2022年4月2日土曜日

ネーション・帝国・帝国主義と「帝国の原理」


マルクスは、「価値形態」を考察した後で、「交換過程」という節で、商品交換の発生を歴史的に考察しているように見える。そこで彼がいうのは、それが共同体と共同体の間で始まるということである。《商品交換は、共同体の終わるところで、共同体が他の共同体またはその成員と接触する点で、始まるのだ。しかし物は、ひとたび共同体の対外生活において商品となれば、たちまち反作用的に共同体の対内生活でも商品となる》(『資本論』第一巻第一篇第二章)。しかし、これは歴史的な遡行によってではなく、貨幣経済に固有の性格を超越論的に明らかにすることから見いだされる「起源」である。マルクスは、右のようにいうとき、別の交換形態が存在することを前提としている。商品経済としての交換は「交換」一般のなかで、むしろ特殊な形態なのである。


第一に、共同体の中にも「交換」がある。それは贈与―お返しという互酬制である。これは相互扶助的だが、お返しに応じなければ村八分にあるというふうに、共同体の拘束が強くあり、また、排他的なものである。


第二に、共同体と共同体の間には強奪がある。むしろ、それが基本的であって、商品交換は、互いに強奪することを断念するところにしか始まらない。にもかかわらず、強奪も交換の一種と見なしてよい。というのは、持続的に強奪するためには、被強奪者を別の強奪者から保護したり、産業を育成したりする必要があるからだ。それが国家の原型である。国家は、より多く収奪しつづけるために、再分配によって、その土地と労働力の再生産を保証し、灌漑などの公共事業によって農業的生産力を上げようとする。その結果、国家は収奪の機関とは見えないで、むしろ、農民は領主の保護に対するお返し(義務)として年貢を払うかのように考え、商人も交換の保護のお返しとして税を払う。そのために、国家は超階級的で、「理性的」であるかのように表象される。したがって、収奪と再分配も「交換」の一種だということができる。人間の社会的関係に暴力の可能性があるかぎり、このような形態は不可避的である。


さらに、第三のタイプが、マルクスのいう、共同体と共同体の間での商品交換である。この交易は相互の合意によるものであるが、すでに述べたように、この交換から剰余価値、すなわち資本が発生する。とはいえ、それは強奪―再分配という交換関係とは決定的に違っている。


ここで、つけ加えておきたいのは、第四の交換のタイプ、アソシエーションである。それは相互扶助的だが、共同体のような拘束はなく排他的でもない。アソシエーションは、資本主義的市場経済を一度通過した後にのみあらわれる、倫理的―経済的な交換関係の形態である。アソシエーションの原理を理論化したのはプルードンであるが、すでにカントの倫理学にそれがふくまれている。


ベネディクト・アンダーソンは、ネーション=ステートが、本来異質であるネーションとステートの「結婚」であったといっている。これは大事な指摘であるが、その前に、やはり根本的に異質な二つのものの「結婚」があったことを忘れてはならない。国家と資本の「結婚」、である。


国家、資本、ネーションは、封建時代においては、明瞭に区別されていた。すなわち、封建領主(領主、王、皇帝)、都市、そして、農業共同体である。それらは、異なった「交換」の原理にもとづいている。


すでに述べたように、国家は、収奪と再分配の原理にもとづく。第二に、そのような国家機構によって支配され、相互に孤立した農業共同体は、その内部においては自律的であり、相互扶助的、互酬的交換を原理にしている。第三に、そうした共同体と共同体の「間」に、市場、すなわち都市が成立する。それは相互的合意による貨幣的交換である。


封建的体制を崩壊させたのは、この資本主義的市場経済の全般的浸透である。だが、この経済過程は政治的に、絶対主義的王権国家という形態をとることによってのみ実現される。絶対主義的王権は、商人階級と結託し、多数の封建国家(貴族)を倒すことによって暴力を独占し、封建的支配(経済外的支配)を廃棄する。それこそ、国家と資本の「結婚」にほかならない。商人資本(ブルジョアジー)は、この絶対主義的王権国家のなかで成長し、また、統一的な市場形成のために国民の同一性を形成した、ということができる。しかし、それだけでは、ネーションは成立しない。ネーションの基盤には、市場経済の浸透とともに、また、都市的な啓蒙主義とともに解体されていった農業共同体がある。それまで、自律的で自給自足的であった各農業共同体は、貨幣経済の浸透によって解体されるとともに、その共同性(相互扶助や互酬制)を、ネーション(民族)の中に想像的に回復したのである。ネーションは、悟性的な(ホップス的)国家と違って、農業共同体に根ざす相互扶助的「感情」に基盤をおいている。そして、この感情は、贈与に対してもつ負い目のようなものであって、根本的な交換関係をはらんでいる。


