2023年8月14日月曜日

抑圧された願望[verdrängte Wünsche]/抑圧された欲動[verdrängte Trieb]

 

◼️抑圧された願望/抑圧された欲動

抑圧された願望[verdrängte Wünsche](フロイト『夢解釈』第5章、1900年)

抑圧された欲動[verdrängte Trieb](フロイト『快原理の彼岸』第5章、1920年)


フロイトの願望はラカンの欲望のことであり、最初の文は「抑圧された欲望」としてもよい、《フロイト用語の願望をわれわれは欲望と翻訳する[Wunsch, qui est le terme freudien que nous traduisons par désir.]》(J.-A. Miller, MÈREFEMME, 2016)



以下、まず抑圧された願望(抑圧された欲望)について見ていく。


①抑圧された願望=抑圧された思考=症状形成

心的生における抑圧された願望[im Seelenleben verdrängte Wünsche](フロイト『夢解釈』第5章、1900年)

防衛闘争の発生とは前意識が抑圧された思考(対抗備給)への抵抗を強め、引き続いて無意識の願望の担い手である転移思考が、症状形成を通じてなんらかの形で妥協しながら浸透していくことである。

Es kommt dann zum Abwehrkampf, indem das Vbw den Gegensatz gegen die verdrängten Gedanken verstärkt (Gegenbesetzung), und in weiterer Folge zum Durchdringen der Übertragungsgedanken, welche Träger des unbewußten Wunsches sind, in irgendeiner Form von Kompromiß durch Symptombildung.  (フロイト『夢解釈』第7章)



②症状形成=妥協=代理満足=無意識の後裔=前意識

症状は妥協の結果であり代理満足だが、自我の抵抗によって歪曲され、その目標から逸脱している。die Symptome, die also Kompromißergebnisse waren, zwar Ersatzbefriedigungen, aber doch entstellt und von ihrem Ziele abgelenkt durch den Widerstand des Ichs. (フロイト『自己を語る』第3章、1925年)

代理形成は高次に組織化された無意識の後裔であり、しかし、例えば前意識の対抗備給による好都合な関係により、意識への突破に成功する。

Ebensolche höher organisierte Abkömmlinge des Ubw sind die Ersatzbildungen, denen aber der Durchbruch zum Bewußtsein dank einer günstigen Relation gelingt, wie z. B. durch das Zusammentreffen mit einer Gegenbesetzung des Vbw.(フロイト『無意識』第6章、1915年)



③前意識は、エスの無意識(本来の無意識)とは異なった自我の無意識=言語

私は、知覚体系Wに由来する本質ーーそれはまず前意識的であるーーを自我と名づけ、精神の他の部分ーーそれは無意識的であるようにふるまうーーをエスと名づけるように提案する。


Ich schlage vor, ihr Rechnung zu tragen, indem wir das vom System W ausgehende Wesen, das zunächst vbw ist, das Ich heißen, das andere Psychische aber, in welches es sich fortsetzt und das sich wie ubw verhält, …das Es. (フロイト『自我とエス』第2章、1923年)

精神分析は無意識をさらに区別し、前意識と本来の無意識に分離するようになった。die Psychoanalyse dazu gekommen ist, das von ihr anerkannte Unbewußte noch zu gliedern, es in ein Vorbewußtes und in ein eigentlich Unbewußtes zu zerlegen. (フロイト『自己を語る』第3章、1925年)



以上、まずは抑圧された願望(欲望)は抑圧された思考であり、言語に結びついている、ーー《欲望は言語に結びついている[le désir: il tient au langage]》(J.-A. MILLER "Le Point : Lacan, professeur de désir" 06/06/2013)。初期フロイトは《「防衛」、つまり意識からの表象の抑圧 „Abwehr", der Verdrängung von Vorstellungen aus dem Bewusstsein]》 (フロイト『ヒステリー研究』序文, 1895年)と言っているが、この表象の抑圧、これが自我の無意識=前意識である。この抑圧された表象は自我内に留まっており、エスへ抑圧されることはない。



フロイトはこうも言っている。

幻想生活と満たされぬ願望で支えられているイリュージョン[Diese Vorherrschaft des Phantasielebens und der vom unerfüllten Wunsch getragenen Illusion](フロイト『集団心理学と自我の分析』第2章、1921年)


つまり願望とは幻想のことであり、これがラカンが次のように言っている意味である。

(実際は)欲望の主体はない。幻想の主体があるだけである[il n'y a pas de sujet de désir. Il y a le sujet du fantasme](Lacan, AE207, 1966)


ここで確認すれば、欲望は本来の無意識とは異なる前意識ーー先に掲げたフロイト表現なら「無意識の後裔」ーーに過ぎない。


無意識の欲望は前意識に占拠されている[le désir inconscient envahit le pré-conscient](Solal Rabinovitch, La connexion freudienne du désir à la pensée, 2017)



