2020年6月19日金曜日

原抑圧という排除(固着)=異物の反復強迫

以下、「異者文献」ヴァリエーションである。


われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧Verdrängungenは、後期抑圧 Nachdrängen の場合である。それは早期に起こった原抑圧 Urverdrängungen を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力 anziehenden Einfluß をあたえる。(フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)
症状形成の全ての現象は、「抑圧されたものの回帰」として正しく記しうる。Alle Phänomene der Symptombildung können mit gutem Recht als »Wiederkehr des Verdrängten« beschrieben werden. ((フロイト『モーセと一神教』1939)

「抑圧」は三つの段階に分けられる。

①第一の段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている「固着」である。(…)この欲動の固着Fixierungen der Triebe は、以後に継起する病いの基盤を構成する。
②「正式の抑圧 eigentliche Verdrängung」の段階は、ーーこの段階は、精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているがーー実際のところ後期 Nachdrängenの抑圧ある。(… )原初に抑圧された欲動 primär verdrängten Triebe がこの二段階目の抑圧に貢献する。
③第三段階は、病理現象として最も重要であり、抑圧の失敗 Mißlingens der Verdrängung、侵入 Durchbruchs、抑圧されたものの回帰 Wiederkehr des Verdrängten である。この侵入Durchbruchとは「固着点 Stelle der Fixierung」から始まる。そしてその点へのリビドー的展開の退行Regression der Libidoentwicklungを意味する。(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )1911年、摘要)


われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり心的(表象的-)欲動代理psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一相を仮定する根拠がある。これと同時に固着 Fixerung が行われる。(……)

欲動代理 Triebrepräsentanz は(原)抑圧により意識の影響をまぬがれると、それはもっと自由に豊かに発展する。それはいわば暗闇に蔓延り wuchert dann sozusagen im Dunkeln 、極端な表現形式を見つけ、もしそれを翻訳して神経症者に指摘してやると、患者にとって異者fremd のようなものに思われるばかりか、異常で危険な欲動の強さTriebstärkeという装い Vorspiegelung によって患者をおびやかすのである。(フロイト『抑圧』Die Verdrangung、1915年)
忘却されたもの Vergessene は消滅 ausgelöscht されず、ただ「抑圧 verdrängt」されるだけである。その記憶痕跡 Erinnerungsspuren は、全き新鮮さのままで現存するが、対抗備給 Gegenbesetzungen により分離されているのである。…それは無意識的であり、意識にはアクセス不能である。抑圧されたものの或る部分は、対抗過程をすり抜け、記憶にアクセス可能なものもある。だがそうであっても、異物 Fremdkörperのように分離 isoliert されいる。(フロイト『モーセと一神教』1938年)

ーー《異者とは、厳密にフロイトの意味での不気味なものである。…étrange au sens proprement freudien : unheimlich》 (Lacan, S22, 19 Novembre 1974)

自我にとって、エスの欲動蠢動 Triebregung des Esは、いわば治外法権 Exterritorialität にある。…われわれはエスの欲動蠢動を、異物ーーたえず刺激や反応現象を起こしている異物としての症状 das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen ーーと呼んでいる。…異物とは内界にある自我の異郷部分 ichfremde Stück der Innenweltである。(フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)
心的無意識のうちには、欲動蠢動 Triebregungen から生ずる反復強迫Wiederholungszwanges の支配が認められる。これはおそらく欲動の性質にとって生得的な、快原理を超越 über das Lustprinzip するほど強いものであり、心的生活の或る相にデモーニッシュな性格を与える。この内的反復強迫 inneren Wiederholungszwang を想起させるあらゆるものこそ、不気味なもの unheimlich として感知される。(フロイト『不気味なもの』1919年)



後期ラカンの鍵
私は昨年言ったことを繰り返そう、フロイトの『制止、症状、不安』は、後期ラカンの教えの鍵 la clef du dernier enseignement de Lacan である。(J.-A. MILLER, Le Partenaire Symptôme - 19/11/97)
フロイトにとって症状は反復強迫 compulsion de répétition に結びついたこの「止まないもの qui ne cesse pas」である。『制止、症状、不安』の第10章にて、フロイトは指摘している。症状は固着を意味し、固着する要素は、無意識のエスの反復強迫に見出されると。
フロイトはこの論文で、症状を記述するとき、欲動要求の絶え間なさを常に示している。欲動は「行使されることを止めないもの ne cesse pas de s'exercer」である. (J.-A. MILLER, L'Autre qui  n'existe pas  et ses comités d'éthique - 26/2/97)
われわれは、『制止、症状、不安』の究極の章である第10章を読まなければならない。…そこには欲動が囚われる反復強迫 Wiederholungszwang の作用、その自動反復 automatisme de répétition (Automatismus) の記述がある。

