2023年7月15日土曜日

対象aは真珠の核にある砂粒である

 

もともと真珠は、貝の体内に砂などの異物が、偶然にも外套膜と呼ばれる貝殻をつくる組織と一緒に入り込んだときに生まれるもの。外套膜が真珠質(炭酸カルシウム) を出して、異物を包み込んだものが天然真珠なのです。(UWAJIMAN

LETTER 愛媛・宇和島



フロイトはもともと自然科学者として出発しているので、真珠がどのように形成されるかをおそらく知っていたのだろう。


フロイトは21才のときに、「ウナギの生殖腺の形態と構造について」「ヤツメウナギの脊髄神経節および脊髄について」 という論文を書いているぐらいで、いわばウナギのセクシャリティ研究者から出発している。

その後、この研究では充分に稼げない、あるいはユダヤ出自では大学教授になることも難しいと考えたせいもあるらしく、シャルコーに弟子入りしたりして、人間のセクシャリティの研究家になったのだから。


実際、冒頭の真珠形成の説明は、前回掲げたフロイトの真珠と砂粒の比喩にそっくりである。



真珠を形成する貝の周りの砂粒 [das Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet](フロイト『症例ドラ』1905年)

真珠の核にある砂粒[das Sandkorn im Zentrum der Perle]( フロイト『自慰論』1912年)

真珠層で貝が覆う砂粒 [Sandkorns, welches das Muscheltier mit den Schichten von Perlmuttersubstanz](フロイト『精神分析入門』第24章、1917年)



砂粒は異物であり、その異物を外套膜で包み込み真珠が出来上がる。この外套膜自体、前回示した「心的外被」として捉えうる。




ここにポール・バーハウの説明をつけ加えれば、さらにいっそうその相同性が瞭然とする。


フロイトには「真珠を形成する貝の周りの砂粒 [ Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet]」(『症例ドラ』1905年)というよく知られた隠喩がある。砂粒とは現実界の審級にあり、この砂粒に対して防衛されなければならない。真珠は砂粒への防衛反応であり、覆いあるいは容器、すなわち原症状の可視的な外部である。内側には、元来のリアルな出発点が、異物=異者としての身体[Fremdkörper]として影響をもったまま居残っている。


フロイトはヒステリーの事例にて、身体からの反応[Somatisches Entgegenkommen]ーー身体の何ものかが、いずれの症状の核のなかにも現前しているという事実ーーについて語っている。フロイト理論のより一般的用語では、この「身体からの反応」は、欲動の根[Triebwurzel]、あるいは固着点[Stelle der Fixierung]である。われわれは、ラカンに従って、この固着点のなかに、対象a を位置づけることができる。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders: A Manual for Clinical Psychodiagnostics,、2004)




ラカンのリアルな対象aは砂粒、真珠の核にある砂粒なのである(これ以外に剰余享楽としての対象aがあることに注意)。


残滓がある。分裂の意味における残存物である。この残滓が対象aである[il y a un reste, au sens de la division, un résidu.  Ce reste, …c'est le petit(a).  ](Lacan, S10, 21 Novembre  1962)

享楽は、残滓 (а)  による[la jouissance…par ce reste : (а)  ](Lacan, S10, 13 Mars 1963)

フロイトの異者は、残存物、小さな残滓である[L'étrange, c'est que FREUD…c'est-à-dire le déchet, le petit reste,](Lacan, S10, 23 Janvier 1963)

異者としての身体…問題となっている対象aは、まったき異者である[corps étranger,…le (a) dont il s'agit,…absolument étranger ](Lacan, S10, 30 Janvier 1963)

対象aはリビドーの固着点に現れる[petit(a) …apparaît que les points de fixation de la libido ](Lacan, S10, 26 Juin 1963)