フロイトがしばしば使用した"Anlehnung"という語ーー人文書院旧訳では「依存」、岩波新訳では「依託」と訳されているーーは、事実上、アタッチメント(愛着)である。 |
独語の「Anlehnung」は語義的には英語の「attachment」に近似しているが、残念なことに英語で新語的な「anaclitic」に翻訳されたことで歪められてしまった。 The German word “Anlehnung” is semantically close to the English “attachment,” which was unfortunately distorted by the English translation into the neologistic “anaclitic” (VANHEULE & VERHAEGHE: IDENTITY THROUGH A PSYCHOANALYTIC LOOKING GLASS, 2012) |
ここではフロイトがこの語をどのように使っているか、二事例あげる。 |
①母へのアタッチメント=母との同一化=母との結びつき(母拘束)=母への固着 |
父との同一化と同時に、おそらくはそれ以前にも、男児は、母へアタッチメント型の本格的対象備給を向け始める。Gleichzeitig mit dieser Identifizierung mit dem Vater, vielleicht sogar vorher, hat der Knabe begonnen, eine richtige Objektbesetzung der Mutter nach dem Anlehnungstypus vorzunehmen.(フロイト『集団心理学と自我の分析』第7章「同一化」、1921年) |
対象備給[Objektbesetzung]とあるが、同一化[Identifizierung]である。 |
個人の原始的な口唇期の初めにおいて、対象備給と同一化は互いに区別されていなかった。Uranfänglich in der primitiven oralen Phase des Individuums sind Objektbesetzung und Identifizierung wohl nicht voneinander zu unterscheiden. (フロイト『自我とエス』第3章、1923年) |
つまり母へのアタッチメント型の対象備給[Objektbesetzung der Mutter nach dem Anlehnungstypus]とは、母との同一化である。(なお備給とは、ーー《備給はリビドーに代替しうる [»Besetzung« durch »Libido« ersetzen》]》(フロイト『無意識』1915年)であり、欲動に変えてもよい、《われわれは情動理論 [Affektivitätslehre]から得た欲動エネルギー [Energie solcher Triebe] をリビドー[Libido]と呼んでいる》(フロイト『集団心理学と自我の分析』第4章、1921年、摘要)) |
そして、この母との同一化 [Mutteridentifizierung]は、後年、前エディプス的母との結びつきー母拘束[präödipale Mutterbindung]、前エディプス期の固着[Fixierungen jener präödipalen Phasen ]と等置されている。 |
少女のエディプスコンプレクスは、前エディプス的母との結びつき[präödipale Mutterbindung] の洞察を覆い隠してきた。しかし、この母との結びつきはこよなく重要であり永続的な固着[Fixierungen]を置き残す。Der Ödipuskomplex des Mädchens hat uns lange den Einblick in dessen präödipale Mutterbindung verhüllt, die doch so wichtig ist und so nachhaltige Fixierungen hinterläßt. 要するに我々は前エディプス期の母との結びつき[Phase der präödipalen Mutterbindung]を把握しなければ女というものを理解できないと信じるようになった。〔・・・〕 |
前エディプス期の固着への退行はとてもしばしば起こる[Regressionen zu den Fixierungen jener präödipalen Phasen ereignen sich sehr häufig;]〔・・・〕 女性の母との同一化 [Mutteridentifizierung]は二つの相に区別されうる。つまり、前エディプス期の相、すなわち母への情動的結びつきと母をモデルとすること。そして、エディプスコンプレックスから来る後の相、すなわち、母を追い払い、母の場に父を置こうと試みること。Die Mutteridentifizierung des Weibes läßt zwei Schichten erkennen, die präödipale, die auf der zärtlichen Bindung an die Mutter beruht und sie zum Vorbild nimmt, und die spätere aus dem Ödipuskomplex, die die Mutter beseitigen und beim Vater ersetzen will. |
どちらの相も、後に訪れる生に多大な影響を残すのは疑いない。そしてどちらの相も、生の過程において充分には克服されない。 しかし前エディプス期の相における情動的結びつきが女性の未来にとって決定的である。 die Phase der zärtlichen präödipalen Bindung ist die für die Zukunft des Weibes entscheidende; (フロイト「女性性 Die Weiblichkeit」『新精神分析入門講義』第33講「女性性 Die Weiblichkeit」 1933年) |
