2022年7月27日水曜日

二種類の無意識図


フロイトにおける二種類の無意識とは二種類の抑圧のことである。


われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen (Nachverdrängung) sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)


この原抑圧と後期抑圧の無意識の区分は、まず次のようにまとめることができる。

フロイトは、システム無意識[System Ubw] あるいは原抑圧[Urverdrängung]と力動的無意識[Dynamik Ubw ]あるいは(後期)抑圧された無意識[(Nach-) verdrängtes Unbewußt]を区別した(『無意識』1915年)。


システム無意識[System Ubw] は、欲動の核の身体の上への刻印(固着[Fixierung])であり、欲動衝迫の形式における要求過程化である。〔・・・〕他方、力動的無意識[Dynamik Ubw]は、誤った結びつけ[eine falsche Verkniipfung]のすべてを含んでいる。すなわち、原初の欲動衝迫とそれに伴う防衛的加工を表象する二次的な試みである。言い換えれば症状である。フロイトはこれを、無意識の後裔 [Abkömmling des Ubw](『無意識』第6章)と呼んだ。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、On Being Normal and Other Disorders A Manual for Clinical Psychodiagnostics、2004年)


①フロイト自身の発言については、「原抑圧文献」を参照。

②ラカンおよびラカン派の思考については、「原無意識ーー話す存在[parlêtre]=話す身体[corps parlant]=異者身体[Fremdkörper]」を参照。



ここでは、これらに示してある用語群を元に図示しておくだけにする。




ラカン語彙との関係をまずポール・バーハウの注釈にて、


ラカンの現実界は、フロイトの無意識の核であり、固着のために置き残される原抑圧である。「置き残される」が意味するのは、表象への・言語への移行がなされないことである。[The Lacanian Real is Freud's nucleus of the unconscious, the primal repressed which stays behind because of a kind of fixation . "Staying behind" means: not transferred into signifiers, into language](ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001年)


フロイトはその理論の最初から、症状には二重の構造があることを識別していた。一方には「欲動」、他方には「心的なもの」(心的外被[psychische Umkleidung])である(現勢神経症[Aktualneurose]と精神神経症 [Psychoneurose])。ラカン用語なら、現実界と象徴界である。


これはフロイトの最初の事例研究「症例ドラ」に明瞭に現れている。この事例において、フロイトは防衛理論については何も言い添えていない。防衛の「精神神経症」については、既に先行する二論文(1894, 1896)にて詳述されている。逆に「症例ドラ」の核心は、症状の二重構造だと言い得る。フロイトが焦点を当てるのは、現実界、すなわち欲動に関する要素である。彼はその要素を、身体側からの反応 [Somatisches Entgegenkommen]という用語で示している。この語は、『性理論三篇』にて、「リビドーの固着[Fixierung der Libido](欲動の固着[Fixierung der Triebe] 」と呼ばれるようになったものである。〔・・・〕

この二重構造の光の下では、どの症状も二様の方法で研究されなければならない〔・・・〕。享楽の現実界は症状の地階あるいは根なのであり、象徴界は上部構造なのである。[The Real of the jouissance is the ground or the root of the symptom, whilst the Symbolic concerns the upper structure. ]

(Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq, Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way 、2002)



次にジャック=アラン・ミレール等、ラカン自身も含めて。


◼️「症状/サントーム」➡︎「欲望/欲動」➡︎「欠如/穴」

われわれは症状からサントームへの道を取っている。それはまた、欲望から欲動への道、欠如から穴への道である[nous avons fait le chemin du symptôme au sinthome, qui est aussi un chemin du désir à la pulsion ou du manque au trou] (J.-A. MILLER, Conclusion des Leçons du sinthome, avril 2006)


●「症状/サントーム」=「隠喩の象徴界/固着の現実界」

症状は隠喩である。つまり意味の効果である[Le symptôme est une métaphore, c'est-à-dire, un effet de sens.]  (Jean-Louis Gault , Le parlêtre et son sinthome , 2016)

サントームは現実界であり、かつ現実界の反復である[Le sinthome, c'est le réel et sa répétition]. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un - 9/2/2011)

サントームは固着の反復である。サントームは反復プラス固着である[le sinthome c'est la répétition d'une fixation, c'est même la répétition + la fixation]. (Alexandre Stevens, Fixation et Répétition ― NLS argument, 2021/06)


●「欲望/欲動」=「言語の象徴界/身体の現実界」

欲望は自然の部分ではない。欲望は言語に結びついている。それは文化で作られている。より厳密に言えば、欲望は象徴界の効果である[le désir ne relève pas de la nature : il tient au langage. C'est un fait de culture, ou plus exactement un effet du symbolique.](J.-A. MILLER "Le Point : Lacan, professeur de désir" 06/06/2013)

欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する[il y a un réel pulsionnel … je réduis à la fonction du trou](Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)

身体は穴である[corps…C'est un trou](Lacan, conférence du 30 novembre 1974, Nice)


◼️「欠如/穴」➡︎「象徴界のファルス/現実界のトラウマ」

ファルスはそれ自体、主体において示される欠如の印以外の何ものでもない[  (le) phallus lui-même … n'est rien d'autre que ce point de manque qu'il indique dans le sujet. ](Lacan, LA SCIENCE ET LA VÉRITÉ, E877, 1965)

ファルスの意味作用とは実際は重複語である。言語には、ファルス以外の意味作用はない。Die Bedeutung des Phallus  est en réalité un pléonasme :  il n'y a pas dans le langage d'autre Bedeutung que le phallus.  (ラカン, S18, 09 Juin 1971)

象徴界は言語である[Le Symbolique, c'est le langage](Lacan, S25, 10 Janvier 1978)


現実界は穴=トラウマをなす[le Réel … ça fait « troumatisme ».](Lacan , S21, 19 Février 1974)

問題となっている現実界は、一般的にトラウマと呼ばれるものの価値を持っている[le Réel en question, a la valeur de ce qu'on appelle généralement un traumatisme](Lacan, S23, 13 Avril 1976)



いくつかの語を抽出して先の図と組み合わせておこう。



なおこの区分においては想像界は象徴界に含まれる。

想像界は確かに象徴界の影響の外部にあるが、他方、ラカンは常に付け加えた、この想像界は同時に象徴界によって常に支配されていると[l'imaginaire est bien ce qui reste en dehors de la prise du symbolique, tandis que, par un autre côté, Lacan ajoute toujours que cet imaginaire est en même temps dominé par le symbolique]. (J.-A. Miller, Les six paradigmes de la jouissance, 1999)