………………


さて次に抑圧された欲動である。


❶抑圧された欲動=身体的要求

抑圧された欲動は、一次的な満足体験の反復を本質とする満足達成の努力をけっして放棄しない。あらゆる代理形成と反動形成と昇華は、欲動の止むことなき緊張を除くには不充分であり、見出された満足快感と求められたそれとの相違から、あらたな状況にとどまっているわけにゆかず、詩人の言葉にあるとおり、「束縛を排して休みなく前へと突き進む」(メフィストフェレスーー『ファウスト』第一部)のを余儀なくする動因が生ずる。

Der verdrängte Trieb gibt es nie auf, nach seiner vollen Befriedigung zu streben, die in der Wiederholung eines primären Befriedigungserlebnisses bestünde; alle Ersatz-, Reaktionsbildungen und Sublimierungen sind ungenügend, um seine anhaltende Spannung aufzuheben, und aus der Differenz zwischen der gefundenen und der geforderten Befriedigungslust ergibt sich das treibende Moment, welches bei keiner der hergestellten Situationen zu verharren gestattet, sondern nach des Dichters Worten »ungebändigt immer vorwärts dringt« (Mephisto im Faust, I, Studierzimmer)

(フロイト『快原理の彼岸』第5章、1920年)

エスの欲求によって引き起こされる緊張の背後にあると想定された力を欲動と呼ぶ。欲動は心的生に課される身体的要求である[Die Kräfte, die wir hinter den Bedürfnisspannungen des Es annehmen, heissen wir Triebe.Sie repräsentieren die körperlichen Anforderungen an das Seelenleben.](フロイト『精神分析概説』第2章、1939年)



❷エスの核に置き残された本来の無意識としての異者身体

人の発達史と人の心的装置において、〔・・・〕原初はすべてがエスであったのであり、自我は、外界からの継続的な影響を通じてエスから発展してきたものである。このゆっくりとした発展のあいだに、エスの或る内容は前意識状態に変わり、そうして自我の中に受け入れられた。他のものはエスの中で変わることなく、近づきがたいエスの核として置き残される。

die Entwicklungsgeschichte der Person und ihres psychischen Apparates […] Ursprünglich war ja alles Es, das Ich ist durch den fortgesetzten Einfluss der Aussenwelt aus dem Es entwickelt worden. Während dieser langsamen Entwicklung sind gewisse Inhalte des Es in den vorbewussten Zustand gewandelt und so ins Ich aufgenommen worden. Andere sind unverändert im Es als dessen schwer zugänglicher Kern geblieben. (フロイト『精神分析概説』第4章、1939年)

異者としての身体は本来の無意識としてエスのなかに置き残されたままである[Fremdkörper…bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年、摘要)



❸自我の治外法権にあるエスの欲動蠢動としての異者身体

自我はエスの組織化された部分である。ふつう抑圧された欲動蠢動は分離されたままである。 das Ich ist eben der organisierte Anteil des Es ...in der Regel bleibt die zu verdrängende Triebregung isoliert. 〔・・・〕


エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる。 Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen (フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)


以上、欲動は、自我の彼岸にある異者としての身体(エスの身体)に関わる。


これがラカンが次のように言っている意味である。

欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する[il y a un réel pulsionnel …je réduis à la fonction du trou](Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter, Strasbourg le 26 janvier 1975)

身体は穴である[(le) corps…C'est un trou](Lacan, conférence du 30 novembre 1974, Nice)

われわれにとって異者としての身体[ un corps qui nous est étranger](Lacan, S23, 11 Mai 1976)



さらにこうも言っている。

私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する[c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même].(Lacan, S23, 09 Décembre 1975)



つまり抑圧された欲動とは、より厳密に言えば、《原抑圧された欲動[primär verdrängten Triebe]》(フロイト『症例シュレーバー 』1911年)である。


われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)



ただしフロイトは晩年になればなるほど、原抑圧という語を稀にしか使わなくなり。ほとんどの場合、抑圧=原抑圧である。

抑圧はすべて早期幼児期に起こる。それは未成熟な弱い自我の原防衛手段である[Alle Verdrängungen geschehen in früher Kindheit; es sind primitive Abwehrmaßregeln des unreifen, schwachen Ichs.]。その後に新しい抑圧が生ずることはないが、なお以前の抑圧は保たれていて、自我はその後も欲動制御[Triebbeherrschung]のためにそれを利用しようとする。新しい葛藤は、われわれの言い表し方をもってすれば、後期抑圧[ Nachverdrängung]によって解決される。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』 第3章、1937 年)


この文の抑圧としての原防衛が原抑圧としての「抑圧された欲動」verdrängte Triebであり、他方、後期抑圧が「抑圧された願望」verdrängte Wünscheに相当する。