2024年3月19日火曜日

抑圧文献⑩ーー究極の原抑圧

 


われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる[die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. ](フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年)


さて後期フロイトは「抑圧」という語を原抑圧の意味で使っている場合が多いことは、「抑圧文献簡易版」で示したが、1926年の『制止、症状、不安』で上のように記述した後には、たった一度だけ「原抑圧」という語を使っている。それは1937年の『終りある分析と終りなき分析』の一章でである。

出産外傷、つまり出生行為は、一般に母への原固着[ »Urfixierung«an die Mutter ]が克服されないまま、原抑圧[Urverdrängung]を受けて存続する可能性をともなう原トラウマ[Urtrauma]と見なせる。

Das Trauma der Geburt .… daß der Geburtsakt,… indem er die Möglichkeit mit sich bringt, daß die »Urfixierung«an die Mutter nicht überwunden wird und als »Urverdrängung«fortbesteht. …dieses Urtraumas (フロイト『終りある分析と終りなき分析』第1章、1937年、摘要)


出産トラウマを母への原固着=原トラウマと等置しつつの原抑圧である。

フロイトにとってこの出産トラウマが究極の原抑圧なのである。原抑圧=原固着=原トラウマ。


この出産トラウマは『制止、症状、不安』において原不安とも表現されている。

不安は対象の喪失に対する反応として現れる。…最も根源的不安(出生時の《原不安》)は母からの分離によって起こる[Die Angst erscheint so als Reaktion auf das Vermissen des Objekts, […] daß die ursprünglichste Angst (die » Urangst« der Geburt) bei der Trennung von der Mutter entstand.](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)


この原不安[Urangst]は上の文脈上、原喪失[Urverlust]とも呼びうる。


もともとフロイトにとって不安はトラウマである。

不安はトラウマにおける寄る辺なさへの原初の反応である[Die Angst ist die ursprüngliche Reaktion auf die Hilflosigkeit im Trauma](フロイト『制止、症状、不安』第11章B、1926年)


したがって原トラウマ[Urtrauma]=原不安[Urangst]=原喪失[Urverlust]。


さらに不安は不快である。

不安は特殊な不快状態である[Die Angst ist also ein besonderer Unlustzustand](フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)


つまり原不安[Urangst]=原不快[Urunlust]となる。


もうひとつ付け加えるなら、去勢がある。

乳児はすでに母の乳房が毎回ひっこめられるのを去勢、つまり、自己身体の重要な一部の喪失と感じるにちがいない。〔・・・〕そればかりか、出生行為はそれまで一体であった母からの分離として、あらゆる去勢の原像である[der Säugling schon das jedesmalige Zurückziehen der Mutterbrust als Kastration, d. h. als Verlust eines bedeutsamen, …ja daß der Geburtsakt als Trennung von der Mutter, mit der man bis dahin eins war, das Urbild jeder Kastration ist. ](フロイト『ある五歳男児の恐怖症分析』「症例ハンス」1909年ーー1923年註)


出生行為としての去勢の原像[Urbild jeder Kastration]は、原去勢[Urkastration]、あるいは原喪失[Urverlust]としうる。


以上から次の用語を等置しうる。




これらの用語群が、究極の原抑圧[Urverdrängung]つまり原固着[Urfixierung]に関係するのである。



なおフロイトは欲動の対象[ Objekt des Triebes]は固着だと言っている。

欲動の対象は、欲動がその目標を達成できるもの、またそれを通して達成することができるものである。〔・・・〕特に密接に「対象への欲動の拘束」がある場合、それを固着と呼ぶ。この固着はしばしば欲動発達の非常に早い時期に起こり、分離されることに激しく抵抗して、欲動の可動性に終止符を打つ。

Das Objekt des Triebes ist dasjenige, an welchem oder durch welches der Trieb sein Ziel erreichen kann. (…)  Eine besonders innige Bindung des Triebes an das Objekt wird als Fixierung desselben hervorgehoben. Sie vollzieht sich oft in sehr frühen Perioden der Triebentwicklung und macht der Beweglichkeit des Triebes ein Ende, indem sie der Lösung intensiv widerstrebt. (フロイト『欲動とその運命』1915年)


そして病いの展開とともに原固着へ向かうと。

発育の過程で、いくつかの固着が置き残されることがあり、その一つ一つが連続して、押しやられていたリビドーの侵入を許すことがあるーーおそらく、後に獲得した固着から始まり、病気の展開とともに、出発点に近いところにある原初の固着へと続いていく。Es können ja in der Entwicklung mehrere Fixierungen zurückgelassen worden sein und der Reihe nach den Durchbruch der abgedrängten Libido gestatten, etwa die später erworbene zuerst und im weiteren Verlaufe der Krankheit dann die ursprüngliche, dem Ausgangspunkt näher liegende.(フロイト『症例シュレーバー』第3章、1911年)


原固着は先ほどの用語群への固着であり、喪われた母胎への固着だろう。ここにフロイトの死の欲動の原像がある。


以前の状態に回帰しようとするのが、事実上、欲動の普遍的性質である[ ein so allgemeiner Charakter der Triebe ist, daß sie einen früheren Zustand wiederherstellen wollen](フロイト『快原理の彼岸』第7章、1920年)

人には、出生とともに、放棄された子宮内生活へ戻ろうとする欲動、母胎回帰がある[Man kann mit Recht sagen, mit der Geburt ist ein Trieb entstanden, zum aufgegebenen Intrauterinleben zurückzukehren, (…)  eine solche Rückkehr in den Mutterleib.] (フロイト『精神分析概説』第5章、1939年)

母胎回帰としての死[Tod als Rückkehr in den Mutterleib ](フロイト『新精神分析入門』第29講, 1933年)