2021年10月15日金曜日

重層的決定[ Überdeterminierung]と夢の臍[Nabel des Traums]

 

フロイトに重層的決定[ Überdeterminierung]という概念がある。この概念は、アルチュセールがマルクスの資本論を語るなかで使ったことにより(「重層的決定」surdétermination、あるいは「構造的因果性」causalité structurale)、むしろ知られるようになったが、もともとフロイト用語である。

フロイトはこの概念を例えば次のように使っている。

われわれは夢内容の重層的決定の探究[Untersuchung der Überdeterminierung des Trauminhalts ]をしなければならない。(フロイト『夢解釈』第6章、1900年)

置換、圧縮と重層的決定の契機は夢形成において相互作用がある[die Momente der Verschiebung, Verdichtung und Überdeterminierung bei der Traumbildung ineinanderspielen] (フロイト『夢解釈』第6章、1900年)



これは底部に夢の起源となる何ものかがあって、その何ものかの「圧縮と置換」を通して夢内容が重層的に決定されるということであり、フロイトはその何ものかを夢の臍[Nabel des Traums]と呼んだ。


どんなにうまく解釈しおおせた夢にあっても、ある箇所は暗闇のなかに置き残す[im Dunkel lassen]ことを余儀なくさせられることがしばしばある。それは、その箇所にはどうしても解けない夢思想の結び玉 [Knäuel von Traumgedanken]があって、しかもその結び玉は、夢内容 [Trauminhalt ]になんらそれ以上の寄与をしていないということが分析にさいして判明するからである。これはつまり夢の臍[Nabel des Traums]、夢が未知なるもののうえにそこに坐りこんでいるところの、その場所なのである。解読においてわれわれがつき当る夢思想は、一般的にいうと未完結なままにしておく他ないのである。そしてそれは四方八方に向って、われわれの観念世界の網の目のごとき迷宮[netzartige Verstrickung unserer Gedankenwel]に通じている。この編物のいっそう目の詰んだ箇所から夢の願望 [Traumgedanken]が、ちょうど菌類の菌糸体[mycelium]から菌が頭を出しているように頭を擡げているのである。(フロイト『夢解釈』第7章、1900年)



ラカンはこの夢の臍を「穴」と呼んだが、ラカンにおいて穴とはトラウマのことである。ーー《現実界は穴=トラウマを為す[le Réel  fait « troumatisme ».]》(ラカン、S21、19 Février 1974)


欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する[il y a un réel pulsionnel …je réduis à la fonction du trou].〔・・・〕

原抑圧との関係、原起源にかかわる問い。私は信じている、フロイトの「夢の臍」を文字通り取らなければならない。それは穴である。それは分析の限界に位置する何ものかである。…臍は聖痕である。

La relation de cet Urverdrängt, de ce refoulé originel, puisqu'on a posé une question concernant l'origine tout à l'heure, je crois que c'est ça à quoi Freud revient à propos de ce qui a été traduit très littéralement par ombilic du rêve. C'est un trou, c'est quelque chose qui est à la limite de l'analyse. …l'ombilic est un stigmate.(Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter, Strasbourg le 26 janvier 1975)



原抑圧とはフロイトの定義において何よりもまず固着である。


抑圧の第一段階ーー原抑圧された欲動ーーは、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, (primär verdrängten Triebe) dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]。(フロイト『症例シュレーバー 』1911年、摘要)

固着に伴い原抑圧がなされ、暗闇に異者が蔓延る[Urverdrängung…Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; …wuchert dann sozusagen im Dunkeln, fremd erscheinen müssen](フロイト『抑圧』1915年、摘要)




ラカンは既にセミネールⅩの段階で、固着の穴(対象a)を語っており、これが夢の臍=穴だということになる。


対象aはリビドーの固着点に現れる[petit(a) …apparaît que les points de fixation de la libido ](Lacan, S10, 26 Juin 1963)

対象aは穴である。l'objet(a), c'est le trou (ラカン、S16, 27 Novembre 1968)



そしてこの固着の穴としての対象aが異者(異者としての身体)であり、トラウマである。


異者としての身体…問題となっている対象aは、まったき異者である。[corps étranger,…le (a) dont il s'agit,… absolument étranger] (Lacan, S10, 30 Janvier 1963)


ーー《トラウマないしはトラウマの記憶は、異物 (異者としての身体[Fremdkörper] )のように作用する[das psychische Trauma, respektive die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt]》(フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年)


この異者の別名は固着の残滓である。


享楽は、残滓 (а)  を通している[la jouissance…par ce reste : (а)]  (ラカン, S10, 13 Mars 1963)

フロイトの異者は、残存物、小さな残滓である。L'étrange, c'est que FREUD…c'est-à-dire le déchet, le petit reste,    (Lacan, S10, 23 Janvier 1963)


常に残存現象がある。つまり部分的な置き残しがある。〔・・・〕標準的発達においてさえ、転換は決して完全には起こらず、最終的な配置においても、以前のリビドー固着の残滓が存続しうる。Es gibt fast immer Resterscheinungen, ein partielles Zurückbleiben. […]daß selbst bei normaler Entwicklung die Umwandlung nie vollständig geschieht, so daß noch in der endgültigen Gestaltung Reste der früheren Libidofixierungen erhalten bleiben können. (フロイト『終りある分析と終りなき分析』第3章、1937年)




ジャック=アラン・ミレールの注釈で確認しておこう。


いわゆる享楽の残滓 [reste de jouissance]。ラカンはこの残滓を一度だけ言った。だが基本的にそれで充分である。そこでは、ラカンはフロイトによって触発され、リビドーの固着点 [points de fixation de la libido]を語った。


