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キミ、ドラの咳は固着の心的外被であって象徴界だよ。 |
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ここで(ドラの)咳や嗄れ声の発作に対して見出したさまざまな決定因を総括してみたい。地階には、有機体的な誘引としてのリアルな咳の条件があることが推定され、それは、真珠を形成する貝の周りの砂粒のようなものである。 |
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Wir können nun den Versuch machen, die verschiedenen Determinierungen, die wir für die Anfälle von Husten und Heiserkeit gefunden haben, zusammenzustellen. Zuunterst in der Schichtung ist ein realer, organisch bedingter Hustenreiz anzunehmen, das Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet. |
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この刺激は固着しうるが、それはその刺激がある身体領域と関係するからであり、ドラの場合、その身体領域が性感帯としての意味をもっているからなのである。したがってこの領域は興奮したリビドーを表現するのに適している。咳はおそらく最初の心的外被である。 |
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Dieser Reiz ist fixierbar, weil er eine Körperregion betrifft, welche die Bedeutung einer erogenen Zone bei dem Mädchen in hohem Grade bewahrt hat. Er ist also geeignet dazu, der erregten Libido Ausdruck zu geben. Er wird fixiert durch die wahrscheinlich erste psychische Umkleidung |
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(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片 Bruchstück einer Hysterie-Analyse(症例ドラ)』1905年) |
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ま、断言はしないでおくがね。とはいえボクが依拠することの多いポール・バーハウはしつこく繰り返してるな。 |
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フロイトはその理論の最初から、症状には二重の構造があることを識別していた。一方には「欲動」、他方には「心的なもの」(心的外被[psychische Umkleidung])である。ラカン用語なら、現実界と象徴界である。 これはフロイトの最初の事例研究「症例ドラ」に明瞭に現れている。この事例において、フロイトは防衛理論については何も言い添えていない。防衛の「精神神経症」については、既に先行する二論文(1894, 1896)にて詳述されている。逆に「症例ドラ」の核心は、症状の二重構造だと言い得る。フロイトが焦点を当てるのは、現実界、すなわち欲動に関する要素である。彼はその要素を、身体側からの反応 [Somatisches Entgegenkommen]という用語で示している。この語は、『性理論三篇』にて、「リビドーの固着[Fixierung der Libido](欲動の固着[Fixierung der Triebe] 」と呼ばれるようになったものである。〔・・・〕 |
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この二重構造の光の下では、どの症状も二様の方法で研究されなければならない。ラカンにとって、恐怖症と転換症状は《形式的覆い[l'enveloppe formelle ] 》(ラカン、E66)に帰着する。つまり欲動の現実界へ象徴的形式を与えるものである。したがって症状とは、享楽の現実界的核のまわりに設置された構築物である。フロイトの表現なら、真珠を形成する貝の周りの砂粒 [Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet] である。 この二重構造の光の下では、どの症状も二様の方法で研究されなければならない〔・・・〕。享楽の現実界は症状の地階あるいは根なのであり、象徴界は上部構造なのである。[The Real of the jouissance is the ground or the root of the symptom, whilst the Symbolic concerns the upper structure. ] (Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq, Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way, 2002) |
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フロイトには「真珠を形成する貝の周りの砂粒 [ Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet]」(『症例ドラ』1905年)というよく知られた隠喩がある。砂粒とは現実界の審級にあり、この砂粒に対して防衛されなければならない。真珠は砂粒への防衛反応であり、覆いあるいは容器、すなわち原症状の可視的な外部である。内側には、元来のリアルな出発点が、異者としての身体[Fremdkörper]として影響をもったまま居残っている。 フロイトはヒステリーの事例にて、身体からの反応[Somatisches Entgegenkommen]ーー身体の何ものかが、いずれの症状の核のなかにも現前しているという事実ーーについて語っている。フロイト理論のより一般的用語では、この「身体からの反応」は、欲動の根[Triebwurzel]、あるいは固着点[Stelle der Fixierung]である。われわれは、ラカンに従って、この固着点のなかに、対象a を位置づけることができる。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders: A Manual for Clinical Psychodiagnostics,、2004) |
ーーフロイトは真珠と砂粒の比喩を、私の知る範囲で、三度使っている、➤「真珠と砂粒」=「症状とサントーム」
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心的外被とは上にもあるようにラカンの形式的覆いであり隠喩。 |
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症状という形式的覆い [l'enveloppe formelle du symptôme ](Lacan, DE NOS ANTÉCÉDENTS, E66, 1966) |
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症状は隠喩である[le symptôme est métaphore] (J.-A. MILLER, L'ÊTRE ET L'UN, 09/03/2011) |
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われわれは隠喩を身体の出来事の形式的覆いとする[la métaphore nous donne l’enveloppe formelle de l’événement de corps. ]J.-A. MILLER, L’inconscient et le corps parlant, 2014) |
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つまりサントームの覆いである、というのが仏主流ラカン派であり、先のバーハウと軌を一にする。 |
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サントームは身体の出来事として定義される[Le sinthome est défini comme un événement de corps](J.-A. MILLER,, L'Être et l'Un, 30/3/2011) |
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症状はサントームの形式的覆いである[le symptôme est l'enveloppe formelle du sinthome ] (Patricio Alvarez, Escabeau, 2016) |
ーー《サントームは固着の反復である。サントームは反復プラス固着である[le sinthome c'est la répétition d'une fixation, c'est même la répétition + la fixation].》 (Alexandre Stevens, Fixation et Répétition ― NLS argument, 2021/06)