しかし、それらが本当に「結婚」するのは、ブルジョア革命においてである。フランス革命で、自由、平等、友愛というトリニティ(三位一体)が唱えられたように、資本、国家、ネーションは切り離せないものとして統合される。だから、近代国家は、資本制=ネーション=ステート(capitalist-nation-state)と呼ばれるべきである。それらは相互に補完しあい、補強しあうようになっている。


たとえば、経済的に自由に振る舞い、そのことが階級的対立に帰結したとすれば、それを国民の相互扶助的な感情によって解消し、国家によって規制し富を再配分する、というような具合である。その場合、資本主義だけを打倒しようとするなら、国家主義的な形態になるし、あるいは、ネーションの感情に足をすくわれる。前者がスターリン主義で、後者がファシズムである。このように、資本のみならず、ネーションや国家をも交換の諸形態として見ることは、いわば「経済的な」視点である。そして、もし経済的下部構造という概念が重要な意義をもつとすれば、この意味においてのみである。


この三つの「交換」原理の中で、近代において商品交換が広がり、他を圧倒したということができる。しかし、それが全面化することはない。資本は、人間と自然の生産に関しては、家族や農業共同体に依拠するほかないし、根本的に非資本制生産を前提としている。ネーションの基盤はそこにある。一方、絶対主義的な王(主権者)はブルジョア革命によって消えても、国家そのものは残る。それは、国民主権による代表者=政府に解消されてしまうものではない。国家はつねに他の国家に対して主権国家として存在するのであって、したがって、その危機(戦争)においては、強力な指導者(決断する主体)が要請される。ポナパルティズムやファシズムにおいて見られるように。現在、資本主義のグローバリゼーションによって、国民国家が解体されるだろうという見通しが語られることがある。しかし、ステートやネーションがそれによって消滅することはない。

たとえば、資本主義のグローバリゼーション(新自由主義)によって、各国の経済が圧迫されると、国家による保護(再配分)を求め、また、ナショナルな文化的同一性や地域経済の保護といったものに向かうことになる。資本への対抗が、同時に国家とネーション(共同体)への対抗でなければならない理由がここにある。資本=ネーション=ステートは三位一体であるがゆえに、強力なのである。そのどれかを否定しようとしても、結局、この環の中に回収されてしまうほかない。資本の運動を制御しようとする、コーポラティズム、福祉国家、社会民主主義といったものは、むしろそのような環の完成態であって、それらを揚棄するものではけっしてない。(柄谷行人『トランスクリティーク』「イントロダクション」2001年)






※この図は柄谷が示しているボロメオの環とは若干異なる。柄谷は第四の交換タイプ「アソシエーション」を示していないが、ラカンが示しているボロメオの環を利用して私が付け加えた。




ヘーゲルが『法の哲学』でとらえようとしたのは、資本=ネーション=国家という環である。このボロメオの環は、一面的なアプローチではとらえられない。ヘーゲルが右のような弁証法的記述をとったのは、そのためである。たとえば、ヘーゲルの考えから、国家主義者も、社会民主主義者も、ナショナリスト(民族主義者)も、それぞれ自らの論拠を引き出すことができる。しかも、ヘーゲルにもとづいて、それらのどれをも批判することもできる。それは、ヘーゲルが資本=ネーション=国家というボロメオの環を構造論的に把握した――彼の言い方でいえば、概念的に把握した(begreifen)――からである。ゆえに、ヘーゲルの哲学は、容易に否定することのできない力をもつのだ。


しかし、ヘーゲルにあっては、こうした環が根本的にネーションというかたちをとった想像力によって形成されていることが忘れられている。すなわち、ネーションが想像物でしかないということが忘れられている。だからまた、こうした環が揚棄される可能性があることがまったく見えなくなってしまうのである。(柄谷行人『世界史の構造』第9章、2010年)


私はネーションの成立を西ヨーロッパに見てきた。それは、ネーションが絶対王権(主権国家)と同様に、西ヨーロッパに最初に出現したからである。そして、主権国家が他の主権国家を生み出すように、ネーション=ステートは自ら拡大することによって、他の地域にネーション=ステートを生み出した。その最初のあらわれは、ナポレオンによるヨーロッパ支配である。ナポレオンはフランス革命の理念を伝えたが、現実には、フィヒテがそうであるように、フランスに占領された地域からネーション=ステートが生まれてきたのである。アーレントはつぎのようにいっている。