固着点はフロイトにとって、分離されて発達段階の弁証法に抵抗するものである[C'est-à-dire ce qui chez Freud précisément est isolé comme résistant à la dialectique du développement. ]


固着は、どの享楽の経済においても、象徴的止揚に抵抗し、ファルス化をもたらさないものである[La fixation désigne ce qui est rétif à l'Aufhebung signifiante, ce qui dans l'économie de la jouissance de chacun ne cède pas à la phallicisation.]  (J.-A. MILLER,  - Orientation lacanienne III-  5/05/2004)


残滓…現実界のなかの異物概念(異者としての身体概念)は明瞭に、享楽と結びついた最も深淵な地位にある[reste…une idée de l'objet étrange dans le réel. C'est évidemment son statut le plus profond en tant que lié à la jouissance ](J.-A. MILLER, Orientation lacanienne III, 6  -16/06/2004)



こうしてフロイトの夢の臍は、固着の穴、異者のトラウマであり、現実界の享楽自体ということになる(そもそもラカンの享楽はトラウマのことである[参照])。



フロイトは固着点の回帰を語っている。


抑圧されたものの回帰は固着点から起こる[der Wiederkehr des Verdrängten …erfolgt von der Stelle der Fixierung her](フロイト『症例シュレーバー 』1911年、摘要)


この抑圧されたものの回帰が事実上、享楽の回帰であり、トラウマの回帰である。


抑圧されたものの回帰は、享楽の回帰と相同的である[retour du refoulé, …symétriquement il y a retour de jouissance,」 (J.-A. MILLER, Le Partenaire-Symptôme, 10/12/97、摘要)

抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴としてわれわれは叙述する[die Wiederkehr des Verdrängten, die wir nebst den unmittelbaren Wirkungen des Traumas und dem Phänomen der Latenz unter den wesentlichen Zügen einer Neurose beschrieben haben. ](フロイト『モーセと一神教』3.1、1939年)


こうしてミレールは次のように言うことになる。


無意識の最もリアルな対象a、それが享楽の固着である[ce qui a (l'objet petit a) de plus réel de l'inconscient, c'est une fixation de jouissance.](J.-A. MILLER, L'Autre qui n'existe pas et ses comités d'éthique, 26/2/97)

享楽は真に固着にある。人は常にその固着に回帰する[La jouissance, c'est vraiment à la fixation …on y revient toujours. ](Miller, Choses de finesse en psychanalyse XVIII, 20/5/2009)


分析経験の基盤は厳密にフロイトが「固着 Fixierung」と呼んだものである[fondée dans l'expérience analytique, et précisément dans ce que Freud appelait Fixierung, la fixation. ](J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011)



以上、フロイトの重層的決定[ Überdeterminierung]の基盤には、固着のトラウマ(=享楽)がある、ということになる。


最後にポール・バーハウにて再確認しておこう。


フロイトはその理論の最初から、症状には二重構造があることを識別していた。一方には「欲動(身体的なもの)」、他方には「心的なもの」である。ラカン用語なら、現実界と象徴界である。〔・・・〕享楽の現実界は症状の地階あるいは根なのであり、象徴界は上部構造なのである[The Real of the jouissance is the ground or the root of the symptom, while the Symbolic concerns the upper structure. ](Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way by Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq、2002)


フロイトには「真珠貝が真珠を造りだすその周りの砂粒」という名高い隠喩がある。砂粒とは現実界の審級にあり、この砂粒に対して防衛されなければならない。真珠は砂粒への防衛反応であり、封筒あるいは容器、ーー《症状の形式的覆い l'enveloppe formelle du symptôme 》(ラカン、E66、1966)ーーすなわち原症状の可視的な外部である。内側には、元来のリアルな出発点が、「異物 Fremdkörper」として影響をもったまま居残っている。


フロイトはヒステリーの事例にて、「身体側からの反応 Somatisches Entgegenkommen)」ーー身体の何ものかが、いずれの症状の核のなかにも現前しているという事実ーーについて語っている。フロイト理論のより一般的用語では、この「身体側からの反応」とは、いわゆる「欲動の根 Triebwurzel」、あるいは「固着 Stelle der Fixierung」である。ラカンに従って、我々はこの固着点のなかに、対象a を位置づけることができる。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders、2004)


…………………


なお、上部構造の「圧縮と置換」とは代理満足である。


リビドー興奮[libidinösen Erregung]は圧縮と置換を通して代理満足となる[daß er durch Verdichtung und Verschiebung zum Befriedigungsersatz]。(フロイト『精神分析入門』第24章、1917年、摘要)


ここでのリビドーはリアルな享楽あるいは欲動のこと。


享楽の名は、リビドーというフロイト用語と等価である。le nom de jouissance, … le terme freudien de libido …faire équivaloir. (J.-A. MILLER, - Orientation lacanienne III, 10 -30/01/2008)

欲動は、ラカンが享楽の名を与えたものである。pulsions …à quoi Lacan a donné le nom de jouissance.(J. -A. MILLER, - L'ÊTRE ET L'UN - 11/05/2011)


そしてフロイトの圧縮と置換[Verdichtung und Verschiebung]は、ラカンの隠喩と換喩[la métaphore et la métonymie]である。


愛は隠喩である。l’amour  est une métaphore, (Lacan, S8, 30  Novembre 1960)

欲望は換喩である。le désir est la métonymie(Lacan, E623, 1958)


ーーラカンはこの隠喩や換喩を穴埋めと言ったり防衛と言ったりもした。