2024年3月15日金曜日

抑圧文献⑤ーー境界表象 [Grenzvorstellung]

 


フロイトはフリース宛書簡で抑圧は境界表象 [Grenzvorstellung]に関わるとした。

抑圧は、過度に強い対立表象の構築によってではなく、境界表象 [Grenzvorstellung ]の強化によって起こる[Die Verdrängung geschieht nicht durch Bildung einer überstarken Gegenvorstellung, sondern durch Verstärkung einer Grenzvorstellung ](Freud Brief Fließ, 1. Januar 1896)


そして1915年のフロイトは欲動は境界概念[Grenzbegriff]だとした。

欲動は、心的なものと身体的なものとの境界概念である[der »Trieb« als ein Grenzbegriff zwischen Seelischem und Somatischem](フロイト『欲動および欲動の運命』1915年)


この境界表象 [Grenzvorstellung]と境界概念[Grenzbegriff]は事実上等価である。独語辞書によれば、概念[Begriff]とは表象観念 [Vorstellung Idee]だから。


そもそも欲動は常に抑圧されている。フロイトの第一次抑圧としての原抑圧されたものは、「抑圧された欲動」である。そしてこの抑圧された欲動は厳密には「抑圧された欲動代理=抑圧された固着」であることを前回示してある。


ここで抑圧と欲動について簡単に確認しておこう。

抑圧の動因と目的は不快の回避以外の何ものでもない[daß Motiv und Absicht der Verdrängung nichts anderes als die Vermeidung von Unlust war. ](フロイト『抑圧』1915年)

不快なものとしての内的欲動刺激[innere Triebreize als unlustvoll](フロイト『欲動とその運命』1915年)


つまり抑圧の動因は不快な欲動であり、幼児期の欲動の固着にかかわる、ー《幼児期に固着された欲動[der Kindheit fixierten Trieben]( フロイト『性理論三篇』1905年)


そして不快な欲動の別名は不安でありトラウマである。

欲動過程による不快[die Unlust, die durch den Triebvorgang](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年)

不安は特殊な不快状態である[Die Angst ist also ein besonderer Unlustzustand](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)

不安はトラウマにおける寄る辺なさへの原初の反応である[Die Angst ist die ursprüngliche Reaktion auf die Hilflosigkeit im Trauma](フロイト『制止、症状、不安』第11章B、1926年)


つまり不快=欲動=トラウマ=固着であり、これらが抑圧された「境界表象=境界概念」である。


そして《欲動は心的なものと身体的なものとの境界概念[der »Trieb« als ein Grenzbegriff zwischen Seelischem und Somatischem]》というときの「心的なもの/身体的なもの」は「自我/エス」を示している。

エスの欲求によって引き起こされる緊張の背後にあると想定された力を欲動と呼ぶ。欲動は心的生に課される身体的要求である[Die Kräfte, die wir hinter den Bedürfnisspannungen des Es annehmen, heissen wir Triebe.Sie repräsentieren die körperlichen Anforderungen an das Seelenleben.](フロイト『精神分析概説』第2章、1939年)


したがって境界表象とは自我とエスの境界に位置付けられる。


ラカンはこれを境界構造といった。

享楽に固有の空胞、穴の配置は、欲動における境界構造と私が呼ぶものにある[configuration de vacuole, de trou propre à la jouissance…à ce que j'appelle dans la pulsion une structure de bord.   ](Lacan, S16, 12 Mars 1969)


穴とは現実界のトラウマであり、原抑圧の穴、固着である。

《現実界はトラウマの穴をなす[le Réel …fait « troumatisme ».]》(Lacan, S21, 19 Février 1974)

私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する[c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même.](Lacan, S23, 09 Décembre 1975)

現実界は、同化不能の形式、トラウマの形式にて現れる[le réel se soit présenté sous la forme de ce qu'il y a en lui d'inassimilable, sous la forme du trauma](ラカン、S1112 Février 1964

固着は、言説の法に同化不能のものである[fixations …qui ont été inassimilables …à la loi du discours](Lacan, S1  07 Juillet 1954


つまりフロイト・ラカンにおいて境界表象・境界構造は固着を示しているのである。



固着は常に身体の出来事という意味でのトラウマに関わり、トラウマ的固着である。



トラウマは自己身体の出来事もしくは感覚知覚である[Die Traumen sind entweder Erlebnisse am eigenen Körper oder Sinneswahrnehmungen](フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1939年)

トラウマ的固着[traumatischen Fixierung]〔・・・〕ここで外傷神経症は我々に究極の事例を提供してくれる。だが我々はまた認めなければならない、幼児期の出来事もまたトラウマ的特徴をもっていることを[Die traumatische Neurose zeigt uns da einen extremen Fall, aber man muß auch den Kindheitserlebnissen den traumatischen Charakter zugestehen](フロイト『続精神分析入門』第29講, 1933 年)


結局、幼児期に起こる欲動の固着は、幼児期の外傷神経症であり、これがフロイトの原症状、ラカンの現実界の症状である。


我々は、あらゆる神経症の根に横たわっている抑圧を、トラウマに対する反応、基本的な外傷神経症と呼ぶことができる[man kann doch die Verdrängung, die jeder Neurose zu Grunde liegt, mit Fug und Recht als Reaktion auf ein Trauma, als elementare traumatische Neurose bezeichnen. ](フロイト「『戦争神経症の精神分析のために』への序言」 Einleitung zu Zur Psychoanalyse der Kriegsneurosen, 1919年)


繰り返せば、ここでの抑圧は前回示したように抑圧の第一段階の原抑圧=固着であり、この欲動の固着とは欲動代理とも表現されている。


つまり次の表現群は等価である。


抑圧された欲動代理[verdrängten Triebrepräsentanz](フロイト『抑圧』1915年)

抑圧されたトラウマ[verdrängte Trauma](フロイト『精神分析技法に対するさらなる忠告』1913年)

抑圧された固着[verdrängten Fixierungen] (フロイト『精神分析入門』第23講、1917年)


これら欲動代理=トラウマ=固着が境界表象にほかならない。