつつ越えるべき距離の問題であり、心が倒錯した歓喜にあえぎながら感じとるある対照の問題なのだ。私もアナベルも共に子供だったころ、彼女は私にとってニンフェットではなかった。私は彼女と同等で、私自身、同じあの時の魅惑の島で小さなパーン(牧畜の神)になることができた。しかし、あれから二十九年の歳月が流れて一九五二年九月となったいま、私は、私の生涯で最初の宿命的な小妖精を彼女のなかにまざまざと見る思いがする。私たちは、おとなの一生をもしばしば破滅におとしいれるほどの烈しさをもった早熟な愛に駆られて愛し合った。強い少年だった私は生き残った。だが、毒は傷のなかに残り、傷口はいつまでも癒えることがないまま、やがて気がついてみると私は、二十五歳の男が十六歳の娘に求愛することは許されても、十二歳の少女にそうすることは許されない文明社会のなかでおとなになっていた。 |
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とすれば、ヨーロッパで暮したころの私のおとなの生活が奇形的な二重生活であったとしても、べつに驚くにはあたらないだろう。表面的には、胸にカボチャか梨の実をぶらさげた数多くの現世的な女たちと、いわゆる正常な交際をつづけた。しかし、内面的には、法律に従順な臆病者の私にはとても近づく勇気のない通りすがりのニンフェットたちに対してだけ感じる欲情の劫火に身を焼きつづけた。私が交合を許された人間くさい女たちは、単に鎮静剤的な存在にすぎなかった。私にしても、自分が普通の情事からうける感動は、正常な成熟した異性と交わる正常な成熟した男性が、世界を震撼させるあのきまりきったリズムのさなかで経験するそれと大差ないものだと信じたくないわけではない。しかし問題は、彼ら、まともな紳士たちが、はるかに強烈な悦楽をかいま見たことがないのに、私はそれを見てしまったことだ。私の見る不浄な夢のなかのもっともあいまいなものでさえ、天才作家の雄渾なペンで描かれた、あるいは最も想像力にとんだインポテンツの男が想像する、あらゆる姦通の情景よりも、何千倍も眩惑的だった。私の世界は分裂した。私は一つの異性ではなく二つの異性を意識した。 解剖学者によれば、そのいずれもが女性と名づけられるだろう。しかし私から見ればーー私の感覚のプリズムをとおして見ればーーその二つは雲と泥ほどもちがうのだ。いまの私なら、こんなことはすべて理論的に説明できる。二十代から三十代の初期まで、私は自分の苦悩を、そうはっきりとは理解しなかった。私の肉体は自分の渇望するものを知っていたが、私の心は肉体のあらゆる欲求をはねつけた。私は、あるときは恥じ、恐れおののき、あるときは、やたらと楽天的になった。社会的な禁制が私の首をしめつけた。精神分析医は、擬似リビドーの擬似的解放とやらを、しきりと私にすすめた。私にとって色情の戦慄感をおぼえる唯一の対象がアナベルの姉妹やその侍女たちだという事実が、狂気の前兆のように思えるときもあった。しかし、すぐまた考えなおして、すべては考え方の問題であり、少女に狂おしいほど心を惹かれるからとて、実際には何の不都合もないのだと自分自身に言いきかせた。〔・・・〕 |
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一隻の難破船。溺死した乗客の子がひとりふるえているサンゴ礁の島。お嬢ちゃん、これはね、ただの遊びなんだよ! 公園のかたいベンチに腰かけて、ふるえながら手にした本を読むふりをしながら夢想するかずかずの冒険は、なんとすばらしかったろう。もの静かな学者のまわりで、ニンフェットたちは、のびのびと遊んでいた。あたかも彼が見なれた銅像か老木の影の一部ででもあるかのように。あるとき格子縞のドレスを着た非のうちどころのない美少女が、ローラースケートをつけた片脚を私の腰かけたベンチに乱暴に音をたててぶっつけ、むき出しのほっそりした腕を私の目のまえに突き出すようにしてスケートの紐を結びなおした。彼女の赤褐色の毛が、すりむけた膝におおいかぶさり、私をつつんだ木の葉の影が、こまかにふるえて、カメレオンのように色の変る私の頬のすぐそばの彼女のまばゆい手足の上でかげるのを見たとき、私は手にした本を無果花の葉のように使いながら、公衆の目のまえで陶然と酔いしれた。また、地下鉄のなかで赤毛の女学生が私のまえの吊革にぶらさがったとき、はからずもあらわに見えた腋の下の朽葉色のものが、それから数週間、私の血を騒がせたこともある。このようなはかない片恋物語を、私は無数にあげることができる。そのなかのいくつかは、じつにむざんな結果に終った。たとえば、ある晩私がバルコニーから通りの向い側の家の明りのついた窓になにげなく目をやったとき、鏡台のまえで着たものを脱ぐニンフェットらしい姿が見えた。思いがけなかったのと、かなり距離がへだたっていたことで、その幻影は、とくにはげしく私を魅惑し、たちまち私は早合点して、ひとり悦に入った。しかし私が恋い慕ったそのしなやかな裸体の影絵は、むざんにも、開け放した窓べで新聞を読む下着姿の男の、明りに照らされたむくつけき腕に、とつぜん変容した。 どうしょうもなくむし暑い夏の夜のことだった。 |
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縄飛び、石蹴り遊び。ちょうど私がベンチに腰をおろして歓喜の拷問台に乗った瞬間――というのは、そのとき一人のニンフェットが、見うしなった石をさがして私のベンチの下を手さぐっていたのだ。だしぬけに、お腹が痛くなって、と声をかけてきたあの黒服を着た老婆。無礼千万なばばあめ。ああ、この思春期の公園のなかに、この苔むした公園のなかに、私をそっと一人にしておいてほしい。彼女たちを永遠にぼくのまわりで遊ばせておいてほしい。彼女たちを絶対におとなにしないでほしい。(ナボコフ『ロリータ』) |
……………
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ある年齢に達してからは、われわれの愛やわれわれの愛人は、われわれの苦悩から生みだされるのであり、われわれの過去と、その過去が刻印された肉体の傷とが、われわれの未来を決定づける。Or à partir d'un certain âge nos amours, nos maîtresses sont filles de notre angoisse ; notre passé, et les lésions physiques où il s'est inscrit, déterminent notre avenir. (プルースト「逃げ去る女」) |
