2026年7月25日土曜日

ギー兄さんの引用の態度のすすめ

 

テキストについて何かを語りたいときは、ギー兄さんの引用の態度を取るべきじゃないかね。


ギー兄さん自身、梅雨の頃に手紙をよこして、確かにかれの内部で、すっかり新しい事態とはいわぬまでも、めざましい勢いの展開が起り始めていることをつたえるようだったのである。ギー兄さんは、それがかれの性癖のひとつだが、気軽な間柄での手紙でも相手の書いた文章を要約しない。直接に引用しながら、次のように書いていた


《きみは出版社の宣伝用小冊子にこういうことをしゃべっていたね。――僕は少し前から、自分の一番根幹にある感情は、「悲嘆グリーフ」だと感じてきました。これは、学生の頃フォークナーやブレイクの文章に見出した言葉ですが、最近ではスタイロンの評論集『この静まりかえった塵』にも、その感情が充ちていることを感じました。若いときも、ある悲嘆の感情を持ったけれど、それは荒あらしかった。年をとってきて、気がついてみると、非常に静かな悲嘆というものになってきている。これからも年をとるにつれて、この感情は深まってゆくのではないかと思います。……

きみのいう「悲嘆グリーフ」の感情が、ある年齢を越えた者を繰りかえしとらえるという観察には、経験に立つ言葉として自分も賛成します。われわれをとらえる「悲嘆グリーフ」の感情といいたいほど、じつは共感してもいる。しかしきみより少し年をとっているこちらの、やはり経験にそくしての言葉をのべれば、きみのいうこととちがうところもあるわけなのだ。


若いときも、ある悲嘆の感情を持ったけれど、それは荒あらしかった。この観察にはまったく賛成。自分のも、きみのそれもさ、お互いの若かった時の顔つきにかさねてね、思い起こすことがある。あの時分というと、漠然とした話になるが、感じはつたわるだろう。あの時分さ、Kちゃんよ。きみは額が狭いといって気にかけていたね。ところがこの春、テレヴィで話すきみを見て額のあたりに眼がいって、ある種の感慨があったよ。


さて、つづいてきみのいう、年をとってきて、気がついてみると、非常に静かな悲嘆というものになってきている。その考えにも、いうならば段階的・過程的に賛成なのだ。自分も、ついこの間まで、そのように自覚していたことを思い出すからね。ところが、きみより五歳年長の自分は、次の一節に、決して賛成するわけにはまいらぬ。これからも年をとるにつれて、(非常に静かな悲嘆ともいうものとしての)この感情は深まってゆくのではないかと思います。

年をとる、そして突然ある逆行が起る。非常に荒あらしい悲嘆というものが自分を待ちかまえているかも知れぬと、Kちゃんよ、きみは思うことはないか? いつまでも本気でダンテを読みはじめる気配のないきみに、こうしたことをいうのもセンないことだが、かれの地獄にも煉獄にも、荒あらしい老年の悲嘆者たちは充ちているよ。きみの談話筆記を眼にして、それに触発された、自分の近況報告として、これを書きました。ともかくもきみとオユーサンと子供たちの健康を祈念しています。ギー》(大江健三郎『懐かしい年への手紙』1987年)




これをしないと《ついに一生、本当のテキストと出会うことはないんじゃないだろうか》ね?

自分の頭と心とを通過させないで、唇の周りに反射的な言葉をビラビラさせたり、未消化の繰り返しだけやる連中がいるけれどーー学者に、とはいわないまでも研究者にさーー、こういう連中は、ついに一生、本当のテキストと出会うことはないんじゃないだろうか? (大江健三郎『燃え上がる緑の木』第三部「大いなる日」1997年)


最近は学者でさえテキストを凡庸化してるヤツらばかりが目につくがね。

蓮實)僕がやっている批評のほとんどは無駄に近い列挙なんです。〔・・・〕ところがいまの若い人たちは列挙しないんですね。非常に優雅に自分の言葉に置き換えちゃっている。〔・・・〕僕の無駄というのは、その無謀な列挙にある。なぜ列挙するかというと、列挙することそのものがかろうじて根拠たりうるようなものしか論じないからです。〔・・・〕


流通するのは、いつも要約のほうなんです。書物そのものは絶対に流通しない。ダーヴィンにしろマルクスにしろ、要約で流通しているにすぎません。要約というのは、共同体が容認する物語への翻訳ですよね。つまり、イメージのある差異に置き換えることです。これを僕は凡庸化というのだけれど、そこで、批評の可能性が消えてしまう。主義者が生まれるのは、そのためでしょう。書物というのは、流通しないけど反復される。ドゥルーズ的な意味での反復ですよね。そして要約そのものはその反復をいたるところで抑圧する。批評は、この抑圧への闘争でなければならない。(蓮實重彦-柄谷行人対談集『闘争のエチカ』1988年)