そして『制止、症状、不安』11章「補足 Addendum B 」には、本源的な文 phrase essentielle がある。フロイトはこう書いている。《欲動要求はリアルな何ものかである Triebanspruch etwas Reales ist(exigence pulsionnelle est quelque chose de réel)》。(J.-A. MILLER, L'Être et l 'Un,  - 2/2/2011)
欲動蠢動 Triebregungは「自動反復 Automatismus」を辿る、ーー私はこれを「反復強迫 Wiederholungszwanges」と呼ぶのを好むーー、⋯⋯そして固着する契機 Das fixierende Moment は、無意識のエスの反復強迫 Wiederholungszwang des unbewußten Es である。(フロイト『制止、症状、不安』第10章、1926年)



原抑圧=排除=固着=現実界のなかに女を置き残すこと=S(Ⱥ)
私は、フロイトのテキストを拡大し、「性関係はないものとしての原抑圧の名[le nom du refoulement primordial comme Il n'y a pas de rapport sexuel」を強調しよう。…話す存在 l'être parlant にとっての固有の病い、この病いは排除と呼ばれる[cette maladie s'appelle la forclusion]。女というものの排除 la forclusion de la femme、これが「性関係はない 」の意味である。(J.-A. MILLER, - Choses de finesse en psychanalyse III, 26 novembre 2008)
フロイトの原抑圧とは何よりもまず固着である。…この固着とは、身体的なものが心的なものの領野外に置き残されるということである。…原抑圧はS(Ⱥ) に関わる [Primary repression concerns S(Ⱥ)]。…この固着としての原抑圧は「現実界のなかに女というものを置き残すこと」として理解されうる。[Primary repression can […]be understood as the leaving behind of The Woman in the Real.  ](ポール・バーハウ PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST?, 1997)

S(Ⱥ)=サントームΣ=ひとりの女=異者
シグマΣ、サントームのシグマΣは、シグマとしてのS(Ⱥ) と記される。c'est sigma, le sigma du sinthome, […] que écrire grand S de grand A barré comme sigma (J.-A. Miller, LE LIEU ET LE LIEN, 6 juin 2001)
ひとりの女はサントームである une femme est un sinthome (ラカン、S23, 17 Février 1976)
フロイトは愛の狂気に陥ってしまうこと対して用心深かった。そう、ひとりの女と呼ばれるものに対して。言っておかねばならない。ひとりの女は不気味なものである。ひとりの女は異者である。 parce qu'il avait pris la précaution d'être fou d'amour pour ce qu'on appelle une femme, il faut le dire, c'est une bizarrerie, c'est une étrangeté.  (Lacan, S25, 11  Avril  1978)


原抑圧という排除
原抑圧の外立 l'ex-sistence de l'Urverdrängt (Lacan, S22, 08 Avril 1975)
「享楽の排除」、あるいは「享楽の外立」。それは同じ意味である。terme de forclusion de la jouissance, ou d'ex-sistence de la jouissance. C'est le même. (J.-A. MILLER, - L'Être et l 'Un - 25/05/2011)
享楽は外立する la jouissance ex-siste (Lacan, S22, 17 Décembre 1974)

私が排除 forclusion について、その象徴的関係の或る効果を正しく示すなら、…象徴界において抑圧されたもの全ては現実界のなかに再び現れる。というのは、まさに享楽は全き現実界的なものだから。

Si j'ai parlé de forclusion à juste titre pour désigner certains effets de la relation symbolique,… tout ce qui est refoulé dans le symbolique reparaît dans le réel, c'est bien en ça que la jouissance est tout à fait réelle. (ラカン、S16, 14 Mai 1969)
享楽は現実界にある [la jouissance c'est du Réel]。(ラカン、S23, 10 Février 1976)

排除のあるところには、現実界の応答がある。Là où il y a forclusion, il y a réponse du réel   (J.-A. Miller, Ce qui fait insigne,  3 JUIN 1987)
外立の現実界がある il a le Réel de l'ex-sistence (Lacan, S22, 11 Février 1975)
現実界は書かれることを止めない。 le Réel ne cesse pas de s'écrire (Lacan, S 25, 10 Janvier 1978)



原抑圧されている女というもの
本源的に抑圧されている要素は、常に女性的なものではないかと思われるれる。Die Vermutung geht dahin, daß das eigentlich verdrängte Element stets das Weibliche ist (フロイト,フリース宛書簡 Brief an Wilhelm Fließ, 25, mai, 1897)
女というものは、その本質において、女にとっても抑圧されている。男にとって女が抑圧されているのと同じように。[La Femme dans son essence,  …elle est tout aussi refoulée pour la femme que pour l'homme]

なによりもまず、女の表象代理は喪われている。人はそれが何かわからない。それが「女というものである。[- d'abord en ceci que le représentant de sa représentation est perdu, on ne sait pas ce que c'est que La Femme](ラカン, S16, 12 Mars 1969)
表象代理は二項シニフィアンである。この表象代理は、原抑圧の中核を構成する。フロイトは、これを他のすべての抑圧が可能となる引力の核とした。
Le Vorstellungsrepräsentanz, c'est ce signifiant binaire. […] il à constituer le point central de l'Urverdrängung,… comme FREUD l'indique dans sa théorie …le point d'Anziehung, le point d'attrait, par où seront possibles tous les autres refoulements (ラカン、S11、03 Juin 1964)