◼️抑圧されたものの回帰=トラウマの回帰 |
フロイトの次の三文から、抑圧されたものの回帰は「トラウマの回帰」と等置することができる。 |
症状形成の全ての現象は「抑圧されたものの回帰」として正しく記しうる[Alle Phänomene der Symptombildung können mit gutem Recht als »Wiederkehr des Verdrängten« beschrieben werden.](フロイト『モーセと一神教』3.2.6、1939年) |
抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴としてわれわれは叙述する[die Wiederkehr des Verdrängten, die wir nebst den unmittelbaren Wirkungen des Traumas und dem Phänomen der Latenz unter den wesentlichen Zügen einer Neurose beschrieben haben. ](フロイト『モーセと一神教』3.1、1939年) |
結局、成人したからといって、原初のトラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない[Gegen die Wiederkehr der ursprünglichen traumatischen Angstsituation bietet endlich auch das Erwachsensein keinen zureichenden Schutz](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年) |
ーー《原初のトラウマ的不安状況》とあるのは冗語法であって、不安自体がトラウマである。 |
不安はトラウマにおける寄る辺なさへの原初の反応である[Die Angst ist die ursprüngliche Reaktion auf die Hilflosigkeit im Trauma](フロイト『制止、症状、不安』第11章B、1926年) |
フロイトは《すべての症状形成は、不安を避けるためのものである[alle Symptombildung nur unternommen werden, um der Angst zu entgehen]》(フロイト 『制止、不安、症状』第9章、1926年)とも言っているが、先の文で《原初のトラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない》と言うことによって、不安なるトラウマを避けること=防衛することは十分にはできないと言っていることになる。これが抑圧されたものの回帰の内実である。 |
◼️原抑圧と後期抑圧 |
ここで注意しなければならないのは、フロイトが「抑圧」という語を使うとき二種類あることだ。 |
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年) |
つまり抑圧には原抑圧と後期抑圧がある。フロイトが抑圧されたものの回帰というときのほとんどは「原抑圧されたものの回帰」であり、別名「固着の回帰」(固着点への回帰)である。 フロイトは1911年に既に次のように記述している。 |
「抑圧」は三つの段階に分けられる。 ①第一の段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕 この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する。そしてさらに、とくに③の抑圧の相を生み出す決定因となる。[Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege, und können hinzufügen, die Determinierung vor allem für den Ausgang der dritten Phase der Verdrängung. ] |
②正式の抑圧[eigentliche Verdrängung]の段階は、ーーこの段階は、精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているがーー実際のところ後期[Nachdrängen]の抑圧ある。〔・・・〕①の原初に抑圧された欲動[primär verdrängten Triebe] がこの二段階目の抑圧に貢献する。 ③第三段階は、病理現象として最も重要であり、抑圧の失敗[Mißlingens der Verdrängung]、侵入[Durchbruchs]、抑圧されたものの回帰[Wiederkehr des Verdrängten]である。侵入は固着点から始まる[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her]。そしてその点へのリビドー的展開の退行[Regression der Libidoentwicklung]を意味する。(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー)1911年、摘要) |
ーー原抑圧されたものとは「原抑圧された欲動=欲動の固着」を意味するのである。そして原抑圧された欲動の別の言い方は《排除された欲動 [verworfenen Trieb]》(フロイト『快原理の彼岸』第4章、1920年)である。 |
◼️神経症というトラウマの病い |
もうひとつ、冒頭から2番目の文に《抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴》とあったが、そもそもフロイトにおける神経症はトラウマの病いである。 |
神経症はトラウマの病いと等価とみなしうる。その情動的特徴が甚だしく強烈なトラウマ的出来事を取り扱えないことにより、神経症は生じる。Die Neurose wäre einer traumatischen Erkrankung gleichzusetzen und entstünde durch die Unfähigkeit, ein überstark affektbetontes Erlebnis zu erledigen. (フロイト『精神分析入門』第18講「トラウマへの固着 Die Fixierung an das Trauma」1917年) |