ツイッターでいっそう悪い習慣がついたのだろうが、とはいえ「まともな」連中は長文投稿したり、あるいはリンクでそれを示したり、最低限、別に書いたものを画像で貼り付けたりしてるよ。それをしないと「唇の周りに反射的な言葉をビラビラさせてる」だけにしか見えないね。



ボルヘスはこう言ってるよ。

もはや、われわれには引用しかないのです。言語とは、引用のシステムにほかなりません。(ボルヘス 『砂の本』1975年)

「きみにはこんな経験がないかね? 何かを考えたり書こうとしたりするとすぐに、それについて最適な言葉を記した誰かの書物が頭に思い浮かぶのだ。しかしいかんせん、うろ覚えではっきりとは思い出せない。確認する必要が生じる──そう、本当に素晴らしい言葉なら、正確に引用しなければならないからな。そこで、その本を探して書棚を漁り、なければ図書館に足を運び、それでも駄目なら書店を梯子したりする。そうやって苦労して見つけた本を繙き、該当箇所を確認するだけのつもりが、読み始め、思わずのめりこんでゆく。そしてようやく読み終えた頃には既に、最初に考えていた、あるいは書きつけようとしていた何かのことなど、もはやどうでもよくなっているか、すっかり忘れてしまっているのだ。しかもその書物を読んだことによって、また別の気がかりが始まったことに気付く。だがそれも当然だろう、本を一冊読むためには、それなりの時間と思考を必要とするものなのだから。ある程度時間が経てば、興味の対象がどんどん変化し移り変わってもおかしくあるまい? だがね、そうやってわれわれは人生の時間を失ってしまうものなのだよ。移り気な思考は、結局、何も考えなかったことに等しいのだ」(ボルヘス『読書について──ある年老いた男の話』)



2年前死んでしまった福田和也はこう言ってたな、

福田和也)ぼくは、書くことはみな「なぞり書き」だと思う。あらゆる意味でなぞり書きであって、それこそド・マンが、古典主義は意識的ななぞり書きをやって、ロマン主義は無自覚ななぞり書きだという言い方をしている。要するになんにもなしに書くことなんていうことはありえないわけで、いずれもなぞり書きである。ただそれに対して自覚的な人が批評家で、無自覚な人が批評家でないというわけではない。自覚的でありながら、それを非顕在的にするのが一応近代小説だったと思う。それがなぞり書きであるということは、非顕在的で、ナラティヴには表われない。それに対して批評というのは、無自覚な人であっても、それはなぞり書きだということがわかる構造になっているのが近代までの性格だったのでしょうね。(共同討議「批評の場所をめぐって」『批評空間』1996Ⅱ-10 )


ここでバルトの「引用の織物」も掲げておこう。


◼️引用の織物[un tissu de citations

テクストとは、無数にある文化の中心からやってきた引用の織物である。〔フローベールの〕『プヴァールとペキッシュ』、この永遠の写字生たちは崇高であると同時に喜劇的で、その深遠な滑稽さはまさしくエクリチュールの真理を示しているが、この二人に似て作家は、常に先行するとはいえ決して起源とはならない、ある動作を模倣することしかできない。彼の唯一の権限は、いくつかのエクリチュールを混ぜあわせ、互いに対立させ、決してその一つだけに頼らないようにすることである。仮に自己を実現しようとしても、彼は少なくとも、つぎのことを思い知らずにはいないだろう。すなわち、彼が《翻訳する》つもりでいる内面的な《もの》とは、それ自体完全に合成された一冊の辞書にほかならず、その語彙は他の語彙を通して説明するしかない、それも無限にそうするしかないということ。

le texte est un tissu de citations, issues des mille foyers de la culture. Pareil à Bouvard et Pécuchet, ces éternels copistes, à la fois sublimes et comiques, et dont le profond ridicule désigne précisément la vérité de l'écriture, l'écrivain ne peut qu'imiter un geste toujours antérieur, jamais originel ; son seul pouvoir est de mêler les écritures, de les contrarier les unes par les autres, de façon à ne jamais prendre appui sur l'une d'elles ; voudrait-il s'exprimer, du moins devrait-il savoir que la « chose » intérieure qu'il a la prétention de « traduire », n'est elle-même qu'un dictionnaire tout composé, dont les mots ne peuvent s'expliquer qu'à travers d'autres mots, et ceci indéfiniment

(ロラン・バルト『作家の死』1967年)



オワカリダロウカ? 繰り返せば、キミたちはいつまで唇の周りに反射的な言葉をビラビラさせてるだけなんだい?