2020年5月26日火曜日

黒いフェティッシュとブラックホール

ラカン には「黒いフェティッシュ fétiche noir 」という概念があるが僅かなことしか語っていない。そのせいで、ラカン注釈者のなかでまともに触れている人を見たことがない。せいぜい対象aの一種だろう程度である。

以下、今のわたくしはこう解釈するということを引用にて示す。


黒いフェティッシュと純粋シニフィアンの近似性
享楽が純化される jouissance s'y pétrifie とき、黒いフェティッシュ fétiche noir となる。(ラカン、E773、Kant avec Sade 1963年)
純粋対象、黒いフェティッシュpur objet, fétiche noir. (S10, 16 janvier 1963)
主体とシニフィアン自体との関係は、最も形式的な相[aspect le plus formel], 純粋シニフィアンの相[aspect de signifiant pur]にあり、われわれはそれを精神病の核に繋げなければならない。精神病は純粋シニフィアンのまわりに構成されている。(Lacan, S3, 31 Mai 1956)

純粋シニフィアン=現実界的シニフィアン
我々は強調しなければならない、ラカンがいかに無意識を理解したかを。彼は二つの用語を使っている。記号 symbole ・意味作用の原因としてのシニフィアン/文字 lettre ・純粋シニフィアン signifiant pur としてのシニフィアンの二種類である。純粋シニフィアンは言語のリアルな相dimension of the Real-of-languageある。(ロレンツォ・キエーザ Lorenzo Chiesa 『主体性と他者性』Subjectivity and Otherness、2007)
シニフィアンは、連鎖外にあるとき現実界的なものになる le signifiant devient réel quand il est hors chaîne 。(コレット・ソレールColette Soler、L'inconscient Réinventé, 2009)

本源的シニフィアン=トラウマの原象徴化
ラカンは、本源的シニフィアンを考えた。そのシニフィアンは、母の不在によって引き起こされたトラウマの原象徴化の試みである。Lacan thinks of elementary signifiers […]that attempts a primal symbolization of the trauma provoked by the mother's absence. (ロレンゾ・チーサLorenzo Chiesa、Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, 2007)
象徴化を導入する最初のシニフィアン(原シニフィアン)premier signifiant introduit dans la symbolisation、母なるシニフィアン le signifiant maternel(Lacan, S5, 15 Janvier 1958)

唯一の徴=原シニフィアン=享楽の侵入の記念=死の徴
私はフロイトのテキストから「唯一の徴 trait unaire」の機能を借り受けよう。すなわち「徴の最も単純な形式 forme la plus simple de marque」、「シニフィアンの起源 l'origine du signifiant」(原シニフィアン)である。我々精神分析家を関心づける全ては、フロイトの「唯一の徴 einziger Zug」に起源がある。(ラカン, S17, 14 Janvier 1970)
「唯一の徴 trait unaire」は、…享楽の侵入 une irruption de la jouissance を記念するものである。commémore une irruption de la jouissance (Lacan, S17, 11 Février 1970)
私が「徴 marque」、「唯一の徴 trait unaire」と呼ぶものは、「死の徴 (死に向かう徴付け marqué pour la mort)」である。…これは、「享楽と身体との裂け目、分離 clivage, de cette séparation  de la jouissance et du corps」…傷つけられた身体désormais mortifiéを基礎にしている。この瞬間から刻印の遊戯 jeu d'inscriptionが始まる。(ラカン、S17, 10 Juin 1970) 
死への道は、享楽と呼ばれるもの以外の何ものでもない。[le chemin vers la mort n’est rien d’autre que ce qu’on appelle la jouissance] (ラカン、S17、26 Novembre 1969)

唯一の徴≒骨象=文字対象a=固着
私が « 骨象 osbjet »と呼ぶもの、それは文字対象a[la lettre petit a]として特徴づけられる。そして骨象はこの対象a[ petit a]に還元しうる…最初にこの骨概念を提出したのは、フロイトの唯一の徴 trait unaire 、つまりeinziger Zugについて話した時からである。(ラカン、S23、11 Mai 1976)
後年のラカンは「文字理論」を展開させた。この文字 lettre とは、「固着 Fixierung」、あるいは「身体の上への刻印 inscription」を理解するラカンなりの方法である。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe『ジェンダーの彼岸 BEYOND GENDER 』2001年)
精神分析における主要な現実界の到来 l'avènement du réel majeur は、固着としての症状 Le symptôme, comme fixion・シニフィアンと享楽の結合 coalescence de signifant et de jouissance としての症状である。…現実界の到来は、文字固着 lettre-fixion、文字非意味の享楽 lettre a-sémantique, jouie である。(コレット・ソレール Colette Soler, Avènements du réel, 2017年)

