比較的よく知られているだろう、ラカンの父の隠喩の図がある。
ここではまずこの図の意味合いをいくらか突っ込んでみてみることにする。
エディプスコンプレックスにおける父の機能は、他のシニフィアンの代理シニフィアンである…他のシニフィアンとは、象徴化を導入する最初のシニフィアン(原シニフィアン)、母なるシニフィアン である[La fonction du père dans le complexe d'Œdipe, est d'être un signifiant substitué au signifiant,… c'est-à-dire au premier signifiant introduit dans la symbolisation, le signifiant maternel. ](Lacan, S5, 15 Janvier 1958) |
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母の欲望の上の父の名、そして象徴化の上の母の欲望[Le Nom du Père sur le désir de la mère [ S / S' ], et le désir de la mère sur sa symbolisation [ S' / x ]. ](Lacan, S5, 25 Juin 1958) |
上の半年ほど離れた二文において、ラカンは母なるシニフィアン[le signifiant maternel]と母の欲望[le désir de la mère]を等置しているのがわかる。 ここでジャック=アラン・ミレールの注釈を導入する。 |
思い起こそう、いかにラカンがDMを設置したかを。一者のシニフィアン[Un signifiant]、つまり母の欲望[le désir de la mère ]を。ーー、母は常に乳幼児とともにいるわけではない[Un signifiant, le désir de la mère – elle n'est pas tout le temps auprès de son petit, elle l'abandonne et revient]。子供を捨て去りまた帰ってくる。行ったり来たりする。現れては消える[elle n'est pas tout le temps auprès de son petit, elle l'abandonne et revient, il y a des va-et-vient, des apparitions et disparitions]、これが一者のシニフィアンDMとしての登録を正当化する[ce qui justifie de l'inscrire comme un signifiant –, DM]。……現前と不在のシニフィアン[le signifiant de sa présence et de son absence,]としての「母の欲望 le désir de la mère」であり、行ったり来たりのシニフィアン[le signifiant de ses va-et-vient.] である。 (J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse VI, 17 décembre 2008) |
ーーここでまず注目すべきなのは、一者のシニフィアン[Un signifiant]と母の欲望[le désir de la mère ]の等置である。先ほどのラカンと合わせて示せば次のようになる。 この「母なるシニフィアン=一者のシニフィアン」は母への固着のシニフィアンだと捉えうるがそれについては後述。 ここでは先にミレール注釈を続ける。 ジャック=アラン・ミレールは次の図を示している。 この図の説明は次の通り。 |
始まりは、つまりシニフィアン化のダイナミズムが主体をシニフィエするものは、Xとして現れる[à partir de cette dynamique signifiante est signifié au sujet, apparaît comme un X]。人はこれが何だか知らない。幼児はそれが何を意味するのか知らない[on ne sait pas, l'enfant ne sait pas ce que ça veut dire ]。 幼児はこのXを学ぶだろう、母の欲望が他のシニフィアン、父の名のシニフィアンに代替される時に[Il va l'apprendre quand, au désir de la mère, va se substituer un autre signifiant, celui du Nom-du-Père.] この代替はこうして、最初の用語(DM)の抹消とともに記される。後に来る隠喩(NP)は、意味を表すようになる。「謎の母の享楽X[la jouissance énigmatique de la mère (JAM montre X)]」が置換を動機づける。こうして、ラカンがファルスの上に大きなAを記した。十全なるファルスである[c'est ce que Lacan inscrit grand A sur phallus – phallus en toutes lettres]。〔・・・〕 |
実に、父性隠喩の本質は、初期のXのファルス的意味作用への転換である[L'essence de la métaphore paternelle c'est en effet la résolution du X initial dans la signification phallique (JAM entoure X et trace une flèche de X au phallus)]。標準的かつ一般[normativante, commune]の意味への転換。この軌道が翻訳しているのは、いかに享楽が意味を獲得するか、ファルス的意味を獲得するか[la jouissance prend sens, prend sens phallique]である。父の名は、本質的に享楽が意味を獲得するのを可能にするオペレーターなのである[le Nom-du-Père est essentiellement l'opérateur qui permet à la jouissance de prendre sens]。(J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse VI, 17 décembre 2008) |
父の隠喩によるX のファルス化についてはここでは触れない。この実に明晰な注釈を読めばわかるだろう。 ここではJMである。JMと示されている「謎の母の享楽X[la jouissance énigmatique de la mère (JAM montre X)]」の上に母の欲望(母なるシニフィアン)がある。 ところでミレールは三年後のセミネールで、母の欲望自体、享楽の名のひとつであり、排除されると言っている。 |
父の名は母の欲望を隠喩化する。この母の欲望は、享楽の名のひとつである。この享楽は禁止されなければならない。我々はこの拒絶を「享楽の排除」あるいは「享楽の外立」用語で語りうる。二つは同じである。 Le nom du père métaphorise le désir de la mère […] ce désir de la mère, c'est un des noms de la jouissance. […] jouissance est interdite […] on peut aussi parler de ce rejet en terme de forclusion de la jouissance, ou d'ex-sistence de la jouissance. C'est le même. (J.-A. MILLER, - L'Être et l 'Un - 25/05/2011) |
上にみたように、母の欲望[le désir de la mère]=母なるシニフィアン[le signifiant maternel]である。したがって、ここでのミレールを受け入れるなら、母なるシニフィアンの排除[une forclusion du signifiant maternel]があるということになる。
