2022年7月25日月曜日

トラウマへの固着文献


◼️1917年

外傷神経症は、外傷的出来事の瞬間への固着がその根に横たわっていることを明瞭に示している。Die traumatischen Neurosen geben deutliche Anzeichen dafür, daß ihnen eine Fixierung an den Moment des traumatischen Unfalles zugrunde liegt. 


これらの患者はその夢のなかで、規則的に外傷的状況を反復する。In ihren Träumen wiederholen diese Kranken regelmäßig die traumatische Situation;

また分析の最中にヒステリー形式の発作がおこる。この発作によって、患者は外傷的状況のなかへの完全な移行に導かれる事をわれわれは見出す。

wo hysteriforme Anfälle vorkommen, die eine Analyse zulassen, erfährt man, daß der Anfall einer vollen Versetzung in diese Situation entspricht. 


それは、まるでその外傷的状況を終えていず、処理されていない急を要する仕事にいまだに直面しているかのようである。…Es ist so, als ob diese Kranken おmit der traumatischen Situation nicht fertiggeworden wären, als ob diese noch als unbezwungene aktuelle Aufgabe vor ihnen stände〔・・・〕


この状況が我々に示しているのは、心的過程の経済論的観点である。事実、「外傷的」という用語は、経済論的な意味以外の何ものでもない。

sie zeigt uns den Weg zu einer, heißen wir es ökonomischen Betrachtung der seelischen Vorgänge. Ja, der Ausdruck traumatisch hat keinen anderen als einen solchen ökonomischen Sinn.


われわれは外傷的という語を次の出来事に用いる。すなわち、短期間の間に刺激の増加が通常の仕方で処理したり解消したりできないほど強力なものとして心に現れ、エネルギーの作動の仕方に永久的な障害をきたす経験である。

Wir nennen so ein Erlebnis, welches dem Seelenleben innerhalb kurzer Zeit einen so starken Reizzuwachs bringt, daß die Erledigung oder Aufarbeitung desselben in normalgewohnter Weise mißglückt, woraus dauernde Störungen im Energiebetrieb resultieren müssen. (フロイト『精神分析入門』第18講「トラウマへの固着、無意識への固着 Die Fixierung an das Trauma, das Unbewußte」1917年)



◼️1920年

夢の研究は、深層心理過程の探究をみちびく最もたしかな道とみなすことができる。外傷性神経症におこる夢は、思者を災害の場面に繰りかえし引きもどすという性格をもっており、患者はそのたびに驚愕をあらたにして目ざめる。この点について人はほとんどあやしまない。

Das Studium des Traumes dürfen wir als den zuverlässigsten Weg zur Erforschung der seelischen Tiefenvorgänge betrachten. Nun zeigt das Traumleben der traumatischen Neurose den Charakter, daß es den Kranken immer wieder in die Situation seines Unfalles zurückführt, aus der er mit neuem Schrecken erwacht. Darüber verwundert man sich viel zuwenig.


トラウマ的出来事による刻印の強度の証拠として、睡眠中にでさえ、たえず患者はその場面へと強制される[aufdrängt」と人は考える。Man meint, es sei eben ein Beweis für die Stärke des Eindruckes, den das traumatische Erlebnis gemacht hat, daß es sich dem Kranken sogar im Schlaf immer wieder aufdrängt. 


いわば患者は心的にトラウマへ固着させられているのである。

Der Kranke sei an das Trauma sozusagen psychisch fixiert。


病いを引き起こす出来事への固着は、われわれにとって、ヒステリーの事例において遠いむかしから馴れ親しんでいる。1893年にブロイアー&フロイトは「ほとんどのヒステリー患者はレミニサンスに苦しむ」と公表した。Solche Fixierungen an das Erlebnis, welches die Erkrankung ausgelöst hat, sind uns seit langem bei der Hysterie bekannt. Breuer und Freud äußerten 1893: Die Hysterischen leiden großenteils an Reminiszenzen. 