ーーこの《トラウマへの固着》と題された講義の発言は、最晩年の次の記述とともに読むことができる。 |
病因的トラウマ、この初期幼児期のトラウマはすべて五歳までに起こる[ätiologische Traumen …Alle diese Traumen gehören der frühen Kindheit bis etwa zu 5 Jahren an]〔・・・〕このトラウマは自己身体の出来事もしくは感覚知覚 である[Die Traumen sind entweder Erlebnisse am eigenen Körper oder Sinneswahrnehmungen]〔・・・〕 |
このトラウマの作用はトラウマへの固着と反復強迫として要約できる[Man faßt diese Bemühungen zusammen als Fixierung an das Trauma und als Wiederholungszwang. ]。 この固着は、標準的自我と呼ばれるもののなかに含まれ、絶え間ない同一の傾向をもっており、不変の個性刻印 と呼びうる[Sie können in das sog. normale Ich aufgenommen werden und als ständige Tendenzen desselben ihm unwandelbare Charakterzüge verleihen]。 (フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1939年) |
トラウマはフロイトにおいて身体の出来事であり、その出来事への固着があり反復強迫が起こる。つまり原抑圧されたものの回帰としてのトラウマの回帰は「身体の出来事の回帰」(反復強迫)である。 そもそもフロイトにおいて欲動は事実上、トラウマである。欲動の固着はトラウマへの固着と等置しうる。 |
すべての神経症的障害の原因は混合的なものである[Die Ätiologie aller neurotischen Störungen ist ja eine gemischte; ]。すなわち、それはあまりに強すぎる欲動が自我による飼い馴らしに反抗しているか、あるいは幼児期の、すなわち初期の外傷体験 を、当時未成熟だった自我が支配することができなかったためかのいずれかである[es handelt sich entweder um überstarke, also gegen die Bändigung durch das Ich widerspenstige Triebe, oder um die Wirkung von frühzeitigen, d. h. vorzeitigen Traumen, deren ein unreifes Ich nicht Herr werden konnte. ] 概してそれは二つの契機、素因的なものと偶然的なものとの結びつきによる作用である。素因的なものが強ければ強いほど、速やかにトラウマは固着を生じやすく、精神発達の障害を後に残すものであるし、トラウマ的なものが強ければ強いほどますます確実に、正常な欲動状態においてもその障害が現われる可能性は増大する。[In der Regel um ein Zusammenwirken beider Momente, des konstitutionellen und des akzidentellen. Je stärker das erstere, desto eher wird ein Trauma zur Fixierung führen und eine Entwicklungsstörung zurücklassen; je stärker das Trauma, desto sicherer wird es seine Schädigung auch unter normalen Triebverhältnissen äußern. ](フロイト『終りある分析と終りなき分析』第2章、1937年) |
◼️現勢神経症と精神神経症 |
フロイトには神経症自体、二種類あることに注意しなければならない。 |
現勢神経症の症状は、しばしば、精神神経症の症状の核であり、先駆けである[das Symptom der Aktualneurose ist nämlich häufig der Kern und die Vorstufe des psychoneurotischen Symptoms. ](フロイト『精神分析入門』第24章、1917年) |
おそらく最初期の抑圧(原抑圧)が、現勢神経症の病理を為す[die wahrscheinlich frühesten Verdrängungen, …in der Ätiologie der Aktualneurosen verwirklicht ist ](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年) |
現勢神経症は原抑圧の病いであり、他方、精神神経症は後期抑圧の病いである。別の言い方をすれば、精神神経症は現勢神経症に対する防衛であり、トラウマ的欲動、つまりリビドーの圧縮と置換に関わる。 |
リビドー興奮[libidinösen Erregung]は圧縮と置換を通して代理満足となる[daß er durch Verdichtung und Verschiebung zum Befriedigungsersatz]。(フロイト『精神分析入門』第24章、1917年、摘要) |
◼️原初に置き置き残された欲動=リビドー固着の残滓=異者としての身体=エスの欲動蠢動 | ||||||||||||||||||||
フロイトは原抑圧された欲動ーー《原初に抑圧された欲動[primär verdrängten Triebe ]》ーーを《原初に置き残された欲動[primär zurückgebliebenen Triebe]》『症例シュレーバー』(1911年)とも言っている。この置き残し[Zurückbleiben]の別名がリピドー固着の残滓である。 | ||||||||||||||||||||