骨象a=文字=享楽の固着=原穴埋め
享楽の固着という穴埋めもある。それをラカンは時に「文字」と呼んだ。il y a aussi le bouchon d'une fixion de jouissance []que Lacan appelle lettre à l'occasion. (コレット・ソレール Colette Soler, La passe réinventée ? , 2010)
穴埋めとしての現実界le réel comme bouchon…。…現実界の無意識は閉じられた無意識なのであるl'inconscient réel est un inconscient fermé. …リアルの穴埋め bouchon du réelである。(Colette Soler, L'acte analytique dans le Champ lacanien 2009)
R.S.I. (1974-1975)のセミネール2221-01-75)にて、ラカンは症状の現実界部分、あるいは「文字 lettre」概念を通した対象a を明示した。この「文字」は、欲動に関連したシニフィアンの核、現実界の享楽を固着する実体[the substance fixating the Real jouissance]である。(Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine wayPaul Verhaeghe and Frédéric Declercq, 2002

女性の享楽=穴埋めS(Ⱥ) =サントームΣ=対象a
私はS(Ⱥ) [穴の境界表象]にて、「斜線を引かれた女性の享楽 la jouissance de L femme」を示している。(ラカン, S20, 13 Mars 1973)
女性の享楽 la jouissance de la femme は非全体 pastout [Ⱥ]の補填 suppléance を基礎にしている。(……)女性の享楽は(a)という穴埋め [bouchon de ce (a) ]を見いだす。(ラカン、S20、09 Janvier 1973)
我々が……ラカンから得る最後の記述は、サントーム sinthome Σ である。Σ としてのS(Ⱥ) grand S de grand A barré comme sigma である。(ミレール「後期ラカンの教え Le dernier enseignement de Lacan LE LIEU ET LE LIEN 2001
S(Ⱥ)の代わりに対象aを代替しうる。substituer l'objet petit a au signifiant de l'Autre barré.(J.-A. MILLER, - Illuminations profanes - 16/11/2005)
S (Ⱥ)とは真に、欲動のクッションの綴じ目である。S DE GRAND A BARRE, qui est vraiment le point de capiton des pulsions(Miller, L'Être et l'Un, 06/04/2011)

S (Ⱥ)=超自我・原抑圧・死の欲動のシニフィアン
S(Ⱥ)に、フロイトの超自我の翻訳 transcription du surmoi freudienを見い出しうる。(J.-A.MILLER, L'Autre qui n'existe pas et ses Comités d'éthique - 27/11/96)
フロイトの原抑圧とは何よりもまず固着である。…この固着とは、身体的なものが心的なものの領野外に置き残されるということである。…原抑圧はS(Ⱥ) に関わる [Primary repression concerns S(Ⱥ)]。…この固着としての原抑圧は「現実界のなかに女というものを置き残すこと」として理解されうる。[Primary repression can […]be understood as the leaving behind of The Woman in the Real.  ](ポール・バーハウ PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST?, 1997)
私は、フロイトのテキストを拡大し、「性関係はないものとしての原抑圧の名[le nom du refoulement primordial comme Il n'y a pas de rapport sexuel」を強調しよう。…話す存在 l'être parlant にとっての固有の病い、この病いは排除と呼ばれる[cette maladie s'appelle la forclusion]。女というものの排除 la forclusion de la femme、これが「性関係はない 」の意味である。(Jacques-Alain Miller, Choses de finesse en psychanalyse III, Cours du 26 novembre 2008) 
死の欲動…それは超自我の欲動である。la pulsion de mort [...], c'est la pulsion du surmoi  (J.-A. Miller, Biologie lacanienne, 2000)


以上よりいくつかの用語を抜き出してしめせば、黒いフェティッシュは「ほぼ」これらの言葉と同じ内実を持っているのではないかという想定である。






というわけだが、これを受け入れるなら、究極的には次のようになるのではナカロウカ?



ブラックホールの境界表象としての黒いフェティッシュ
ジイドを苦悶で満たして止まなかったものは、女の形態の光景の顕現[apparition sur la scène d'une forme de femme、ヴェールが落ちて[son voile tombé]、ブラックホールtrou noir のみを見させる光景の顕現である。(Lacan, Jeunesse de Gide ou la lettre et le désir, Écrits 750, 1958)
あなたを吸い込むヴァギナデンタータ、究極的にはすべてのエネルギーを吸い尽すブラックホールとしてのS(Ⱥ)の効果…an effect of S(Ⱥ) as a sucking vagina dentata, eventually as an astronomical black hole absorbing all energy; (ポール・バーハウ PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST?、1997)
(『夢解釈』の冒頭を飾るフロイト自身の)イルマの注射の夢、…おどろおどろしい不安をもたらすイマージュの亡霊、私はあれを《メデューサの首 la tête de MÉDUSE》と呼ぶ。あるいは名づけようもない深淵の顕現と。あの喉の背後には、錯綜した場なき形態、まさに原初の対象 l'objet primitif そのものがある…すべての生が出現する女陰の奈落 abîme de l'organe féminin、すべてを呑み込む湾門であり裂孔 le gouffre et la béance de la bouche、すべてが終焉する死のイマージュ l'image de la mort, où tout vient se terminer …(ラカン, S2, 16 Mars 1955)