戦争神経症についても、フェレンツィやジンメルのような観察者は、かなりの動因的症状をトラウマが起こった瞬間への固着によって説明することができた。Auch bei den Kriegs-neurosen haben Beobachter wie Ferenczi und Simmel manche motorische Symptome durch Fixierung an den Moment des Traumas erklären können. (フロイト『快原理の彼岸』第2章、1920年)



※1893年

トラウマないしはトラウマの記憶は、異物(異者としての身体 [Fremdkörper] )のように作用する。この異物は体内への侵入から長時間たった後も、現在的に作用する因子として効果を持つ。〔・・・〕この異物としてのトラウマは、引き金を引く動因として、たとえば後の時間に目覚めた意識のなかに心的な痛みを呼び起こす。ほとんどのヒステリー症者はレミニサンスに苦しむのである。

das psychische Trauma, respektive die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt, welcher noch lange nach seinem Eindringen als gegenwärtig wirkendes Agens gelten muß..…als auslösende Ursache, wie etwa ein im wachen Bewußtsein erinnerter psychischer Schmerz …  der Hysterische leide größtenteils an Reminiszenzen.(フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年)



◼️1933年

トラウマへの無意識的固着[die unbewußte Fixierung an ein Trauma]は、夢の機能[Traumfunktion]の障害のなかで最初に来るように見える。睡眠者が夢をみるとき、夜のあいだの抑圧の解放は、トラウマ的固着[traumatischen Fixierung]の圧力上昇を現勢化させ、夢の作業を機能させる失敗[versagt die Leistung seiner Traumarbeit]を引き起こす傾向がある。夢の作業はトラウマ的出来事の記憶痕跡[Erinnerungsspuren der traumatischen Begebenheit]を願望実現[Wunscherfüllung]へと移行させるものだが。夢の作業の失敗という環境において起こるのは、人は眠れないことである。人は、夢の機能の失敗の恐怖から睡眠を諦める。

ここで外傷性神経症[traumatische Neurose ]は我々に究極の事例を提供してくれる。だが我々は幼児期の出来事もまたトラウマ的特徴をもっていることをまた認めなければならない[aber man muß auch den Kindheitserlebnissen den traumatischen Charakter zugestehen ](フロイト『続精神分析入門』29. Vorlesung. Revision der Traumlehre, 1933 年)




◼️1939年

病因的トラウマ、この初期幼児期のトラウマはすべて五歳までに起こる[ätiologische Traumen …Alle diese Traumen gehören der frühen Kindheit bis etwa zu 5 Jahren an]〔・・・〕


問題となる出来事は、おおむね完全に忘却されている。記憶としてはアクセス不能で、幼児型健忘の期間内にある。その出来事は、「隠蔽記憶」として知られる、いくつかの分割された記憶残滓へと通常は解体されている。Die betreffenden Erlebnisse sind in der Regel völlig vergessen, sie sind der Erinnerung nicht zugänglich, fallen in die Periode der infantilen Amnesie, die zumeist durch einzelne Erinnerungsreste, sog. Deckerinnerungen, durchbrochen wird.〔・・・〕


このトラウマは自己身体の出来事もしくは感覚知覚である[Die Traumen sind entweder Erlebnisse am eigenen Körper oder Sinneswahrnehmungen]。


また疑いもなく、初期の自我への傷(ナルシシズム的屈辱)である。gewiß auch auf frühzeitige Schädigungen des Ichs (narzißtische Kränkungen)〔・・・〕


トラウマの影響は両面がある。ポジ面とネガ面である。Die Wirkungen des Traumas sind von zweierlei Art, positive und negative.


ポジ面は、トラウマを再生させようとする試み、すなわち忘却された出来事の想起、よりよく言えば、トラウマを現実的なものにしようとする、トラウマを反復して何度も新たに経験しようとすることである。さらに忘却された経験が、初期の情動的結びつきであるなら、誰かほかの人との類似的関係においてその情動的結びつきを復活させることである。

Die ersteren sind Bemühungen, das Trauma wieder zur Geltung zu bringen, also das vergessene Erlebnis zu erinnern, oder noch besser, es real zu machen, eine Wiederholung davon von neuem zu erleben, wenn es auch nur eine frühere Affektbeziehung war, dieselbe in einer analogen Beziehung zu einer anderen Person neu wiederaufleben zu lassen.

このトラウマの作用はトラウマへの固着と反復強迫として要約できる。Man faßt diese Bemühungen zusammen als Fixierung an das Trauma und als Wiederholungszwang. 


