2024年2月28日水曜日

意地について(中井久夫)

 

「日本人の意地は欧米人の自我に相当する」とは名古屋の精神科医・大橋一恵氏の名言である。中国人の「面子」にも相当しよう。(中井久夫「「踏み越え」について」初出2004年『徴候・外傷・記憶』所収)



ひそかに「自分をお人よし」「いざという時にひるんで強く自己主張ができない」「誰それさんに対して勝てないところがある」ということを内々思っている人〔・・・〕。こういう劣等感意識を持っていて、しかも何とか「自分を張りたい」という人が「意地」になりやすい〔・・・〕。


意地には「甘え」の否認を誇示している面がある。下手に忠告や親切を提供されると、「放っておいてくれ」という返事が返ってくるのは、誰しも経験していることである。だから「時」(タイミング)が大切である。


しかし、意地を張っている者は、ただの嫌がらせをしている者ではない。そういう者――たとえば無言電話をかけ続けたり、家の前にゴミを撒いたりする者――までを意地を張っている者の中に入れるのは穏当ではあるまい。こういう強迫的あるいは嗜癖的な嫌がらせは、現在次第に古典的意地の領分を侵して広まりつつあるかに見えるが、これは都市化による無名化現象の一環であろう。


意地には、意地の相手方が単に謝罪するだけでは澄まず、「天罰」が下ったと当事者が思うような事態が望ましいという指摘があるが、「天罰」が信じられにくくなった現代においては、無言電話のような、擬似天然現象的な行為に訴えるということが起こるのであろうか。それとも、あれは怨みの現代的表現であろうか。無言電話は決して姿を現さず、存在をそれとなく示すという点で亡霊に似ており、非常に解消困難な事態である。


もっとも、こういうことは、何も日本だけの現象ではなく、有名な十九世紀フランスの神経学者でヒステリーの研究者シャルコーには、「あなたは心臓病で死ぬ、徴候はすでにかくかく」という匿名の手紙が根気よく送り続けられており、実際にシャルコーは旅行中に心臓死を遂げるのであるが、手紙の主は内容から身近な人物であることが推定されるだけで、ついに迷宮入りになったそうである。この例などは社会的地位の高い人物であろう。こういうことは、社会的あるいは知的水準とはあまり関係がないらしい。


意地との共通点は、「あなたに対して意地(あるいは怨み)を持っている人間がいる」ということを知らせ続けるという点にある。この告知がなければ、意地も怨みも「のれんに腕押し」「一人相撲」「片意地」になってしまう。意地の場合は、匿名では意味がない。相手の生活に煩わしさが持ちこまれているだけでは仕方がない。しかし、当人が相手に対してどこか気押されているところがあって、せめて「一分を立てたい」という場合が多いから、意地の告知は、直接の本人に対して会いに行くことはめったになく、せいぜい内容証明郵便を送りつけるくらいであり、第三者を介せざるを得ないことが多い。これは、自分の意地を貫くという意地者にとっては矛盾であるが、相手があっての意地である(「甘え」の病理的表現と見られるのもそのためである)から、この矛盾が、意地の場の解消のとっかかり点となる場合もある。


意地を張られた相手方がとってもよい方法、少なくとも無害なあり方は、相手あるいはその意地に対する一種の尊敬の念であろう。あれだけ意地を張れるのは並々のことではあるまいというような気持ちは自然に態度に表れて、意地を張る者を少なくとも硬化させはしない。逆に、愚かしいと見るならば、それは非常に有害である。「相手の立場に立っての忠告」は相手を見下しての「おためごかし」としか受け取られない。意地者の相手方は、柔らかい態度をとりながら、何かの偶然を待つのが普通よいであろう。偶然を待つとは、何ともたよりない話だと思われるだろうが、合理的対抗策は、その意図性自体がすでに相手の硬化を誘発する因子なのである。そして、偶然は、宇宙線のようにたえず身近に降り注いでいるものである。「時の氏神」が思いがけないところから現れないでもない。〔・・・〕