通常、ラカン派では、女性においてファルスがないという意味合いで、女性のシニフィアンの排除ということが言われてきた。ここでも初期ミレールを引こう。 |
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女性のシニフィアンの排除がある。これが、ラカンの「女なるものは存在しない」の意味である。il y a une forclusion de signifiant de La femme. C'est ce que veut dire le “La femme n'existe pas” この意味は、我々が持っているシニフィアンは、ファルスだけだということである。Ça veut dire que le seul signifiant que nous ayons, c'est le phallus. (J.-A. Miller, Du symptôme au fantasme et retour, Cours du 27 avril 1983) |
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これは現在に至るまでの定説である。だがこのファルスのシニフィアンの論理とは異なったレベルで、母なるシニフィアンの排除[une forclusion du signifiant maternel]があるということが言えそうである。この表現を使っているラカニアンに遭遇したことはないが、上に列挙した引用群を受け入れるならそうなる。
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この異者が最晩年のラカンにとって「ひとりの女」であり、原症状としてのサントーム=固着である。 |
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ひとりの女は異者である [une femme, …c'est une étrangeté]. (Lacan, S25, 11 Avril 1978) |
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ひとりの女はサントームである[une femme est un sinthome ](Lacan, S23, 17 Février 1976) |
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サントームは固着である[Le sinthome est la fixation]. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011) |
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この原抑圧としての固着はS(Ⱥ)というマテームで示される。 |
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フロイトが原抑圧として概念化したものは何よりもまず固着である。この固着とは、身体的な何ものかが心的なものの領野外に置き残されるということである。〔・・・〕原抑圧はS(Ⱥ) に関わる [Primary repression concerns S(Ⱥ)]。…原抑圧は「現実界のなかに女なるものを置き残すこと」として理解されうる[Primary repression can […]be understood as the leaving behind of The Woman in the Real]. (PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST?, 1999) |
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シグマΣ、サントームのシグマは、シグマとしてのS(Ⱥ) と記される[c'est sigma, le sigma du sinthome, …que écrire grand S de grand A barré comme sigma] (J.-A. Miller, LE LIEU ET LE LIEN, 6 juin 2001) |
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ところでこの異者としてのサントームは、モノの名、母の名、母の身体の名、現実界の名でもある。 |
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ラカンがサントームと呼んだものは、ラカンがかつてモノと呼んだものの名、フロイトのモノの名である[Ce que Lacan appellera le sinthome, c'est le nom de ce qu'il appelait jadis la Chose, das Ding, ou encore, en termes freudiens](J.-A.MILLER,, Choses de finesse en psychanalyse X, 4 mars 2009) |
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モノは母である[das Ding, qui est la mère](ラカン, S7, 16 Décembre 1959) |
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モノの中心的場に置かれるものは、母の神秘的身体である[à avoir mis à la place centrale de das Ding le corps mythique de la mère], (Lacan, S7, 20 Janvier 1960) |
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フロイトのモノを私は現実界と呼ぶ[La Chose freudienne …ce que j'appelle le Réel ](ラカン, S23, 13 Avril 1976) |
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以上から結局、ラカンが《ひとりの女は異者である [une femme, …c'est une étrangeté]》. (Lacan, S25, 11 Avril 1978)というとき、このひとりの女は母、もしくは母への固着だと捉えうる。
モノ=母であり、異者である。 |
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モノの概念、それは異者としてのモノである[La notion de ce Ding, de ce Ding comme fremde, comme étranger](Lacan, S7, 09 Décembre 1959) |
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こうして原抑圧=固着S(Ⱥ)としての、母なるシニフィアンの排除[une forclusion du signifiant maternel]が正当化されるように思う。 さてかなり廻り道をしたが、ジャック=アラン・ミレールが2008年のセミネールで示している図を再掲しよう。 この図は次のように書き換えうる(ミレールは右項のNPを割愛しているが、ラカンの表示に則りそれも含めて図式化する)。 Ⱥとは享楽、S(Ⱥ)とは享楽の固着である。
ここで繰り返し強調したいのは、S(Ⱥ)≡母なるシニフィアン[le signifiant maternel]=固着[Fixierung]であることである。 |
ところで一者のシニフィアンはどこに行ってしまったのか。
S(Ⱥ)とは一者のシニフィアンとも書かれるのである。それについては参照➡︎「固着マテーム:Σ ≡ S(Ⱥ) ≡ S1[S1 sans S2]」