この固着は、標準的自我と呼ばれるもののなかに含まれ、絶え間ない同一の傾向をもっており、不変の個性刻印 と呼びうる。Sie können in das sog. normale Ich aufgenommen werden und als ständige Tendenzen desselben ihm unwandelbare Charakterzüge verleihen〔・・・〕


したがって幼児期に「現在は忘却されている過剰な母との結びつき」を送った男は、生涯を通じて、彼を依存させてくれ、世話をし支えてくれる女を求め続ける。So kann ein Mann, der seine Kindheit in übermäßiger, heute vergessener Mutterbindung verbracht hat, sein ganzes Leben über nach einer Frau suchen, von der er sich abhängig machen kann, von der er sich nähren und erhalten läßt. 


初期幼児期に「性的誘惑の対象」にされた少女は、同様な攻撃を何度も繰り返して引き起こす後の性生活へと導く。Ein Mädchen, das in früher Kindheit Objekt einer sexuellen Verführung wurde, kann ihr späteres Sexualleben dar-auf einrichten, immer wieder solche Angriffe zu provozieren. 〔・・・〕

ネガ面の反応は逆の目標に従う。忘却されたトラウマは何も想起されず、何も反復されない。我々はこれを「防衛反応」として要約できる。その基本的現れは、「回避」と呼ばれるもので、「制止」と「恐怖症」に強化される可能性がある。Die negativen Reaktionen verfolgen das entgegengesetzte Ziel, daß von den vergessenen Traumen nichts erinnert und nichts wiederholt werden soll. Wir können sie als Abwehrreaktionen zusammenfassen. Ihr Hauptausdruck sind die sog. Vermeidungen, die sich zu Hemmungen und Phobien steigern können.


これらのネガ反応もまた、「個性刻印」に強く貢献している。ネガ反応はポジ反応と同様に「トラウマへの固着」である。それはただ「反対の傾向への固着」という相違があるだけである。Auch diese negativen Reaktionen leisten die stärksten Beiträge zur Prägung des Charakters; im Grunde sind sie ebenso Fixierungen an das Trauma wie ihre Gegner, nur sind es Fixierungen mit entgegengesetzter Tendenz.(フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1939年)



◼️1937年

すべての神経症的障害の原因は混合的なものである[Die Ätiologie aller neurotischen Störungen ist ja eine gemischte; ]。すなわち、それはあまりに強すぎる欲動が自我による飼い馴らしに反抗しているか、あるいは幼児期の、すなわち初期のトラウマ体験を、当時未成熟だった自我が支配することができなかったためかのいずれかである[es handelt sich entweder um überstarke, also gegen die Bändigung durch das Ich widerspenstige Triebe, oder um die Wirkung von frühzeitigen, d. h. vorzeitigen Traumen, deren ein unreifes Ich nicht Herr werden konnte. ]

概してそれは二つの契機、素因的なものと偶然的なものとの結びつきによる作用である。素因的なものが強ければ強いほど、速やかにトラウマは固着を生じやすく、精神発達の障害を後に残すものであるし、トラウマ的なものが強ければ強いほどますます確実に、正常な欲動状態においてもその障害が現われる可能性は増大する。[In der Regel um ein Zusammenwirken beider Momente, des konstitutionellen und des akzidentellen. Je stärker das erstere, desto eher wird ein Trauma zur Fixierung führen und eine Entwicklungsstörung zurücklassen; je stärker das Trauma, desto sicherer wird es seine Schädigung auch unter normalen Triebverhältnissen äußern. ](フロイト『終りある分析と終りなき分析』第2章、1937 年)



出産外傷、つまり出生という行為は、一般に母への原固着[ »Urfixierung«an die Mutter ]が克服されないまま、原抑圧[Urverdrängung]を受けて存続する可能性をともなう原トラウマ[Urtrauma]と見なせる。

Das Trauma der Geburt .… daß der Geburtsakt,… indem er die Möglichkeit mit sich bringt, daß die »Urfixierung«an die Mutter nicht überwunden wird und als »Urverdrängung«fortbesteht. …dieses Urtraumas (フロイト『終りある分析と終りなき分析』第1章、1937年、摘要)



…………………


※付記


◼️動物の外傷神経症(=トラウマへの固着)

動物は端的に苦痛を表出し、強迫とヒステリー行動を示し、生命にかかわる拒食や変形を残す自傷を行い、時に死ぬが、また適切な精神療法に反応し、臨床心理士の実習に取り入れてよいとさえ思われる。ただ、擬人化した思い込みは、ある程度は人間の本性に根ざしたもので避け難い。しかし、その自覚は必要だろう。


