2020年5月9日土曜日

症状の二重構造文献


症状の二重構造:現実界の症状/象徴界の症状
フロイトはその理論の最初から、症状には二重の構造があることを識別していた。一方には「欲動」、他方には「心的なもの」である(現勢神経症と精神神経症)。ラカン用語なら、現実界と象徴界である。

これはフロイトの最初の事例研究「症例ドラ」に明瞭に現れている。この事例において、フロイトは防衛理論については何も言い添えていない。防衛の「精神神経症」については、既に先行する二論文(1894, 1896)にて詳述されている。逆に「症例ドラ」の核心は、症状の二重構造だと言い得る。フロイトが焦点を当てるのは、現実界、すなわち欲動に関する要素である。彼はその要素を「身体側からの反応 Somatisches Entgegenkommen」という用語で示している。この語は、『性理論三篇』にて、「リビドーの固着 Fixierung der Libido(欲動の固着 fixierten Trieben)」と呼ばれるようになったものである。(⋯⋯

この二重構造の光の下では、どの症状も二様の方法で研究されなければならない。ラカンにとって、恐怖症と転換症状は《症状の形式的封筒 l'enveloppe formelle du symptôme 》(ラカン、E66)に帰着する。つまり欲動の現実界へ象徴的形式を与えるものである。したがって症状とは、享楽の現実界的核のまわりに設置された構築物である。フロイトの表現なら、《真珠貝が真珠を造りだすその周囲の砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet 》(『あるヒステリー患者の分析の断片(症例ドラ)』1905)。享楽の現実界は症状の地階あるいは根なのであり、象徴界は上部構造なのである。(Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq, Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way 、2002)


以下、フロイトから直接引用して確認しておこう。


砂粒/真珠:地階の身体的リアル/上階の心的外被
ここで、咳 Husten や嗄れ声 Heiserkeit の発作に対して見出したさまざまな決定因を総括してみたい。地階Zuunterst in der Schichtung には「器官的な誘引としてのリアルな咳の条件 realer, organisch bedingter Hustenreiz があることが推定され、それは「真珠貝が真珠を造りだすその周囲の砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet 」のようなものである。

この刺激は固着しうる Reiz ist fixierbar が、それはその刺激がある身体領域と関係するからであり、ドラの場合、その身体領域 Körperregionが性感帯 erogenen Zone としての意味をもっているからなのである。したがってこの領域は興奮したリビドー erregten Libidoを表現するのに適しており、(このカタル Katarrhs)はおそらく、最初の心的外被psychische Umkleidungである。(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片 Bruchstück einer Hysterie-Analyse(症例ドラ)』1905年)

現勢神経症/精神神経症:身体的なもの/心的なもの
現勢神経症Aktualneuroseは(…)精神神経症psychoneuroseに、必要不可欠な「身体側からの反応 somatische Entgegenkommen」を提供する。現勢神経症は刺激性の(興奮を与える)素材を提供する。そしてその素材は「心的に選択され、心的外被 psychisch ausgewählt und umkleidet」を与えられる。従って一般的に言えば、精神神経症の症状の核ーー真珠の核にある砂粒 das Sandkorn im Zentrum der Perleーーは身体-性的な発露から成り立っている。(フロイト『自慰論』Zur Onanie-Diskussion、1912年)

地階/上階:リビドー興奮/代理満足
現勢神経症 Aktualneurose の症状は、しばしば、精神神経症 psychoneurose の症状の核Kernであり、先駆け Vorstufe である。この種の関係は、神経衰弱 neurasthenia と「転換ヒステリー Konversionshysterie」として知られる転移神経症 Übertragungsneurose、不安神経症 Angstneurose と不安ヒステリー Angsthysterie とのあいだで最も明瞭に観察される。しかしまた、心気症 Hypochondrie とパラフレニア Paraphrenie (早期性痴呆 dementia praecox と パラノイア paranoia) の名の下の障害形式のあいだにもある。

ヒステリー 的頭痛あるいは腰痛を例にとろう。分析が示すのは、これは、圧縮Verdichtungと置換 Verschiebung を通しての、一連の全リビドー 的幻想 libidinösen Phantasien あるいは記憶 Erinnerungen にとっての代理満足 Befriedigungsersatz だということである。
しかしこの苦痛はかつてはリアルなものだった Schmerz war auch einmal real。当時、この苦痛は直接の性的中毒症状 sexualtoxisches Symptom だった。すべてのヒステリー症状は、このような核 Kern をもっていると主張するどんな手段もわれわれは持たないが、これはきわめてしばしば起こっており、リビドー興奮 libidinöse Erregung による身体の上への影響 Beeinflussungen des Körpers の全標準的あるいは病因的なものは、ヒステリー症状形成 Symptombildung der Hysterie の殆どの支柱である。

したがってリビドー興奮は、「母なる真珠の実体 Perlmuttersubstanz の層もった真珠貝を包む砂粒 Sandkorns, welches das Muscheltier mit den Schichten von Perlmuttersubstanz 」の役割を果たす。同様に、性行為 Geschlechtsakt をともなう性的興奮 sexuellen Erregung の一時的徴 vorübergehenden Zeichenは、精神神経症によって、症状形成にとっての最も便利で適当な素材としてつかわれる。(フロイト『精神分析入門』第24章、1916年)

原抑圧/後期抑圧:現勢神経症/精神神経症
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧Verdrängungenは、後期抑圧 Nachdrängen の場合である。それは早期に起こった原抑圧 Urverdrängungen を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力 anziehenden Einfluß をあたえる。……

原抑圧 Verdrängungen は現勢神経症 Aktualneurose の原因として現れ、抑圧Verdrängungenは精神神経症 Psychoneurose に特徴的である。(……)

現勢神経症 Aktualneurosen の基礎のうえに、精神神経症 Psychoneurosen が発達する。(……)

外傷性戦争神経症 traumatischen Kriegsneurosenという名称はいろいろな障害をふくんでいるが、それを分析してみれば、おそらくその一部分は現勢神経症 Aktualneurosen の性質をわけもっているだろう。(フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)


人には原抑圧の症状と抑圧の症状がある。これが、フロイトが心的外被とリビドー的な身体(リビドー固着)という表現で言っていることである。




そして現在、心的外被が剥がれ落ちて、リビドーの固着の症状の患者が顕著になっている。これが、ラカン派が、21世紀は原抑圧の時代と言っている意味である。


後期ラカンにとって、症状は「身体の出来事」として定義される(…)。症状は現実界に直面する。シニフィアンと欲望に汚染されていないリアルな症状である。…症状を読むことは、症状を原形式に還元することである。この原形式は、これは身体とシニフィアンとのあいだの物質的遭遇にある(…)。これはまさに主体の起源であり、書かれることを止めない。--《現実界は書かれることを止めない。 le Réel ne cesse pas de s'écrire)(ラカン、S 25, 10 Janvier 1978)ーー。我々は「フロイトの原抑圧の時代[the era of the ‘Ur' – Freud's Urverdrängung])にいるのである。ジャック=アラン・ミレール はこの「原初の身体の出来事」とフロイトの「固着」を結びつけている。フロイトにとって固着は抑圧の根である。固着はトラウマの審級にある。それはトラウマの刻印ーー心的装置における過剰なエネルギーの瞬間の刻印--である。ここにおいて欲動要求の反復が生じる。(Report on the Preparatory Seminar Towards the 10th NLS Congress "Reading a Symptom", 2012)