国民国家と征服政策との内的矛盾は、ナポレオンの壮大な夢の挫折においてはっきり白日のもとに晒された。・・・・・・ナポレオンが明瞭に示したのは、一ネイションによる征服は被征服民族の民族意識の覚醒と征服者に対する抵抗をもたらすか、あるいは征服者が手段を選ばなければ、はっきりした専制に導くかだということだった。このような専制は、充分に暴虐でさえあれば異民族圧政に成功はするだろうが、その権力を維持することは、非統治者の同意にもとづく国民国家としての本国の諸制度をまず破壊してしまわなければできないのである。(アーレント『全体主義の起源2 帝国主義』11頁)


なぜそうなのかといえば、国民国家が帝国と異なって、多数の民族や国家を支配する原理をもっていないからだ、とアーレントはいうのである。国民国家が他の国家や民族を支配するとき、それは帝国ではなく、「帝国主義」となる、と。そのように述べるとき、アーレントは、国民国家と異なる帝国の原理をローマ帝国に見出している。しかし、それは特にローマ帝国に限られるものではない。一般に、「帝国」に固有の原理なのである。


たとえば、オスマン・トルコは二〇世紀にいたるまで世界帝国として存続してきたが、その統治原理はまさに「帝国」的であった。オスマン王朝は住民をイスラム化しようとしなかった。各地の住民は固有の民族性や宗教、言語、時には政治体制や経済活動までをも、独自に保持していた。それは国民国家が成員を強制的に同質化するのとは対照的である。さらにまた、国民国家の拡張としての帝国主義が他民族に同質性を強要するのと対照的である。


オスマン「帝国」の解体、多数の民族の独立は、西欧諸国家の介入によってなされた。そのとき、西欧の諸国家は、諸民族を主権国家として帝国から解放するのだと主張した。それによって、諸国家は彼らを独立させて経済的に支配しようとしたのである。いうまでもなく、それは「帝国」ではなく「帝国主義」である。「帝国主義」とは、「帝国」の原理なしにネーション=ステートが他のネーションを支配することである。したがって、オスマン=トルコを解体させた西洋列強は、たちまちアラブ諸国のナショナリズムの反撃に出会ったのである。


「国民国家は征服者として現れれば必ず被征服民族の中に民族意識と自治の要求とを目覚めさせることになる」とアーレントはいう。だが、アジア的専制国家による征服が「帝国」となり、国民国家による征服が「帝国主義」となるのは、なぜなのか。この問題は、アーレントのいうような政治的統治の原理だけで考えることはできない。それは交換様式の観点から見ることによってのみ理解できる。


世界帝国の場合、征服は服従・貢納と安堵という交換に帰結する。つまり、世界帝国は交換様式Bにもとづく社会構成体である。広域国家である帝国は、征服された部族や国家の内部に干渉しない。ゆえに、同質化を強要することはない。むろん、支配者に対する反抗が起きないわけではない。世界帝国が版図を拡大すると、それに対する部族的反乱がたえず生じる。それがしばしば王朝を瓦解させる。しかし、それは社会のあり方を根本的に変えるものではない。帝国が滅んでも、別の帝国が再建されるからだ。


一方、国民国家の拡大としての帝国主義は、各地に国民国家を続出させる結果に終わる。それは、交換様式でいえば、帝国が交換様式Bにもとづく支配であるのに対して、帝国主義が交換様式Cにもとづく支配であるからだ。前者と違って、後者は旧来の社会構成体を根柢から変容させてしまう。すなわち、資本主義経済が部族的・農業的共同体を解体する。それが「想像の共同体」としてのネーションの基盤をもたらす。したがって、帝国の支配からは部族的反乱が生じるだけなのに、「帝国主義」的支配からは、ナショナリズムが生じる。こうして、帝国主義、つまり、国民国家による他の民族の支配は、意図せずして、国民国家を創り出してしまうのである。


国民国家はけっして白紙から生まれるのではない。それは先行する社会の「地」の上に生まれるのである。非西洋圏におけるナショナリズムの問題を考える場合、この「地」の違いに注意を払う必要がある。先に述べたように、旧来の世界は、近代世界システムの下で周辺部に追いやられたが、その状況はさまざまであった。旧世界帝国において、中核、周辺部、亜周辺部、圏外のいずれに位置したかによって、その状況が異なるのである。(柄谷行人『世界史の構造』第9章、2010年)





ネーションは交換様式A、帝国は交換様式B、帝国主義は交換様式Cだが、柄谷=アーレントが示している「帝国の原理」は交換様式Dに相当する。




帝国主義にネーション(あるいは未成熟な国民国家)が対抗しても、柄谷が『トランスクリティーク』で示しているようにファシズムになるだけである。それが現在のウクライナの姿であるだろう。