「我慢する」動物ゆえに、ヒトの外傷は動物よりも発見が困難である。外傷的原因が特定できる阪神・淡路大震災においても、精神科医たちは初めPTSDが非常に少ないという印象を持った。それは、一つは「PTSD(Rを含む)にかかっている精神科医はPTSD(R)を診断することが困難である」という点にある。これは災害時だけでなく、自身に傷口が開いたままの外傷を持っている治療者には平時においても起こることと考えなければならない。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・外傷・記憶』所収)



一般に神経症こそ生物に広く見られる事態である。その点は内因性精神障害と対照的であると私は思っている。私は獣医学にうといので、私自身の観察を挙げる。


1995年1月17日未明の阪神淡路大震災の直後から、私は折にふれてペットを観察した。多くのペットの受けたダメージはその飼い主であるヒトをはるかに凌ぐものであった。この地域は六甲山の北側であって地盤がよく、家屋損傷に留まり、震度は5程度であったかと思われる。


〔症例1〕 ある裕福な家庭のゴールデン・リトリーヴァーは、せっかくの訓練が全部抜けてただの甘え犬になった。初対面の私にもすりよってきた。〔・・・〕


〔症例2〕 一軒屋の家屋に接した犬小屋にいた雑種犬は、通りかかる人にいつも垣根の端から端まで吠えていた犬であった。震災の朝も彼は繋がれていなかったと思われる(……)が、道に面した凸レンズ形の庭石の上に「忠犬ハチ公」の姿勢で不動であり、前に立つ私を眼にもとめなかった。8カ月後にようやく私を認めて一声弱々しくワンと吠えた。彼が石を離れた時1年を越えていた。2、3年後には多少は吠えるようになっていたが、かつての元気が戻ることはなかった。〔・・・〕


〔症例3〕 震度6―7の地域のマンションの2匹の飼い猫である。若い1匹は本に押しつぶされたが、8歳のもう1匹は機敏に安全な場所に逃れた。大学英文科教授の夫人は、猫がおかしい行動をすると私に語った。その後まもなく、彼は、夫婦を起こすようになり、起きるまで髪の毛を前肢で掻くのであった。〔・・・〕起こすのは、朝の5時台で、必ず震災の起こった5時46分より前であった。〔・・・〕ちなみに、朝寝坊であった私も、震災以後、強力な睡眠薬を使用した数度を除いて、必ず、5時46分以前に目覚めて今に至っている。ちょうど、その時刻に目覚めることがある。このことを意識したのは、この猫をみて以来であった。最近、時刻の生物時計の全身細胞への分布が明らかとなっている。……


〔症例4〕 垣根の中で放し飼いだった2匹の犬は、震災直後も前同様、通りかかる私に吠えてやまなかった。この犬の飼い主にたまたま会った。犬は2匹とも2年以内に亡くなっていた。

〔・・・〕


私が挙げた動物症例では、ペットに比して飼い主の地震に対する反応は非常に軽い。それはどうしてであろうか。さまざまな付随的事情が飼い主に有利なこともあろうが、ヒトが開発した言語の存在が大きいと思われる。言語は伝承と教育によって「地震」という説明を与えた。家族、近隣との会話を与えた。そして、ヒトの五官は動物に比べて格段に鈍感である。それは大脳新皮質の相当部分が言語活動に転用されたためもあり、また、そもそも、言語がイメージの圧倒的な衝拍を減圧する働きを持っていることにもよるだろう。


しかし、ここで、心的外傷がヒトにおいても深く動物と共通の刻印を脳/マインドに与えるものであることは考えておかなければならない。記憶はそもそも五官ではなしえない「眼の前にないものに対する警告」として誕生した可能性がある。外傷性記憶は特にそうである。その鮮明な静止的イメージは端的な警告札である。一般にイメージは言語より衝拍が強く、一瞥してすべてを同時的に代表象REPRESENTしうる。人間においてもっとも早く知られたフラッシュバックは覚醒剤使用者のそれである。そもそも幼児記憶も同じ性格を帯びており、基本的な生存のための智慧はそれによって与えられている。外傷性記憶が鮮明であるのに言語的な表現が困難であるのは、外傷という深く生命に根ざした記憶という面があってのことと思われる。「回避」はもっとも後まで残る症状とされるが、これは動物が主にそれによって行動するような言語以前の直観によるものであると私は思う。私がなぜ回避するかは、理屈はつけられるだろうが、実状は「いやーな感じ(あるいは恐怖のようなもの)がしてどうしても足が向かない」のが回避である。したがって、心的外傷は、言語によって知られる他の精神障害の多くより伝達性に乏しい。言語化しにくいだけではない。痛みというものは訴えても甲斐がない。(中井久夫「トラウマについての断想」初出2006年『日時計の影』所収)