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きょう私が目にしてきた人たちのすべてを、そしてジルベルト自身をも、変えてしまった歳月の作用は、いま生きのこっている少女たちのすべてを、アルベルチーヌが死んでしまっていなかったら彼女をもふくめて、私の思出とはあまりにもちがった女たちにしてしまったことは確実だった。私は自分ひとりで元の彼女らに到達しなくてはならない苦しみを感じた、なぜなら、人間たちを変化させる時も、われわれが記憶にとどめている彼らのイマージュを変更することはない。人間の変質と記憶の固着とのあいだの対立[opposition entre l'altération des êtres et la fixité du souvenir]ほど痛ましいものはない。そんな対立に気づくとき、われわれは否応なく納得させられるのだ、記憶のなかにあれほどの新鮮さを残してきたひとが、実生活ではもはやそれをもちこたえることができないのを、そしてわれわれの内部であのように美しく見えるひと、もう一度会いたいというそれも非常に個人的な欲望をわれわれのなかにそそりたてるひと、そういうひとに外部に近づくことができるには、いまそれとおなじ年齢のひと、すなわち別人のなかに、そのひとを求めるよりほかはないのを。(プルースト「見出された時」) |
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私たちはからみあって組みうちをするのだった。私は彼女をひきよせようとし、彼女はしきりに抵抗する。奮闘のために燃えた彼女の頬は、さくらんぼうのように赤くてまるかった。彼女は私がくすぐったかのように笑いつづけ、私は若木をよじのぼろうとするように、彼女を両脚のあいだにしめつけるのであった、そして、自分がやっている体操のさなかに、筋肉の運動と遊戯の熱度とで息ぎれが高まったと思うまもなく、奮闘のために流れおちる汗のしずくのように、私は快楽をもらした、私にはその快楽の味をゆっくり知ろうとするひまもなかった、たちまち私は手紙をうばった。するとジルベルトはきげんよくいった、 「ねえ、よかったら、もうしばらく組みうちをしてもいいのよ。」Vous savez, si vous voulez, nous pouvons lutter encore un peu. おそらく彼女は私の遊戯には私がうちあけた目的以外にべつの目的があるのをおぼろげながら感じたのであろう、しかし私がその目的を達したことには気がつかなかったであろう。そして、その目的を達したのを彼女に気づかれることをおそれた私は(すぐあとで、彼女が侮辱されたはずかしさをこらえて、からだをぐっと縮めるような恰好をしたので、私は自分のおそれがまちがっていなかったのをたしかめることができた)、目的を達したあとの休息を静かに彼女のそばでとりたかったのだが、そんな目的こそほんとうの目的であったととられないために、なおしばらく組うちをつづけることを承諾した。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」 ) |
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私はジルベルトが雪のなかをシャンゼリゼにやって来ることを考えた。あのひと、私の生涯での大きな愛、彼女がいなかったら愛をけっして知らなかっただろう(あるいはもうひとつ別の大きな愛。というのは生涯に少なくとも二つの大きな愛があったから)。あのベナルダキ嬢は、現在、ーーしかしなんと長いあいだ彼女と会っていないことだろうーーラジウィッチ王女となっている。 j'ai pensé pour l'arrivée de Gilberte aux Champs-Élysées par la neige, à une personne qui a été le grand amour de ma vie sans qu'elle l'ait jamais su (ou l'atre grand amour de ma vie car il y en a au moins deux) Mlle Benardaky, aujourd'hui (mais je ne l'ai pas vue depuis combien d'années) Princesse Radziwill. (プルースト Jacques de Lacretelle 宛、Paris, 20 avril 1918) |
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私がジルベルトに恋をして、われわれの恋はその恋をかきたてる相手の人間に属するものではないことを最初に知って味わったあの苦しみ[cette souffrance, que j'avais connue d'abord avec Gilberte, que notre amour n'appartienne pas à l'être qui l'inspire](プルースト「見出された時」) |
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そのようにして、アルベルチーヌへの私の愛は、それがどのような差異を見せようとも、ジルベルトへの私の愛のなかにすでに書きこまれていた……[Ainsi mon amour pour Albertine, et tel qu'il en différa, était déjà inscrit dans mon amour pour Gilberte ...](プルースト「見出された時」) |
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愛する理由は、人が愛する対象のなかにはけっしてない[les raisons d'aimer ne résident jamais dans celui qu'on aime](ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』第2版、1970年) |