意地について考えていると、江戸時代が身近に感じられてくる。使う言葉も、引用したい例も江戸時代に属するものが多い。これはどういうことであろう。


一つは、江戸時代という時代の特性がある。皆が、絶対の強者でなかった時代である。将軍も、そうではなかった。大名もそうではなかった。失態があれば、時にはなくとも、お国替えやお取り潰しになるという恐怖は、大名にも、その家臣団にものしかかっていた。農民はいうまでもない。商人層は、最下層に位置づけられた代わりに比較的に自由を享受していたとはいえ、目立つ行為はきびしく罰せられた。そして、こういう、絶対の強者を作らない点では、江戸の社会構造は一般民衆の支持を受けていたようである。伝説を信じる限りでの吉良上野介程度の傲慢ささえ、民衆の憎悪を買ったのである。こういう社会構造では、颯爽たる自己主張は不可能である。そういう社会での屈折した自己主張の一つの形として意地があり、そのあるべき起承転結があり、その際の美学さえあって、演劇においてもっとも共感される対象となるつづけたのであろう。


そして現在の日本でも、「民主的」とは何よりもまず「絶対の強者」がいないことが条件である。「ワンマン」がすでに絶対の強者ではない。「ワンマン」には(元祖吉田茂氏のような)ユーモラスな「だだっ子」らしさがある。「ワンマン」は一種の「子ども」として免責されているところがある。


二つには、一九八〇年代後半になっても、いまだ江戸時代に築かれた対人関係の暗黙のルールが生きているのではないかということである。われわれの職場にいくらコンピューターがはいっても、職場の対人関係は、江戸時代の侍同士の対人関係や徒弟あるい丁稚の対人関係、または大奥の対人関係と変わらない面がずいぶんあるということである。政治にも、官僚機構にも、変わっていない面があるのではないか。非公式的な集まりである運動部や、社会体制に批判的な政党や運動体においても、そういう面があるのではないか。


いじめなどという現象も、非常に江戸的ではないだろうか。実際、いじめに対抗するには、意地を張り通すよりしかたがなく、周囲からこれを援助する有効な手段があまりない。たとえ親でも出来ることが限られている。意地を張り通せない弱い子は、まさに「意気地なし」と言われてさらに徹底的にいじめられる。いじめの世界においても、絶対の強者は一時的にあるくらいが関の山であるらしい。また、何にせよ目立つことがよくなくて、大勢が「なさざるの共犯者」となり、そのことを後ろめたく思いながら、自分が目立つ「槍玉」に挙がらなかったことに安堵の胸をひそかになでおろすのが、偽らない現実である。そして、いじめは、子供の社会だけでなく、成人の社会にも厳然としてある。


日本という国は住みやすい面がいくつもあるが、住みにくい面の最たるものには、意地で対抗するよりしかたがない、小権力のいじめがあり、国民はその辛いトレーニングを子供時代から受けているというのは実情ではないだろうか。(中井久夫「意地の場について」初出1987年『記憶の肖像』所収)




意地の共通の問題は、視野狭窄である。〔・・・〕

おそらく、意地というものは、元来は窮地を正面突破するための心理的技術だったのであろう。

いばらの多い藪を通り抜けるためには、たえず自分を励まさなくてはならない、そういう自己激励である。そのためには視野狭窄が必要であり、自己中心性もなくてはなるまい。いや、自己中心性は不可欠のものかもしれない。 ひとのためによかれとして意地を張ることもあるだろうか。ひょっとするとあるかもしれないが、張っているうちに次第に自分が意地を貫くことが第一義的なものになりはしまいか。

誰にせよ意地によって窮地を脱した暁には大局的な見方や柔軟な思考、自由な感情を心掛ける必要がある。意地は、人を強くするが、心をやせさせる傾向があるからである。(中井久夫「治療に見る意地」初出1987年『記憶の肖像』所収)