◼️ヒトラーと外傷性戦争神経症

ヒトラーがユダヤ人をガスで殺したのは、第一次大戦の毒ガス負傷兵であった彼の、被害者が加害者となる例であるからだという推定もある。薬物中毒者だったヒトラーを戦争神経症者として再検討することは、彼を「理解を超えた悪魔」とするよりも科学的であると私は思う。(中井久夫 「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)


ヒトラーは1918年(29歳)、第一次世界対戦でのロシア前線に従軍しているときに毒ガス攻撃に遭遇し、ポメラニア(現ポーランド北西部からドイツ北東部にかけて広がる地域)のパーゼヴァルク Pasewalk 病院に入院している。


ヒトラーの『我が闘争 Mein Kampf』の記述はすべてが事実ではないとされるが、彼は1918年10月13日夕方以降の出来事についてこう記している。《ガス爆弾が夜中、雨のように降りかかり、夜半、我々の多くは失神した。多くの仲間はそのまま永遠に。私もまた、朝に向けて苦痛に囚われ、時を経る毎により酷い痛みに襲われた。そして朝の7時、私は灼けつくような目の痛みによろめき揺らいだ。数時間後には私の両目は、灼熱した炭になり、周りは暗闇に変じた。》


ヒトラーは不眠症で多量の睡眠薬・コカイン等を摂取したことでも知られている。特に第二次大戦中は、秘書たちと夜を徹して談話に耽り、朝6時頃に寝入り、午後1時から2時に起きるなどという事態になった。そして部下とともの遅い昼食の前にも、強迫的なモノローグを延々と続けたという話もある。




◼️ビルマ戦線での外傷性戦争神経症

私の子ども時代といえば、明治生まれはまだ若くて、元治だとか嘉永だとか万延生まれの人がおられました。この時代、日露戦争の勇士は戦争体験を語らないと言われていました。一般に明治人は寡黙であり、これは明治人の人徳であると思われてしました。けれども、今から考えるとそうではなくて、日露戦争は、最後は白兵線つまり銃剣で戦われたわけです。それはほとんど語りえないものであったのではないだろうかと思うのです。


その一つの傍証を挙げましょう。精神科の大先輩の話ですが、軍医として太平洋戦争に参加している人です。一九七七年にジャワで会った時には、戦争初期のジャワでの暮らしが、いかに牧歌的であったかという話を聞かせてくれました。先生はその後ビルマに行かれたのですが、そちらに話を向けても「あっ、ビルマ。ありゃあ地獄だよ」と言ってそれでおしまいでした。


ところが一九九五年の阪神淡路大地震のあとお会いした時には、「実は、今でもイギリスの戦闘機に追いかけられる夢を毎晩見るんだ」ということを言われました。震災について講演に行くと、最前列に座っているのが白髪の精神科の長老たちで、これまであまり側に寄れなかったような人たちですが、講演がすんだら握手を求めに来て「戦争と一緒だねえ」というようなことを言われるわけですね。神戸の震災によって外傷的な体験というものが言葉で語ってもいいという市民権を得たのだなと思いました。それまでずっと黙っておられたのですね。(中井久夫「外傷神経症の発生とその治療の試み」2002年『徴候・記憶・外傷』所収)




◼️性的被害による外傷神経症

治療における患者の特性であるが、統合失調症患者を診なれてきた私は、統合失調症患者に比べて、外傷系の患者は、治療者に対して多少とも「侵入的」であると感じる。この侵入性はヒントの一つである。それは深夜の電話のこともあり、多数の手紙(一日数回に及ぶ!)のこともあり、私生活への関心、当惑させるような打ち明け話であることもある。たいていは無邪気な範囲のことであるが、意図的妨害と受け取られる程度になることもある。彼/彼女らが「侵入」をこうむったからには、多少「侵入的」となるのも当然であろうか。世話になった友人に対してストーキング的な電話をかけつづける例もあった。