つまり前エディプス期の母へのアタッチメント=母との同一化=母との結びつき=母への固着となる。 |
おそらく、幼児期の母への固着の直接的な不変の継続がある[Diese war wahrscheinlich die direkte, unverwandelte Fortsetzung einer infantilen Fixierung an die Mutter. ](フロイト『女性同性愛の一事例の心的成因について』1920年) |
この事例でのAnlehnung用語の使い方とは別のもっと軽い意味での使い方もある。だが中期以降のフロイトにとってアタッチメントは固着と捉えうる場合が多い。 確認の意味でもうもうひとつ掲げよう。 ②母へのアタッチメント=母へのエロス的固着=母への愛着 |
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子供の最初のエロス対象は、この乳幼児を滋養する母の乳房である。愛は、満足されるべき滋養の必要性へのアタッチメントに起源がある[Das erste erotische Objekt des Kindes ist die ernährende Mutter-brust, die Liebe entsteht in Anlehnung an das befriedigte Nahrungs-bedürfnis.]。〔・・・〕 |
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最初の対象は、のちに、母という人物[Person der Mutter]のなかへ統合される。この母は、子供を滋養するだけではなく世話をする。したがって、数多くの他の身体的刺激、快や不快を子供に引き起こす。身体を世話することにより、母は、子供にとって原誘惑者[ersten Verführerin] になる。 この二者関係には、独自の、比較を絶する、変わりようもなく確立された母の重要性の根が横たわっている。全人生のあいだ、最初の最も強い愛の対象として、後のすべての愛の関係性の原型としての母であり、それは男女どちらの性にとってもである。[In diesen beiden Relationen wurzelt die einzigartige, unvergleichliche, fürs ganze Leben unabänderlich festgelegte Bedeu-tung der Mutter als erstes und stärkstes Liebesobjekt, als Vorbild aller späteren Liebesbeziehungen ― bei beiden Geschlechtern. ](フロイト『精神分析概説』第7章、1939年) |
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そしてこの愛の原型としての「母へのアタッチメント」が「母へのエロス的固着」にほかならない。 |
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母へのエロス的固着の残滓は、しばしば母への過剰な依存形式として居残る[Als Rest der erotischen Fixierung an die Mutter stellt sich oft eine übergrosse Abhängigkeit von ihr her](フロイト『精神分析概説』第7章、1939年) |
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エロス的固着、すなわち愛の固着、もしくはリビドーの固着である。 |
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初期幼児期の愛の固着[frühinfantiler Liebesfixierungen].(フロイト『十七世紀のある悪魔神経症』1923年) |
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幼児期のリビドーの固着[infantilen Fixierung der Libido]( フロイト『性理論三篇』1905年) |
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すべての利用しうるエロスエネルギーを、われわれはリビドーと名付ける[die gesamte verfügbare Energie des Eros, die wir von nun ab Libido heissen werden](フロイト『精神分析概説』第2章, 1939年) |
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あるいは、ーー |
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愛の条件は、初期幼児期のリビドーの固着が原因となっている[Liebesbedingung (…) welche eine frühzeitige Fixierung der Libido verschuldet]( フロイト『嫉妬、パラノイア、同性愛に見られる若干の神経症的機制について』1922年) |
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以上、フロイトにとって「依存」あるいは「依託」と訳されてきた"Anlehnung"は、アタッチメントであり、事実上、愛の固着である。愛の固着、すなわち愛着。 ……………
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