近代の国民国家と資本主義を超える原理は、何らかのかたちで帝国を回復することになる。〔・・・〕帝国を回復するためには、帝国を否定しなければならない。帝国を否定し且つそれを回復すること、つまり帝国を揚棄することが必要〔・・・〕。それまで前近代的として否定されてきたものを高次元で回復することによって、西洋先進国文明の限界を乗り越えるというものである。(柄谷行人『帝国の構造』2014年)

近代国家は、旧世界帝国の否定ないしは分解として生じた。ゆえに、旧帝国は概して否定的に見られている。ローマ帝国が称賛されることがままあるとしても、中国の帝国やモンゴルの帝国は蔑視されている。しかし、旧帝国には、近代国家にはない何かがある。それは、近代国家から生じる帝国主義とは似て非なるものである。資本=ネーション=国家を越えるためには、旧帝国をあらためて検討しなければならない。実際、近代国家の諸前提を越えようとする哲学的企ては、ライプニッツやカントのように、「帝国」の原理を受け継ぐ者によってなされてきたのである。(柄谷行人『帝国の構造』2014年)

帝国の原理がむしろ重要なのです。多民族をどのように統合してきたかという経験がもっとも重要であり、それなしに宗教や思想を考えることはできない。(柄谷行人ー丸川哲史 対談『帝国・儒教・東アジア』2014年)



……………


※付記


民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する。ここでは、個々人は共同体に内属している。したがって、民主主義は全体主義と矛盾しない。ファシズムや共産主義の体制は民主主義的なのである。(柄谷行人「歴史の終焉について」1990年『終焉をめぐって』所収)


民主主義に属しているものは、必然的に、まず第ーには同質性であり、第二にはーー必要な場合には-ー異質なものの排除または殲滅である。[…]民主主義が政治上どのような力をふるうかは、それが異邦人や平等でない者、即ち同質性を脅かす者を排除したり、隔離したりすることができることのうちに示されている。Zur Demokratie gehört also notwendig erstens Homogenität und zweitens - nötigenfalls -die Ausscheidung oder Vernichtung des Heterogenen.[…]  Die politische Kraft einer Demokratie zeigt sich darin, daß sie das Fremde und Ungleiche, die Homogenität Bedrohende zu beseitigen oder fernzuhalten weiß. (カール・シュミット『現代議会主義の精神史的地位』1923年版)

ボルシェヴィズム(共産主義)とファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的であるが、しかし、必ずしも反民主主義的ではない。民主主義の歴史には多くの独裁制があった。Bolschewismus und Fascismus dagegen sind wie jede Diktatur zwar antiliberal, aber nicht notwendig antidemokratisch. In der Geschichte der Demokratie gibt es manche Diktaturen, (カール・シュミット『現代議会主義の精神史的地位』1923年版)



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※付記2


以下の文は、フロイトの「抑圧されたものの回帰」概念の使い方にいくらか違和があるのだが、交換様式D が交換様式Aの高次元での回復と示している点については私には説得的であり、参考のために付け加えておく。


交換様式Dは、原初的な交換様式A(互酬性)の高次元における回復である。それは、たんに人々の願望や観念によるのではなく、フロイトがいう「抑圧されたものの回帰」として「必然的」である。(柄谷行人『世界史の構造』2010年)

社会主義とは互酬的交換を高次元で回復することにある。それは、分配的正義、つまり、再分配によって富の格差を解消することではなく、そもそも富の格差が生じないような交換的正義を実現することである。カントがそれを「義務」とみなしたとき、互酬的交換の回復が、人々の恣意的な願望ではなく、「抑圧されたものの回帰」として、一種の強迫的な理念として到来することを把握していたのである。(柄谷行人『世界史の構造』2010年)

資本=ネーション=国家を越える手がかりは、やはり、遊動性にある。ただし、それは遊牧民的な遊動性ではなく、狩猟採集民的な遊動性である。定住以後に生じた遊動性、つまり、遊牧民、山地人あるいは漂泊民の遊動性は、定住以前にあった遊動性を真に回復するものではない。かえって、それは国家と資本の支配を拡張するものである。〔・・・〕交換様式Dにおいて、何が回帰するのか。定住によって失われた狩猟採集民の遊動性である。それは現に存在するものではない。が、それについて理論的に考えることはできる。(柄谷行人『柳田国男と山人 』2014年)



フロイトの記述に則った厳密な観点におけるフロイトの「抑圧されたものの回帰」は次の二種類である。