特に、男性治療者に対する誘惑的な態度は、不幸にもレイプによって女性としての歴史を始めた場合に多い印象がある。それは必ずしも治療者ではなく異性一般に向かい、時に結ばれるところまで行くが、結婚の場合、男性側の「同情結婚」となっていることも多く、しかも結婚当初から波瀾が多く、不仲を継続している。その中には結婚に伴う行為が配偶者にはわからないままでセカンド・レイプになっている場合もあるにちがいない。配偶者がこれに気づくことは一般に期待できず、事態は螺旋状に悪循環となって、精神科医に相談されるならまだしも、そのまま離婚となっている場合も少なくないのではないか。「夫の理不尽性」が主訴であって、しかも具体的内容に乏しい時には、特にその可能性が高い。


それが思春期の事件であった場合だけでなく、幼児の性虐待の再演である場合もある。成人期における男女交際において、同情的な男性も親密になれば性的接近にうかうかと陥る。これが女性には過去の再演となる。これは、児童期の性虐待自体がまず同情を示して児童に接近する場合が少なくないからであろう。一見「堅い」人物が性的劣等感を持ち、あるいは社会的に禁欲を強いられ(寡夫や障碍者)ているうちに、たまたま攻撃者となり、攻撃が児童に向かって時に噴出することがありうる。男性教師が、不幸な家庭の、才能があって美しい女性徒に同情し可愛がることが、性的凌辱に終わることもあり、結婚に至ることもあるが、幸福な結婚となる場合もそうでない場合もある。婚外関係において、打ち明け手と選んだ「立派な」人が性的接近者となってしまう場合もある。彼女は「結局はこの人も男性にすぎないのだ」と結論し、隠微な方法でこれは世間に暴露する。男性一般への一つの復仇である。こういう場合に「境界型人格障害」という診断を下すのはまだしも、インテンシヴな治療を試みて難症化が起こることは大いにありうるのではないか。

犠牲者は聖者ではない。彼女が傷口に塩を塗るような「精神的リストカット」を行うことも、外傷の再演を強迫的に求めることも、どんな男性もしょせん男性であることを確認しようとすることも、これらがすべてないまぜになっていることもありうる。


スイスの研究者ヴィリーがその論文「ヒステリー性結婚」において挙げているいくつかの例は明らかに同情結婚である。彼は同情する男性でなく同情される一見清純な女性のほうに過去の男性関係があることを述べ、さらに彼のいうヒステリー性結婚においては性は妻の権力の道具となり、同情する夫が性的に迫れば「不潔」と退け、遠ざかっていると「冷たい」と罵ることによって、夫の立つ瀬をなくし、支配するさまを、最後の乾ききった「ヒステリー性欠損結婚」期まで四期にわけて追跡しているが、ヴィリーがいささか辛口の皮肉を交えて述べている女性たちがかつての性被害者である可能性を私は思わずにはいられない。性を権力の道具として女性を支配するのは性加害者の特徴であるからである。妻の現在の行動は加害者との同一視を経ての性の権力化であろうか、それとも転移を経ての、あるいは異性一般への端的な復讐であろうか。「男性は皆五十歩百歩である」ことを反復確認しているのであろうか。そしてそれは被害者の自責感を軽減するのであろうかまた、「同情的結婚者」も意識的・無意識的に「恩に着せる」支配者でありうる。夫からのDVへの通路も開かれている。


幻想的復讐を初め、これらの被害者側の行為は外傷の治癒に寄与せず、むしろ「化膿」をひどくするからこそ強迫的反復が起こるのであろう。治療者も、この行為の被害者(にして加害者)となることがあり、その確率は相手の外傷被害性に気づいていない場合に特に高い。特定の具体的被害を同定する前に、これらを含めて外傷被害者的特性に対する感覚を持っている必要がここにある。通常の逆転移分析では足りない。いずれにせよ、このような例では、治療者が困惑する事態が頻繁に起こり、対処に苦しむことが多い。


時には、被害者が、家族の誰かの治療者役を演じることによって、その誰かの「病気」を永続させる結果になっていることもある。その誰かが治癒した時に、被害者の重大な障害が明らかになったこともあった。