常に残滓現象がある。つまり部分的な置き残しがある。〔・・・〕標準的発達においてさえ、転換は決して完全には起こらず、最終的な配置においても、以前のリビドー固着の残滓(置き残し)が存続しうる。Es gibt fast immer Resterscheinungen, ein partielles Zurückbleiben. (…) daß selbst bei normaler Entwicklung die Umwandlung nie vollständig geschieht, so daß noch in der endgültigen Gestaltung Reste der früheren Libidofixierungen erhalten bleiben können. (フロイト『終りある分析と終りなき分析』第3章、1937年) | ||||||||||||||||||||
そして固着が置き残される場はエスであり、異者としての身体である。 | ||||||||||||||||||||
抑圧されたものは「異者としての身体」として分離されている[Verdrängten … sind sie isoliert, wie Fremdkörper」 〔・・・〕抑圧されたものはエスに属し、エスと同じメカニズムに従う[Das Verdrängte ist dem Es zuzurechnen und unterliegt auch den Mechanismen desselben]。〔・・・〕 自我はエスから発達している。エスの内容の一部分は、自我に取り入れられ、前意識状態に格上げされる。エスの他の部分は、この翻訳に影響されず、本来の無意識としてエスのなかに置き残されたままである[das Ich aus dem Es entwickelt. Dann wird ein Teil der Inhalte des Es vom Ich aufgenommen und auf den vorbewußten Zustand gehoben, ein anderer Teil wird von dieser Übersetzung nicht betroffen und bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年) | ||||||||||||||||||||
ここでの抑圧は先にも示したように原抑圧である。 | ||||||||||||||||||||
固着に伴い原抑圧がなされ、暗闇に異者が蔓延る[Urverdrängung…Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; …wuchert dann sozusagen im Dunkeln, fremd erscheinen müssen](フロイト『抑圧』1915年、摘要) | ||||||||||||||||||||
そしてこの異者としての身体の別名がエスの欲動蠢動、あるいは無意識のエスの反復強迫である。 | ||||||||||||||||||||
自我はエスの組織化された部分である。ふつう抑圧された欲動蠢動は分離されたままである[das Ich ist eben der organisierte Anteil des Es ..in der Regel bleibt die zu verdrängende Triebregung isoliert. ]〔・・・〕 エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる[Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen] (フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要) | ||||||||||||||||||||
欲動蠢動は「自動反復 Automatismus」の影響の下に起こるーー私はこれを反復強迫と呼ぶのを好むーー。〔・・・〕そして抑圧においての固着の契機は「無意識のエスの反復強迫」であり、これは通常の環境では、自我の自由に動く機能によって排除されていて意識されないだけである。 Triebregung […] vollzieht sich unter dem Einfluß des Automatismus – ich zöge vor zu sagen: des Wiederholungszwanges –[…] Das fixierende Moment an der Verdrängung ist also der Wiederholungszwang des unbewußten Es, der normalerweise nur durch die frei bewegliche Funktion des Ichs aufgehoben wird. (フロイト『制止、症状、不安』第10章、1926年、摘要) | ||||||||||||||||||||
この固着に伴ってエスに置き残された異者としての身体がトラウマである。 | ||||||||||||||||||||
トラウマないしはトラウマの記憶は、異者としての身体 [Fremdkörper] のように作用する。これは後の時間に目覚めた意識のなかに心的痛み[psychischer Schmerz]を呼び起こし、殆どの場合、レミニサンス[Reminiszenzen]を引き起こす。 das psychische Trauma, respektive die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt,..…als auslösende Ursache, wie etwa ein im wachen Bewußtsein erinnerter psychischer Schmerz … leide größtenteils an Reminiszenzen.(フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年、摘要) | ||||||||||||||||||||
ーーここでのフロイトはトラウマのレミニサンスとしているが、これがトラウマの回帰に相当する。先に示したが、繰り返せば、トラウマの回帰とは「身体の出来事の回帰]である。(原)抑圧されたものの回帰とは身体の出来事なのである。
※参照
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