◾️フロイディアンスリップと抑圧された願望の回帰 |
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フロイトの失錯行為[Fehlleistung]ーー英訳では "parapraxis"ーーの代表的なものに「フロイト的失言」(フロイディアンスリップ Freudian slip、a slip of the tongue)がある。たとえば会議の司会者が開会の辞に「今から閉会します」と言ってしまうことで、これは極端な例だが、この言い間違いとしての軽度のフロイディアンスリップは人にはしばしばある。 フロイトは失錯行為について次のように語っている。 |
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神経症患者の夢は、彼の失錯行為やそれに対する彼の自由連想と同様に、彼の症状の意味を発見し、彼のリビドーがどのように配分されているかを明らかにするのに役立つ。夢は願望充足の形で、どのような願望衝動が抑圧にさらされ、自我から引き離されたリビドーがどのような対象に執着するようになったかを教えてくれる。 Die Träume der Neurotiker dienen uns wie ihre Fehlleistungen und ihre freien Einfälle dazu, den Sinn der Symptome zu erraten und die Unterbringung der Libido aufzudecken. Sie zeigen uns in der Form der Wunscherfüllung, welche Wunschregungen der Verdrängung verfallen sind und an welche Objekte sich die dem Ich entzogene Libido gehängt hat. (フロイト『精神分析入門』第28講、1917年) |
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この失錯行為の核心は、抑圧された願望の回帰であり、別の言い方なら抑圧された表象、抑圧された思考の回帰である。 |
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『夢解釈』にある次の表現群の回帰である。 |
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心的生における抑圧された願望[im Seelenleben verdrängte Wünsche](フロイト『夢解釈』第5章、1900年) |
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抑圧された表象[verdrängten Vorstellungen](フロイト『夢解釈』第7章、1900年) |
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抑圧された思考[verdrängten Gedanken] (フロイト『夢解釈』第7章、1900年) |
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この願望・表象・思考は基本的には等価であり、心的なものの領域、言語の領域にある。 |
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フロイトが失錯行為を大々的に取り上げた『日常生活の精神病理学』の最後に次の文が現れる。 |
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しかし、ごく軽症から極めて重症の事例にまで共通している性格で、失錯行為や偶発行為にも認められるのは、それらの現象は、心的な素材が完全には抑え込まれなかったこと、つまりその素材が意識によって追い払われながら、表に出てくる能力をすべて奪い去られたわけではないことに起因する、という点である。 |
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Der gemeinsame Charakter aber der leichtesten wie der schwersten Fälle, an dem auch die Fehl- und Zufallshandlungen Anteil haben, liegt in der Rückführbarkeit der Phänomene auf unvollkommen unterdrücktes psychisches Material, das vom Bewusstsein abgedrängt, doch nicht jeder Fähigkeit, sich zu äussern, beraubt worden ist. |
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(フロイト『日常生活の精神病理学にむけて――、度忘れ、言い違い、取りそこない、迷信、勘違いについて』Zur Psychopathologie des Alltagslebens (über Vergessen, Versprechen, Vergreifen, Aberglaube und Irrtum)、1901) |
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ここでも心的素材とあるように心的なものの領域、表象の領域にある。 ◾️欲動の回帰と願望の回帰の相違 ところでフロイトは表象は表面的で欲動の代わりに過ぎないと言うようになる。 |
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印象や表象のみを問題にしている限り、われわれは事態の表面にとどまる。 [Wir bleiben an der Oberfläche, so lange wir nur von Erinnerungen und Vorstellungen handeln.](フロイト『W.イェンゼンの《グラディーヴァ》における妄想と夢』1907年) |
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これらの精神障害の個人的決定要因は、欲動的生の一部の抑制と、抑制された欲動の代わりをする表象の抑圧である[als individuelle Bedingung der psychischen Störung die Unterdrückung eines Stückes des Trieblebens und die Verdrängung der Vorstellungen, durch die der unterdrückte Trieb vertreten ist ](フロイト『W.イェンゼンの《グラディーヴァ》における妄想と夢』1907年) |
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フロイトにおいて欲動は身体的要求である。 |
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エスの要求によって引き起こされる緊張の背後にあると想定された力を欲動と呼ぶ。欲動は心的生に課される身体的要求である。Die Kräfte, die wir hinter den Bedürfnisspannungen des Es annehmen, heissen wir Triebe.Sie repräsentieren die körperlichen Anforderungen an das Seelenleben.(フロイト『精神分析概説』第2章1939年) |
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つまり「抑圧された欲動の回帰」と「抑圧された願望の回帰」はまったく異なる事態であり、前者は身体要求の回帰、後者は言語表象の回帰である。 |
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◾️原抑圧された欲動の回帰と後期抑圧された願望の回帰 フロイトにおいて抑圧は二種類ある。 |
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われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年) |
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この原抑圧が抑圧の第一段階であり、欲動に関わる。他方、抑圧の第二段階が心的なものに関わる。 |
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われわれには原抑圧[Urverdrängung]、つまり、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。それは欲動の心的(表象-)代理が意識的なものへの受け入れを拒まれるという事実から成り、これにより固着[Fixerung]がもたらされる。問題となっている代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束される。 Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; die betreffende Repräsentanz bleibt von da an unveränderlich bestehen und der Trieb an sie gebunden. (フロイト『抑圧』1915年) |
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《欲動の心的(表象-)代理》とあるのはフロイトの定義において欲動はもともと身体の心的代理だから、ーー《「欲動」という名のもとにわれわれが理解することのできるのは、さしあたり、休むことなく流れている、身体的刺激源の心的代理以外のなにものでもない。〔・・・〕したがって欲動は心的なものと身体的なものの境界にある概念である。 Unter einem »Trieb« können wir zunächst nichts anderes verstehen als die psychische Repräsentanz einer kontinuierlich fließenden, innersomatischen Reizquelle, (…) Trieb ist so einer der Begriffe der Abgrenzung des Seelischen vom Körperlichen》.(フロイト『性理論三篇』第一篇(5) 、1905年)。 そして抑圧の第二段階が後期抑圧である。 |
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抑圧の第二段階は、正式の抑圧である。この段階は精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているが、これは自我のより高度に発達した意識システムから生じ、実際には「後期抑圧」と表現できる[Die zweite Phase der Verdrängung ist die eigentliche Verdrängung, die wir bisher vorzugsweise im Auge gehabt haben. Sie geht von den höher entwickelten bewußtseinsfähigen Systemen des Ichs aus und kann eigentlich als ein »Nachdrängen« beschrieben werden.]〔・・・〕 (主に抑圧の第一段階の)原初に抑圧された欲動がこの後期抑圧に貢献する[…Beitrag von Seiten der primär verdrängten Triebe unterscheiden. ] (フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー )第3章、1911年) |
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正式の抑圧=後期抑圧とあるのは、ある時期までのフロイトにとっての分析治療は主に心的なものに関わったからである。たとえば自由連想がそれである。身体の領域にある原抑圧には自由連想は機能しない。
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