私たち治療者も、私たちが治療者になった動機の中に外傷性の因子があって、それが治療の盲点を創り、あるいは逆転移性行動化に導いていないかどうか、吟味してみる必要があるだろう。男女を問わず成人になる過程で、あるいは成人以後に外傷を負わない人間はあっても少ない。直感的に「苦手な患者」が自己の外傷と関係している場合もある(たとえば私の戦時下幼少時の飢餓体験とそれをめぐる人間的相克体験は神経性食欲不振者の治療を困難にしてきた)。逆に「特別の治療に値する患者」と思い込む危険な場合もある。いずれも、治療者を引き受けないことが望ましく、外的事情でやむをえず引き受ける際には、スーパーヴァイザーあるいはバディ(秘密を守ってくれる相互打ち明け手)を用意するべきである。(中井久夫「トラウマとその治療経験」2000年『徴候・記憶・外傷』所収)



◼️喜ばしいトラウマ

PTSDに定義されている外傷性記憶……それは必ずしもマイナスの記憶とは限らない。非常に激しい心の動きを伴う記憶は、喜ばしいものであっても f 記憶(フラッシュバック的記憶)の型をとると私は思う。しかし「外傷性記憶」の意味を「人格の営みの中で変形され消化されることなく一種の不変の刻印として永続する記憶」の意味にとれば外傷的といってよいかもしれない。(中井久夫「記憶について」1996年『アリアドネからの糸』所収)


◼️外傷性記憶と異物

一般記憶すなわち命題記憶などは文脈組織体という深い海に浮かぶ船、その中を泳ぐ魚にすぎないかもしれない。ところが、外傷性記憶とは、文脈組織体の中に組み込まれない異物であるから外傷性記憶なのである。幼児型記憶もまたーー。(中井久夫「外傷性記憶とその治療―― 一つの方針」2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

外傷性フラッシュバックと幼児型記憶との類似性は明白である。双方共に、主として鮮明な静止的視覚映像である。文脈を持たない。時間がたっても、その内容も、意味や重要性も変動しない。鮮明であるにもかかわらず、言語で表現しにくく、絵にも描きにくい。夢の中にもそのまま出てくる。要するに、時間による変化も、夢作業による加工もない。したがって、語りとしての自己史に統合されない「異物」である。(中井久夫「発達的記憶論」2002年『徴候・記憶・外傷』所収)





◼️異物とエスの欲動蠢動

自我はエスの組織化された部分である。ふつう抑圧された欲動蠢動は分離されたままである[das Ich ist eben der organisierte Anteil des Es ...in der Regel bleibt die zu verdrängende Triebregung isoliert. ]〔・・・〕


エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異物=異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる[Triebregung des Es …ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen](フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)

抑圧されたものは異物=異者身体として分離されている[Verdrängten … sind sie isoliert, wie Fremdkörper] 〔・・・〕抑圧されたものはエスに属し、エスと同じメカニズムに従う。〔・・・〕自我はエスから発達している。エスの内容の一部分は、自我に取り入れられ、前意識状態に格上げされる。エスの他の部分は、この翻訳に影響されず、原無意識としてエスのなかに置き残されたままである。Das Verdrängte ist dem Es zuzurechnen und unterliegt auch den Mechanismen desselben, […] das Ich aus dem Es entwickelt. Dann wird ein Teil der Inhalte des Es vom Ich aufgenommen und auf den vorbewußten Zustand geho-ben, ein anderer Teil wird von dieser Übersetzung nicht betroffen und bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück.(フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年、摘要)


※上に抑圧とあるのは原抑圧

われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる。die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. (フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)


※原抑圧=固着

われわれには原抑圧、つまり欲動の心的(表象-)代理[psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes]が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。これにより固着[Fixerung]がもたらされる。問題となっている欲動の代理はそれ以後不変のまま存続し、欲動はそれに拘束される。

Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben; die betreffende Repräsentanz bleibt von da an unveränderlich bestehen und der Trieb an sie gebunden. 〔・・・〕


欲動代理[Triebrepräsentanz]は抑圧により意識の影響をまぬがれると、よりいっそう自由に豊かに展開する。それはいわば暗闇に蔓延り、極端な表現形式を見いだし、異者[fremd]のようなものして現れる。

die Triebrepräsentanz sich ungestörter und reichhaltiger entwickelt, wenn sie durch die Verdrängung dem bewußten Einfluß entzogen ist. Sie wuchert dann sozusagen im Dunkeln und findet extreme Ausdrucksformen, […] fremd erscheinen müssen (フロイト『抑圧』1915年)


「抑圧」は三つの段階に分けられる「das »Verdrängung«… den Vorgang in drei Phasen zu zerlegen]〔・・・〕


①第一段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕

この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する。そしてさらに、とくに三番目の抑圧の相を生み出す決定因となる[Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege, und können hinzufügen, die Determinierung vor allem für den Ausgang der dritten Phase der Verdrängung. ]


②抑圧の第二段階は、正式の抑圧である。この段階は精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているが、これは自我のより高度に発達した意識システムから生じ、実際には「後期抑圧」と表現できる[Die zweite Phase der Verdrängung ist die eigentliche Verdrängung, die wir bisher vorzugsweise im Auge gehabt haben. Sie geht von den höher entwickelten bewußtseinsfähigen Systemen des Ichs aus und kann eigentlich als ein »Nachdrängen« beschrieben werden.]〔・・・〕

主に①の原初に抑圧された欲動がこの後期抑圧に貢献する[…Beitrag von Seiten der primär verdrängten Triebe unterscheiden. ]


③第三段階は、病理現象として最も重要であり、抑圧の失敗、侵入、抑圧されたものの回帰である [Als dritte, für die pathologischen Phänomene bedeutsamste Phase ist die des Mißlingens der Verdrängung, des Durchbruchs, der Wiederkehr des Verdrängten anzuführen. ]


この侵入は固着点から始まる[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her]。そしてその固着点へのリビドー的展開の退行を意味する[und hat eine Regression der Libidoentwicklung bis zu dieser Stelle zum Inhalte. ](フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )1911年、摘要)


◼️原抑圧されたものの回帰=トラウマの回帰

症状形成の全ての現象は、「抑圧されたものの回帰」として正しく記しうる[Alle Phänomene der Symptombildung können mit gutem Recht als »Wiederkehr des Verdrängten« beschrieben werden. ](フロイト『モーセと一神教』3.2.6 Die Wiederkehr des Verdrängten, 1939年)

抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴としてわれわれは叙述する[die Wiederkehr des Verdrängten, die wir nebst den unmittelbaren Wirkungen des Traumas und dem Phänomen der Latenz unter den wesentlichen Zügen einer Neurose beschrieben haben. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.3, 1939年)

神経症はトラウマの病いと等価とみなしうる。その情動的特徴が甚だしく強烈なトラウマ的出来事を取り扱えないことにより、神経症は生じる。Die Neurose wäre einer traumatischen Erkrankung gleichzusetzen und entstünde durch die Unfähigkeit, ein überstark affektbetontes Erlebnis zu erledigen. (フロイト『精神分析入門』第18講「トラウマへの固着 Die Fixierung an das Trauma1917年)


◼️原抑圧と現勢神経症/抑圧(後期抑圧)と精神神経症

おそらく最初期の抑圧(原抑圧=固着)が、現勢神経症の病理を為す[die wahrscheinlich frühesten Verdrängungen, …in der Ätiologie der Aktualneurosen verwirklicht ist, ]〔・・・〕

精神神経症は、現勢神経症を基盤としてとくに容易に発達する[daß sich auf dem Boden dieser Aktualneurosen besonders leicht Psychoneurosen entwickeln](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)



……………



種々の表現群があるが、『モーセと一神教』に現れた、


トラウマへの固着と反復強迫「Fixierung an das Trauma und Wiederholungszwang]


が核心である。簡単に言えば、

トラウマ的固着の反復[Wiederholung der traumatischen Fixierung]


である。フロイトにおいて反復と回帰は等価であり、


トラウマの回帰[Wiederkehr des trauma]


である。これは、

原抑圧された欲動の回帰[Wiederkehr des primär verdrängten Triebe]

排除された欲動の回帰 [Wiederkehr des verworfenen Triebe]


と言いうるし、

固着点への回帰[Wiederkehr an die Stelle der Fixierung]

異者としての身体のレミニサンス[Reminiszenz der Fremdkörper]


ともすることができる。